『照星(しょうせい)』 3
銃の取り扱いや射撃のほかにも多くのムニュが待っている。
地図とコンパスを持って目標の地点を探し出すトッポ・グラフィック(オリエンテーリング)と呼ばれる訓練もやれば、十キロの背嚢と銃を担いで、軍靴と戦闘服で八キロを四十五分以内で走りきる体力テストも行われる。実際の射撃や体力だけでなく、距離や位置を割り出すための知力、計算力も必要なのである。
五人が射撃台の上で目標に向かって横一列に並び、七・六二ミリの十発の弾が配られると、各自の箱型の弾倉に弾を詰め込む。そして銃身の付け根にある逆V字型の脚を広げ、各自の目標に銃口を向けて銃を置きその後ろに立つ。
号令が掛かると銃床の尻に肩を着けるようにして地面にうつ伏せになる。
照準合わせの射撃は出来るだけ正確に撃つために、体が動かないよう伏せの姿勢で撃つ。
体は銃に対して約四十五度の角度で伏せて、左足は自然に伸ばして、右膝を軽く曲げる。
左手で銃床の尻を包むように取って右肩に当てる。右腕は脇を閉めて、その肘は出来るだけ体に近づけて地面に置く。
右手で引金の後ろにある握りを掴むと、その拳は丁度左腕の肘の上に乗る。肩をそっと前に押し出すように、腰から上の体重を少し前に預け、右目上の額を弾倉の上に取り付けられたスコープのゴムのフードに当てるようにして覗き込む。
号令が掛かると弾倉を銃の下から差し込む。
次の号令で、握りを掴んだ右手のすぐ上にある遊底のレバーを引くと、薬室が開き弾倉からバネで弾が押し上げられる。
そのまま遊底のレバーを押し戻して弾を薬室に詰め込み、レバーを降ろすと弾が装填される。人差し指を伸ばせば、引き金の前に付けられた安全装置に触る。
「撃ち方始め!」
握りを掴む右手には力を入れずに、そっと下に引っ張り、そっと安全装置を指で押して解除する。
引金に指先が掛かる。そのままさらにそっと引金を引いてみて遊びを確認する。
スコープ内で狙いをつける前に一度標的を裸眼で確認し、そこでフードの中を覗く。
すると視界は狭く暗いスコープの中の向こうにある、明るく広がる円の世界に吸い込まれていく。
円の両脇から水平に突き出て中心で切れている黒い帯を、円の中の景色と合わせて銃を水平になるように調整する。
その帯の途切れているところの円の真下から、同じ幅の帯が競りあがってきていて、先端を矢のように尖らせている。
その切っ先は水平の帯の上辺と一致し、円の中心になる。それが照準点で、裸眼のときに使う銃身の先、銃口の上に取り付けられた小片、すなわち照星(しょうせい)と同じ役目をするのである。
スコープ内の円の世界で草が静かに風に揺れている。照星で景色を追いながら二百メートル先の標的を捕らえる。
標的は一メートル四方のベニヤ板で出来ていて、その真中の直径十センチの黒い円を中心に、五センチ置きに白と黒の円の帯で外へ広がっている。
ただスコープを通して見ても、その中心の黒い円は一つの点にしか見えない。その十センチであるはずの黒い点の中に弾を撃ち込むのだ。
もう一度スコープの帯で水平を確認する。
照星を黒い点に合わせると、その黒い点が心持大きくなったように感じられる。
草が揺れて風が見える。
太陽の光が流れる。
足の位置を感じる。
肘の角度を感じる。
全身から力が抜ける。
指先の引金は遊びを終える。
息を大きく吸う。
胸の動きで体が上下に揺れ、黒点と照星が微妙に上下する。
息を吐く。
もう一度息を吸う。
照星が黒点を追う。
息を吐く。
再び大きく息を吸って、照星が点を捕まえると、そのまま息を止めた。
呼吸を止めたまま…そっと…そっと引金を引き続けていく……
ドン!
七・六二ミリの弾の力強い衝撃が右肩に伝わり、一瞬銃口が上に跳ね上がった。腰は柔軟にその衝撃を受け止める。
一瞬の静寂の時間が長く引き伸ばされて、二百メートル先から弾丸の当たる音が跳ね返ってくる。
それを十発も繰り返すと、ほとほと神経が磨り減ってしまい、立ち上がったときは虚脱感に襲われる。しかしそれを克服する時間は与えてもらえず、全員が撃ち終わるとすぐに号令が掛かり、銃の安全を確認し、二百メートル先の標的まで走るのだ。
四角い板の標的が横一列に並んでいる前で、射撃手がそれぞれの板の前に立ってその標的に撃ち込まれた弾痕(impact)の数を数える。
「幾つだった」
いち早く数えたベルーが、隣の剛の標的を覗き込んでニヤニヤしていた。
「百…三十、かな」
「俺は、百三十五…くそ!」
結果は標的に付いた弾丸の集まり方で図る。
集弾性といって、散らばった十発の弾痕の一番上と下の長さをH(hauteur)、一番右と左の幅をL(longueur)としてセンチメートルで測定し、そのH+Lを足し合わせた数字が点数となる。
目安として普段の射撃でこの数字が二百以下にできて初めてこの訓練に参加できるという。
またHL二百は直径十センチの円に十発の弾を撃ち込むことであるが、距離によって基準は違い、もし百メートルの距離なら五十が目安となる。
これを集弾性と呼び標的への距離が伸びれば伸びるほど、倍掛けするように広がる。
この照準合わせでは、必ずしも標的の円の中心に当たっていなくても良い。
HとLの交差点が標的の中心に来るようにスコープを調整すれば良いのである。
あの黒い点は、撃つための目標で、撃ち込む標的が見えなければ撃つこともできないのだから。
そうした訓練で、その数字が二百メートルの距離で百を切れるように射撃を重ねていく。
ある日、ブルゴーニュ大尉がニヤニヤと笑いながら、射撃台から五十メートル先に標的を移動させ、一人に五発ずつの弾を配った。
距離からすれば短すぎてちょっとした遊びのようなのだが、全員興味津々に射撃台に上がった。五十メートルなら当らないわけがないが、だからこそ微妙な力が問われる。
スコープを覗くと、中心の黒い円が太陽のように大きく見える。
するとスコープの中の照準を合わせる照星をどこに持って行けばいいのかが解からなくなる。
目標が大きすぎて焦点を定められないのだ。剛は取りあえず中心と思しき所に一発目を撃ち込んでみた。するとその黒い円の中に、最初の一発目が貫通した穴が白く見えた。今度はそこに照準を合わせる。
五発を撃ち終えて標的の確認に行くと、直径一センチほどの歪な穴が一つ空いているだけだったのだ。
それはまるで映画の一シーンの様だが、それが自信に繋がるのだった。
つづく