地雷な彼
元彼に何とかして復讐してやりたいなら、
「今すごく幸せだ」って、見せつけてやることだって、どこかで読んだ。
ホントにそうだと思う。この3年間それだけを心のよりどころにして生きてきたくらい。
そうよ、私、変わったわ。
すごくキレイになったって言われるし、
いまは3人の男からアプローチされてるの。
どう? 私を振ったこと、きっと後悔するはずよ。
だから、これが、私のあなたへの復讐なの。
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待ち合わせの喫茶店に着いた時、店内を見回して、まだ彼がいないことにホッとする。そうだった。彼はほんの少しだけ時間にルーズなのだった。
たぶん、約束の時間には5分10分遅れるはずだから、その前に一度、化粧室で鏡をチェックできる。
唯香は、店内に目を走らせて化粧室の表示をとらえると、すぐそんな風に考えを巡らせた。店員が来たので、何か注文しようかと思ったけれど、彼の目の前で、待ちくたびれて冷えてしまったコーヒーなどすすりたくはない。
「連れが来てから頼みます」と言って、メニューだけを受け取って、ポーチを取り、そそくさと化粧室へ向かう。
今日のために、ワンピースを新調した。オフホワイトの、V字で鎖骨がキレイに見える、ふわっとしたニットワンピ。ちらりとのぞくネックレスは、ひっかけたら切れそうなほど華奢なゴールド。昔の唯香だったら多分、選んでいない。
鏡を見ながら、入念に髪と肌をチェックする。
大丈夫、髪は先週美容院に行って、つやの出るカラーをしてもらったし、毎朝パックをして整えた肌は、いつもよりも化粧ノリがいい。
新しい愛されピンクのリップにグロスも重ねて、自然だけどちょっぴりセクシーな絶妙さに仕上がっている。
3年前は、自分で言うのもなんだけど、本当に垢抜けない女子だったと思う。社会に出たてでお金もなかったから、そんなに服や化粧品にお金もかけられず、いつも地味な紺スーツを着て、髪もひっつめにしたままだった。
そんな唯香が、将の目になぜ留まったのか、今でも人生の七不思議だ。
将は、いつでもとてもやさしかった。切れ長の目のせいか、一見冷たそうな顔をしているのに、不思議と人の懐にスッと入ってくるところがある男だった。
この人、と決めると、急に距離を詰めてきて、とことん相手にやさしくする。初対面ではそんなふうに見えないから、やさしくされた方は、十中八九誤解する。「この人は自分を好きなんじゃないか?」と。
将は、罪作りな男なのだ。
唯香もご多分に漏れず、そんな将のやさしさに心を奪われた。そんな風に、何もかもを受け入れてくれるような男性に会ったことがなかったから。
将とどういう経緯か、付き合うことになって、しばらくは自分でも信じられなかった。ただ、天にも昇るような幸せに浸っていられたのは、最初の1か月間くらいだけのこと。
すぐに、生来のネガティブ思考が顔を出し、唯香は、疑心暗鬼に駆られるようになってしまったのだ。
「こんな幸せが続くと思う?」「きっと、彼の気まぐれだわ」
「いや、本命が他にいて、私はその当て馬なんじゃないかしら?」
日に日に気後れが募って行き、手放しで幸せを喜べなくなっていった。
そんな中、ある日事件が起こったのだ。
「ねえ、相談してもいい?」
急に職場の派遣社員に声をかけられた。
「え? 何? どうしたの?」
「あのさ、河野さん、なんだけど」
将の名前を出されて、一瞬緊張する。職場恋愛だったので、親しい人以外には、将とのことは話していないのだ。
「え? 将君がどうしたの?」
「うん、……なんか、河野さん、最近よく声かけてくれて、メールもくれるの。社内メールだけど……」
嫌な予感が胸によぎる。これって、もしかして……。
「昨日もね、頼まれた資料を送ってあげたらね、こんな風に返してもらって……」
派遣社員が、顔を赤らめながら、スマホでメールを開いて文面を見せてくれる。
「本田ちゃん、資料ありがとう。いつも本田ちゃんの笑顔に癒されてます。
こないだ風邪気味だって言ってたけど、もう大丈夫?
本田ちゃんがいない会社なんてつまらないんだから。
無理しないで、どうかお大事に! マサル」
文面を読んでいるうちに、手が震えそうになった。
「なにこれ!」と叫べたらどんなに良かっただろう。でも、そこは会社で、相手は、年下の若い女の子だ。
「これ……が?」なんとか笑顔を取り繕って、本田ちゃんに尋ねる。本田ちゃんは、うつむきながら、小さい声で言った。
「ねえ、河野さんって私のこと、好きなのかなぁ?」
そこから先は、本田ちゃんが将のことを好きになって行く過程の打ち明け話が延々続いた。目の前のかわいらしい派遣社員のキレイにカールした髪をぼんやり見つめながら、唯香は、ただ貼りつけた笑顔のまま相槌を打ちながらぐるぐる考えていた。
「将の、こんなやさしさは、いつものこと。将に悪気がないのは、わかっている」
でも、何が悲しくて、自分の彼氏に対する恋愛相談を受けなければならないのだろう。しかも、将が、彼女にしている思わせぶりな行動の詳細を逐一報告されて。
最後まで、本田ちゃんには、自分が将の彼女だとは言えなかった。まさか、将に彼女がいるなんて、本田ちゃんは思いもしないみたいだった。
唯香は、ちょっと、本田ちゃんの素直さがうらやましかった。自分の頭の中は黒い霧が垂れこんでいて、まったく先が見えないというのに。
その日、唯香は、将を呼び出して、本田ちゃんの話を洗いざらいしてしまった。黙っていようと思ったけれど、不安が大きく膨らんでもはや自分では押さえきれなくなっていたのだ。この不安は、将にしか消し去ることはできない、と思った。
いや、将に会うまでは、将に話さえすれば、すべては解決するような気がしていたのだ。将が、大慌てで否定して、「唯香だけだよ」と言って、抱きしめてくれれば、きっとスッキリするのだと。
まさか、自分が言ってしまったことが原因で、もっと苦しめられることになるとは思いもしなかった。
将は、確かに、否定はしてくれた。
「そんな、本田ちゃんの勘違いだよ。僕は別に下心なんかないって」
でも、唯香の心は思ったほどは晴れなかった。
「本田ちゃん、俺のこと好きなんだ……そっか」
将が、そんな風につぶやいて、まんざらでもないような表情をしたからだ。
「将、なんかうれしそう?」と気づいたが、怖くて何も聞けなかった。
その日から、将が本田ちゃんを構う頻度が以前よりも増したのは、事実だった。
本田ちゃんは、将が席に行くとあからさまに声を弾ませて、うるうるした目で将を見つめた。将は、何気ないことで話しかけたり、お菓子をあげたりして、以前にも増して、本田ちゃんに細やかな気配りをしてみせた。
唯香は、たまに本田ちゃんが、将と話しながらこっちに向かって、うれしそうにウィンクして来るのを、苦笑いで受け止めなければならなかった。
全部自分のせいだった。自分が余計な話を入れてしまったばかりに、将に火をつけたに違いなかった。
男と言うのはしょうがない生き物で、自分のことを好きな女が大好きなのだ。いつまでも自分だけを見つめていてほしいのだ。たとえ他に付き合っている女がいようとも。そんなことを、唯香は、将と付き合うまで知らなかった。
最終的に、唯香が将と別れた原因は、些細なことだった。
本田ちゃんの一件があってから、唯香の将に対する疑心は、もはや自分でもコントロールできないレベルまで膨らんでしまった。
将のやさしくする対象の女性が、みんな将を好きになって、将を追いかけているように見えてきた。
将が、道行くキレイな女性に目をやるだけで、動悸が激しくなった。
将を誰もいない島に閉じ込めて、二度と他の女に会わせたくない! と思うほどだった。
遅かれ早かれ崩壊の日は来ていたのだと思う。
将が、唯香に内緒で合コンに出席したことを、同僚経由で聞いてしまったとき、唯香の中で、最後の糸がぷっつり切れてしまった。
呆れて突っ立っている将の前で、わーわー泣いて、将をなじった。
「そんなにほかの女と浮気したいなら、すればいい! サイテーの軽薄男!」と意味不明なことを泣きわめき、将のアパートの部屋を裸足で飛び出した。
それまでも、鬱々とした視線を投げかける唯香にうんざりしていたのだろう。将は、追いかけても来なかった。
そして、その日、買ったばかりのスニーカーと一緒に、唯香は将という彼氏を失ったのだった。
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それから、3年。唯香は、部署異動の希望を出して支社勤務に変わり、ずっと将とは会わずに暮らしてきた。
時間は人を、確実に癒してくれる。毎日24時間将を想って泣き暮らした時期は過ぎ、徐々に将を思い出さない時間も増えた。気づけば、将のことなどまったく考えない日が月のうちの半分を占めるようになった。
別れて1年後に、「もう吹っ切れた」と思う瞬間が訪れ、髪を切った。そして、友人のアドバイスに従い、服装やメイクなど、大幅なイメチェンをした。それまで興味のなかった男受けするファッションなどを雑誌などで研究して、ダイエットにも励んだ。
男性から声をかけられることも増え、自信もついてきた。何なら、デートの誘いをちょっとじらすことさえできるようになった。3年前から考えると、相当な進歩だと、我ながら思う。
「もう大丈夫だよ、今なら将に会っても、冷静でいられると思う」
唯香は女友達と飲むとそんな風に息巻いた。
「むしろ、3年前じゃなくて、今会いたかったって感じ? 今の私だったら、将なんか、超余裕だと思うんだよね~」
強がりじゃなく、本気で、そう思う。
記憶の中の自分は、何の武器も持たない、丸腰の女の子だった。今なら、違う。
今なら、将とも堂々と渡り合える。
将に見せてやりたい。今の自分。昔とは変わった、レベルアップした自分を。
それを見て、将が、「いい女を逃したな」と悔しがる姿を見たら、きっとその時、あの苦しくてみじめだった恋は、初めて昇華される。そこから、新しい一歩が踏み出せる気がした。
偶然将に会ったのは、そんなある日のことだった。
上司に言われて出席した社内のセミナーで、最後に会議室を出ようとしていて、肩を叩かれたのだ。
久しぶりに見る将は、前よりも少しふっくらしたように見えた。
「よ! お前も来てたんだ」
にっこりと笑う。その表情は、不思議なほどに付き合っていたころのままだった。記憶の中に貼り付いている、別れた時の重苦しい表情が嘘のようだ。
「あ、ああ。久しぶり……」
思わず、自分のその日の服装を、ちらっと目で確認してしまう。そんなに気の抜けた格好はしていないはずだが、もうちょっと高いヒールを履いていればよかった、と後悔する。
「今日はちょっと時間ないんだけど、また今度! お茶でもしよう。連絡する!」
将はそう言って、手を振って去って行く。同僚に追いついて、エレベーターの向こうに消えて行った。
……来た。千載一遇のチャンス、到来。
唯香は頬が火照るのを感じた。
こんな日をずっと待っていたのだ。この3年間。
彼に、私が、どんなに変わったかを見せつけられるこの時を。
彼が、私を見直して、悔しがる日のことを。
唯香は、ひそかに、ガッツポーズをしたい気分だった。
それから、1か月ほど。唯香は入念に体と肌の手入れをして、「その日」を待った。将は律儀に、セミナーの次の日には社内メールでお伺いを立ててきた。
浮き立つ心を押さえつつ、唯香は落ち着いて応対した。すぐに返事なんかしない。少しだけ、遅らせる。
相手の提案には飛びつかない。「その日はダメかも……」、と含ませつつ、代替案を提示して、自分のペースに持って行く。
そんな唯香の変化に気づいたのか気づかないのか。将はマメマメしく、メールを送ってよこした。まるで初めて会った時のように、丁寧に。好きな女の子を誘うように。
そんな将の対応の変化がうれしくて、唯香ははやる気持ちを押さえつけるのが大変だった。
「え、なんで会うの。今さら、別れた男に」
バッカじゃないの、と言わんばかりのあきれ声で、親友の岬が言った。岬がこう言うだろうとは思っていた。岬は現実主義で、切り替えが早い女だ。
過去にはとらわれず、次へ次へと前を向く。だからか、そんなに色気もないし、男っぽい見た目のくせに、付き合う男は途切れたことがない。
「今なら、私、将と対等にいられると思うんだ。」
「は? あの軽薄浮気男のこと、まだ好きなわけ? 未練あるの?」
「そんなんじゃないよ。もうどうでもいいの。吹っ切れてる。だ、か、ら、今会いたいんじゃない。もうどうでもよくなった男だから、今の変わった私を見せてやりたいのよ。」
唯香はちょっと強調しながらそう言う。
岬は、「どうだか」という顔をしたが、それ以上は言っても無駄、と判断したのか続けなかった。ただ、一言だけ言い含めた。
「ミイラ取りがミイラにならないようにね」
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将が10分遅れで店に入って来たとき、唯香はちょうど席に戻って、コーヒーを吟味している最中だった。
「よ。待たせてごめん!」
ドカッと、目の前のソファに将が座る。ハッとして目を上げた。
将は、唯香の姿を上から下までじーっと見て、少しだけ、「へえ」という顔をした。
そして、飛び切りやさしい顔で、唯香に微笑みかけた。
「何頼むの?決まった?」
唯香は、舞い上がりそうになる気持ちを押さえつけながら澄まして答えた。
「そうね、私マンデリンにしようかと思って。将は? いつものカフェオレ?」
「いや…、俺も同じのでいいよ。唯香と」
「じゃあ、将が頼んで」
「あ、ああ」
将の視線が自分の上にある。しかも熱のこもったまなざしだ。
それがうれしくてたまらない。まるで今日初めて会ったように。そう、出会い直せたら、
もしかしたら2人は今度こそうまく行くのかもしれない。
「なんか、唯香、感じ変わったな……」
「そう?」
「そうだな、……キレイになったよ」
将が照れたように笑う。それだけで、もう今日会う目的は果たせたようなものだ。
唯香は、満足げに息を吐き、熱いコーヒーに口をつけた。
それから、30分くらい、仕事の話や近況の話など、当たり障りのない話をした。そのうちに、徐々に、将も気安さが戻ってきたのだろう。少し足を崩して、大きく伸びをした。
「それにしてもさ、唯香ホントに、いい感じだよ。あの頃はさ、なんかもっと、暗い感じだった」
唯香は、その言葉を聞いて、急に、目の前がさっと暗く陰るのを感じた。
「ちょっとじめっとしてるっていうか。くら~く怒ってたりしただろ? 俺、そういうの苦手でさ」
将は無邪気な笑顔を浮かべて唯香の顔を覗き込む。唯香は、目をそらした。
なんだか、急に現実に引き戻され、一枚一枚、虚飾をはぎ取られていくような気がする。
「そうだったっけ? あんまり、覚えてないな」
「あー、そうだな。俺もなんか覚えてないんだよ」
将は、考え込む仕草をした。
「そもそもさ、俺たち、なんで別れたんだっけ?」
「え……?」
「ぶっちゃけ、いつ別れたのかも、よく分からないっていうか。なんか気づいたらフェードアウトだったじゃん?」
唯香は、指先が冷たくなるのを感じた。急激に、頭の中が冷めてくる。
別れたのは、3年前の6月だ。忘れもしない、会社の創立記念日の翌日。将が黙って合コンに行った次の日の夜だ。将の部屋で、唯香は大声で泣き叫んだ。そのままぷっつり将から連絡はなかったし、唯香も、連絡をしなかった。それが決定的な別れの日になった。
フェードアウトなんかでは断じてない。
将は、ふっつり黙り込んだ唯香に気づくこともなく、悪気のない笑顔で、スマホをいじっている。
「あ、ごめん。ちょっと未読溜まってたわ。いっしゅん返していい?」
唯香にとっては、3年間忘れられなかった、別れの日。あんなに鮮明に覚えているのに、将にとっては、記憶の片隅にも残っていないのだ。きっと将にとって、この3年は、唯香とはちがい、後悔と懺悔とは程遠い毎日だったのだろう。
スマホに語りかけるような顔で、すいすいと文字を打って行く指先を、唯香はじっと見つめた。一体誰に書いているのだろう。何人の女に、今、想われているのだろう。
そのやさしいまなざしを、どんな女が恋い焦がれているのだろう。
今、この瞬間も、どこかで。
みじめな気持が、雪崩のように襲ってきた。
将の前にいると、自分が3年前の自分にそっくりそのまま戻ってしまうような気がした。
将の目には、きっと、今でもあの頃の自分が映っているんだろう。どんなに上辺を塗り変えたところで、本質は変わらない。
オマエハ、カワッテナインダロウ?
そう、嘲笑されているような気がした。
身がすくむようだ。
どんどん飾りがはぎ取られ、元のダメな自分が姿を現していく。
何も、変わっちゃいないんだ。私は。
あの頃といっしょで、
この男の視線がほしいんだ。お情けのひとかけらでもいいから、ほんの少しでも好意がほしい。のどから手が出るほど、欲しいんだ。
今でも、変わらずに、この男が、欲しいんだ。
……なんて、浅ましい。
唯香は、真っ白な顔で、うつむいた。スカートを痛いほど握りしめていた。
なんで、こんなところに来たんだろう。なんで、馬鹿みたいに浮かれて、自分から来てしまったのか。
将は、まだスマホから目を離さない。気楽な調子で、うるさげに、指で上へ上へと画面を追いやっている。涙が、盛り上がってきて、こぼれそうになった。
この男は、私の、失恋の記号。
何度会っても、引き戻す。
私がどんなに遠くへ行こうとも、引きずり戻す。
私が、みじめだった、あの頃へ。
いっしゅんで、私の記憶を戻してしまうのだ。
何度会っても、何度やり直しても。
この男は、私の人生に落ちた、消すことのできない、黒いシミなのだ。
唯香は、苦い後悔の中で、ようやくそう悟ったのだった。
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「だから、言ったでしょ? 自分を捨てた男に会うなんて、狂気の沙汰、よ」
相変わらず古臭い言い回しの好きな岬に、そう言われて、唯香は、こくりとうなずいた。
「わ! 変わったかも! ってお互いが盛り上がるのは最初だけ。
ちょっと話しているうちに思い出してくるのよ。
この男はこんな男だった。この女はこんなところが苦手だった、って。
そういう目で見られたらこっちだって、元の自分に戻っちゃう」
岬は大げさに手を振った。
「どんなに念入りに魔法をかけたって、カボチャの馬車に逆戻り、よ」
まさにな喩えに、感心しつつ、唯香は苦笑した。
「もしかして、私、今度こそ彼に復讐できるかもって思ってたのかな。
彼が、私を見直してくれて、惚れ直すって思ってたのかな。今となってはわからないわ」
「未練だよ、未練。執着、とも言うね」
「未練、執着……か。」
「彼って言うよりさ、過去の自分に、復讐したかったんじゃないの」
岬は、サラッと言って、伸びをした。
唯香は、なるほど、と思って岬を見る。
「そっか。嫌いだった過去の自分を、見返したかっただけ……?」
「そうよ。それなのに不幸の元凶に会うなんて、逆効果。ホント、やめたほうがいいのよ。自分を捨てた男なんか、地雷よ。地雷。いつだって、……バーン!」
「地雷……」
「木端微塵!」
2人は顔を見合わせて噴き出した。
「ホントに私、次行くわ。今度こそ、過去の私を知らない男と、もっといい恋をする!」
唯香は、すがすがしい顔でそう言って笑った。
地雷男よ、さようなら。
もう二度と、会うことはないだろう。
過去のみじめな自分を知っている、男なんか……。
ちょうど気持ちのいい初夏の風が吹いてきて、岬が目を細めて振り返った。
バーン!・・・・・木端微塵だね。
3年分の物思いが、空へ舞いあがって、散り散りになって消えていった。
了