羊の気持ち
地中海に浮かぶコルシカ島。
そこに住んでいたとき、ほとんど毎朝、ジョギングをして体を鍛えていた。
葡萄畑の中を通る細い、軽い登り下りがあるあぜ道は人が1人通れるほどほ幅で、対抗する人が来ると体を少し避けなければすれ違えない。
ある初夏の頃の日曜日だった。少し遅めにジョギングを始めて、30分ほど走ったところで、狭いあぜ道に羊が一頭いた。
走っている私に気がついて、向かってきたようだった。そして
ーーヴェーヴェー
向かって来た先頭の羊の後ろには5、6頭。もっといただろうか。どこかの農場から抜け出して来たのだろう。
道が塞がれて通れない。それでも無理やり羊の群れに中央から挑んで、分け入り、掻き分け、群れを通り抜けた。
で、再び走り始めると、羊たちが追いかけてくる。
ーーヴェーヴェー!!
強い口調で吠えたてる。冷えると言った方がいいくらい強く吠えるのだ。
群れをどこかに引きずっていっては飼い主に申し訳ない、と思い、方向を逆転して羊たちを追い払おうとすると、逃げるように走り出す。
それで再びジョギングに戻ると、また着いてくる。
ーーヴェーヴェー!!!!
で、追い払おうとすると、逃げるように反対方向へ。そして時々こちらを振り返っている。
ーーあれ? 着いてこいって言っているのかな?
そう思った私は、その羊の群れの後を追ってみることにした。
あぜ道を外れ、草むらの中へ。小川を渡り、丘の裏へ回り込むと!
農場の柵があり、並んだ杭には針金が三本張ってある。
その上の方の二本の針金に足を挟まれてひっくり返っている羊がいたのだ。
プロレスラーがロープに足を挟まれているような格好でひっくり返っていたのだ。
ーーこいつを助けろって言っていたんだな。
鳴き方が弱々しい。私が近づいても諦めた様子で動かない。
近づいて挟まれた片足を外すと、ゆっくりと立ち上がり、身震いさせて、近くで見守っていた群れの中に帰っていったのである。
私も群れを掻き分けてあぜ道に出ると、羊の声が今まで以上に大きく聞こえてきた。
後ろを振り返ると、羊たちはもう着いてこない。
ただみんなで私の方を見ながら
ーーヴェーヴェー
と吠えていた。
羊にお礼を言われて、照れ臭さを感じながら、走り続けた。