見出し画像

「犬の算数」

 我が家で飼っていた犬たちに、とある実験を行なって、観察して思ったこと…… いや結果である。

 トラ君は10歳、オス。サクラちゃんは7歳、メス。
 二匹とも耳の大きな茶色のコッカーである。

 毎日、夕方のお散歩から帰ってくると、ササミ巻きチューインガムを2〜3本あげていた。スティック状である。

 チューインガムと言っても犬用のチューインガムは固く、噛むことで歯磨きがわりになるスティックである。

 15センチほどの長さ。それに干し肉のようなササミが巻き付けられている。

 トラ君は歯と顎が丈夫でボリボリとすぐに平らげてしまう。
 サクラちゃんは顎が弱いのか歯が弱いのか、ササミだけを食べて、後のスティックの部分は軽く齧る程度で部屋の隅に貯めておく。それが和室の片隅にたまってゆくのだ。

 ある日、私は貯まったスティックがもったいないな、と思い、五本あるうちの二本を取り、夕方のオヤツに差し出した。
 2本同時にそれぞれ二匹の前に差し出したのだった。トラ君は食べられるものなら何でもいいのか飛びついて、洋間にかけて行き貪る。

 ところがサクラちゃんは……ちょっと匂いを嗅ぐと、ハッと、形相を変えて驚きの表情になり、和室にかけて行った。

 あとをつけて見ていると、残りの三本のスティックを数えている風。

 鼻っさきで三角を描いているのである。

 で、突然私に向かって、眉間に皺を寄せて吠え立てたのである。残った三本のスティックと私を交互に見ながら、訴える風。

 とっておいたスティックが減っていることに気がついたのだろう。

「じゃぁ 返すよ」

 と言って、私は手に持った一本を隅に投げて返すと、サクラちゃんはまた数える。
 鼻っさきで四角を描いている。でまた私に同じように吠える。

――数えているんだ! 減った、増えた、が分かるんだ。

 私が盗んだ1本はトラ君が食べてしまったので、ささみ付きの新しいのを一本差し出すと、サクラちゃんは何となく納得しながら渋々受け取り、二〇分後にはスティックが元の五本になったのだった。

 ところが、またやってきて吠える。で、そこにトラ君もやってきた。するとサクラちゃんはトラ君に向かって吠え始める。

――どういう意味だろう?

 で、計算してみた。

 元の5―2(私が取った分)+1(返したぶん)+1(新しいやつ) で貯金は元どおり。でもトラ君と比べると、その日の1本がまだ与えられていなかったのだ。

 そこでトラ君を洋間に閉じ込め、サクラちゃんにもう一、新しいのをあげ納得してもらった。

 そしてその日は、二匹にもう一本ずつ新しいのをあげて丸く収めたのだった。

     ******

 その日以降、観察をしていると、サクラちゃんが七〜八本貯めると、トラ君がそれを盗む。

 盗み方は、スティックの端を咥え左側に突き出し、サクラに見えないようにサクラちゃんの右側をすり抜けて、スティックが見つからないようにすれ違う。

 万引きでガムをポケットに隠すのと同じ要領である。

 不審に思ったサクラちゃんはスティックを数えるが、不信感は拭えない。が、喧嘩にはならない。

 そのまま観察を続けていると、トラ君も残り五本になると盗まないのである。でもサクラちゃんは何か不審な表情を隠さない。考えている。

 それ以上盗むと、4本になり減ったことに気づかれ、喧嘩になるからトラ君も盗まない。

 どちらも、五まで把握しているらしい。数え方は

  一個、二個、三個、四個、五個、沢山、沢山、沢山…

 五以上だと計算できないらしい。

  人間は、一、二、三と文字化して計算するけど、犬は目の前の個数で認識する。だから計算といっても人間の学問とはちょっと立ち位置を変えて考えなければならない。

 一から五までの範囲で足し算引き算をやっているのだ。

 それ以上は「沢山」。
 沢山あるなら一つぐらい頂いても良いだろうと思うトラ君も五つは把握しているのだ。

 

 沢山の中から内緒でちょっといただく。

 トラ君!これこそが万引きなのです。


          

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集