週一県民③
世間的には既に忘れ去られているかもしれぬが、筆者にとって金曜日はいまだプレミアム。
名前を付けるなら、“やまなし・フライデー”だろうか。
といっても、
「おーい!パパ特製のほうとうが出来たぞー!?温かいうちに食べなさーい!」
と妻子に故郷の味を振る舞い、信玄公を称える日……ではない。
当方、生まれは兵庫。
山梨は地元でもないし、ついでに白状するとほうとうは苦手だ。
“やまなし・フライデー”とは文字通り、「金曜は終日山梨で仕事」というスケジュール上の話である。
県出身者でも県民でもない男が、毎週甲府をウロついているのは、
「ラジオやりませんか!?」
とかれこれ10年ほど前、山梨放送(YBS)から舞い込んだオファーが発端。
この月~金の帯番組、昼の3時間半の生放送で、曜日ごとにパーソナリティーが異なる。
筆者は長らく木曜担当だったが、今年の春、同じくYBS制作の情報バラエティー、『やまなし調ベラーズ ててて!TV』(毎週金曜夜7時~)のMCを仰せつかったのを機に金曜へと鞍替え……かくして、週に1度山梨に入り浸るようになった。
いや、有難い。
日がな一日、ローカル局でお世話になっていると、
「県勢の○○高校が1回戦に臨みます!」
「やりました、○○選手!県勢が優勝です!」
といった具合に、“県勢(けんぜい)”という言葉をよく耳にする。
今夏、いつも以上に飛び交っていたのは、『東京2020 オリンピック・パラリンピック』が開催されていたからだが、それにしても……。
これが都道府県の代表が覇を競う、インターハイや高校野球であれば、県勢の連呼も頷ける。
あるいは大相撲か。
番付表や土俵入りの場内アナウンスで出身地に必ず触れるし、筆者が大学で愛媛県の松山市にいた際も、
「○○町出身の△△関、本日の取組結果は……」
と郷土力士のニュースをローカル放送のテレビでたびたび目にした。
しかし、オリパラの選手はあくまで国の代表。
そこまで喧々……もとい、県々言われてもと思わぬでもない。
ちなみに地元紙、山梨日日新聞を眺めると、(県勢に近い概念であろう)“山梨のオリンピアン”を、「夏季、山梨県出身か、五輪出場時に県内選手」と定義している。
レスリングフリースタイル65キロ級金メダリスト、乙黒拓斗選手は笛吹市出身。
卓球女子団体で銀メダルに輝いた平野美宇選手は生まれこそ静岡だが、2歳からずっと山梨だそうな。
最後の“県内選手”は、実業団や大学など山梨を拠点に活動するアスリートを指すものと思われる。
一方、YBSのスタッフを数名つかまえ、
「どれくらいの期間、山梨で暮らしたら県勢とみなされるのか?」
と尋ねてみると、
「高校を卒業するまで!」
という方もいれば、
「いや、幼稚園までで充分でしょ!」
との意見もあり、かなりのバラツキが見受けられた。
どうやら、個人レベルでの県勢とはもっとこうざっくりとした……“山梨とご縁がある人”くらいの意味合いなのかもしれぬ。
筆者の経験上、県との縁を重視するのは、ローカル局にとって社是(しゃぜ)のようなもの。
だが、山梨のそれは尋常ではない。
『縁』の一文字が醸し出すホッコリとした空気感とは程遠い、どんなにささいなゆかり、係(かかわ)りも見逃さぬという固い決意。
全人類を山梨県民にしてやると言わんばかりの執念……マッチングアプリも真っ青である。
先述の筆者のラジオ番組でも、しかり。
ミュージシャン、芸人、アイドル、何かの専門家など、著名人をスタジオにお迎えする企画では、まずパートナー役のアナウンサーの女性が、
「実は○○さん(ゲストのお名前)!山梨と大変ご縁がございます!」
と煽りに煽ってから、ゲストのプロフィール紹介を始める。
ところが、よくよく聞くと、
「親御さんの都合で、中学の2年間を山梨で!」
「小学生のころ、2~3か月山梨に!」
「学生時代、何度か河口湖に遊びに来た!」
と薄口エピソードのオンパレード、なんてことが珍しくない。
最後の河口湖云々にいたっては、ただの言いがかりである。
にもかかわらず、
「え~!凄いですね~!!」
と局アナはお祭り騒ぎ。
油断していると、何でもかんでも「山梨が育んだ!」「山梨出身だ!」などと言い出しかねない。
もはや、“出身地ロンダリング”である。
一応断っておくが、別に難癖をつけたいわけではない。
ただ、いわゆる「有名になると親戚が増える」の親戚側に自分が加担しているようで、みっともないというか、恥ずかしいのだ。
居心地の悪さに耐え切れず、
「いや、山梨ほとんど関係ないやん!?」
とツッコんでみるも、藪蛇(やぶへび)。
ブースの外のディレクターに、
(禁忌を破ったな……)
といった表情で睨まれるのが関の山である。
……とまあ、少々意地悪な物言いが続いたが、お許しいただきたい。
詳しくは拙著、『ヒキコモリ漂流記 完全版』(角川文庫)に任せるが、
「地元はここで、実家があそこ!」
と胸を張れるような場所を持たぬ筆者。
同郷の誰それの活躍が嬉しいというごく一般的な(?)感情にそもそも乏しいのだ。
憐れな一発屋の戯言と、お見逃しいただければ幸いである。
仕事を終え、甲府駅のホームに立つ。
手にはキャリーバッグとスーツが入ったガーメントバッグ、そして、紙袋。
中身は果物や野菜など、山梨が誇る名産品だ。
件(くだん)のラジオ番組では、農家の方がPR出演するコーナーが毎週あり、
「これ、良かったらお土産に!」
とのご厚意にあずかることしばしば……持って帰ると、妻や子供が大喜びである。
あるときは手提げ袋からトウモロコシのヒゲをチラリとのぞかせ、またあるときは、極上のブドウやモモの甘い香りを漂わせつつ、新宿行きの特急を待つ姿は、さながら実家を満喫し東京に戻る大学生。
いやいや、46歳の中年男が大学生とはおこがましいが、少なくとも傍目には、“県勢”と映っているに違いない。
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