山で「怖かった話」
もう40年も前の話である。
山小屋で働き始めて数ヶ月が経った頃だった。
その日は近づいていた台風の影響で明け方から小雨が続いていた。泊り客はまだ雨足が弱い早朝から駆け足で小屋を後にして行った。
なので朝食の片付けから部屋の掃除まで、早めに終えることができ、シーズン中ではあったが、昼食も落ち着いて摂ることができた。
午後になり、受付の準備をしていると、夫婦と子供三人連れがやってきた。夫婦は40代であろうか。子供は小学校高学年の男の子に見える。
雨足は次第に強くなっていた。
軽装でやってくる客が増えている中、その親子の装備は明らかに天泊。
「すみません、天場はどこですか?」
予想通り天場の場所を聞いてきた。
「この先10メートルほど行ったところの、右奥ですよ。奥にある山小屋が天場の管理なので、そこで受付してください」
雨足が強くなりだし、行く足も早くなっていた。
私はその親子を見送りながら、他の従業員に話しかけた。
「この雨の中、天泊だよ。どれも子連れで」
「すごいですね。気合入ってますね」
その日はキャンセルも多く、受け入れる登山客は少なかった。
午後も二時を過ぎると、雷が聞こえ始めた。広い湿原の真ん中なら恐ろしいことだろう。
雷の音も近づき、音もだんだんと大きくなってくる。
少ない客の夕飯を終えた頃、突然やってきた。
――ガン!!!
雷が、とても近くに落ちたのだった。
私たちはすぐに外に飛び出してみると、天場の方角が明るくなっている。
天場に雷が落ち、テントが燃えていたのである。
小屋から手すきの男たちが飛び出し、天馬に駆けつけ、燃えるテントの消火にかかった。化繊のテントは勢いよく燃えて、懐中電灯が必要ないほど炎が大きく上がっている。
「あの親子だ」
「子供もいるぞ」
受付をした小屋の人たちが声を張り上げている。
雷は高いカラ松の木に落ち、その下にテントを張っていた、あの親子を直撃したのだった。
消火を終え、焼けた遺体を焦げ跡から引き出し、担架に乗せて天場のそばにある休憩所に中に運び込んだ。
遺体は小屋から持ってきた古い寝袋に収め、ネズミなどが近づかないように、六人がけのテーブルの上に、川の字に並べた。
無線で麓に連絡し、ヘリでの救助を求めると、台風は明日には山を直撃し、通過後飛べるのは明後日になるであろう、ということであった。
現場での救助が落ち着いたのは、すでに夜明けが近かった。
その後、遺体を保護するため、数件ある小屋から数人ずつ出てを守ることになった。
夜明けから、日の目のある内はいい。二日目の夜は、二人で閉鎖された休息所で泊まることになった。
私は結局二日目の夜、午後九時から、同じ小屋のアルバイトの男の子と泊まることになった。
やはり、真夜中、真っ暗な闇の中で、遺体の傍にいるのは、気味が悪い。私たちは、他に六人用のテーブルを二台使って、それぞれの寝床を作った。
気味が悪いが、それでもウトウトして来た頃、
――ドサ!!
遺体の方から音がした。
――え? 怖いよ!
私は音の正体を確かめるのが怖かった。聞かなかったふりをして、寝続けるのだが、眠れない。
――ゴロ!
――ああ! 始まった!? 何が始まった?
――ドン!
――どうしよう。
私はとうとう懐中電灯を取り出して、寝袋の中から遺体の方を照らしてみた。
――いない!
遺体が一体、ないのである。
「おい! 起きろよ」
と呼んでもアルバイトの子はよく寝ている。
私は寝袋から出て、遺体の安置してあるテーブルに近づいた。
「あ!」
私はつまづいて転んでしまったのだ。足元を照らすと、そこには、遺体が転がっているのである。
――ドン!
また音がして、テーブルの上から遺体が消えた。目の前の遺体をよく観察してみると、寝袋が転がっているだけにしか見えなかった。
「おい、起きろよ」
少し大きな声でアルバイトの子を起こした。そして足に絡まる寝袋を足で動かそうとすると、柔らかい。芋虫のように見える。
「おい、手伝って。遺体が動いたんだ」
「え! なんで」
死後十二時間ほど経ち、死後硬直がとけ、寝袋の中の遺体の腕や足の関節が崩れ出して、バランスを失って、テーブルから落ちたのだった。
それでも怖い。二人で落ちた遺体を持ち上げて元に戻すと、再び寝袋に入ったが、眠れることはなかった。
朝になり、昼前にはヘリが到着し、遺体を運ぶことができた。
怖い一晩であった。