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僕のままで

「うーん、うちも恋愛経験そんな無いけど、その日にいっちゃった方がいいんじゃない?」
マッチングアプリで知り合って2回目の女の子に言われた。
純粋そうに見えてた彼女は一気に遊び人に見えて、そして僕の性器は萎縮した。
「でもさ、結局やりたいだけなんだなって感じない?」
「キュンキュンさせてくれる人がいいな」

2024年1月19日、僕らは初めてご飯に行った。
マッチングアプリPair Machで知り合った僕らは、彼女の「今日何してます?」の一言で会うことになった。
初回は僕が盛り上げた。自分で言うのもなんだが、顔もスタイルも上の中。今までナンパで成功もしてるし、ワンナイトだってある。マッチングアプリで相手をその気にさせて、面倒な関係になったことだってある。
だからこそ、だからこそ。今回は、今回は。まじめな恋愛がしたかった。
好きな人同士が恋の駆け引きなんてしないで、好きと言いって、好きと言われる。愛してるといって、愛してると言われて。一緒にいたいといって、私もと言われる。
それが僕の理想だった。

「また会わない?」
1回目の別れ際に、一世一代の思いで彼女を誘った。
一世一代と言っても、1年半前にこんなやりとりは当たり前にしていたし、あの頃だったらその日のうちに重なり合うことを選んだ。
「え、会いたいです!」
彼女も僕と同じ気持ちだった。そう思った。そう思いたかった。
その日から、僕と彼女は毎日LINEで愛を重ね合った。1日何通送りあっただろう。このラリーが続く回数が多いことが、僕にとって愛の大きさだと思った。
「どこ行きたいとかある?」相手に好意を悟られないように、絵文字もつけずに送った。「どこがいいかな」秒で返信がきた。この返信までの速度が、僕らの愛の引力だった。そんなチンケな愛を感じる僕は、世界で1番愚かで幸せ者だ。
「箱根とか行ってみたいなー行ったことなくて!」こんな大恋愛が年始早々あっていいのだろうか。温泉街を提案する彼女は、僕にとって生涯を共にする相手になるんじゃないか、そんなふうに思わせた。都合がいい解釈だと知ったのは、その4日後だった。
「じゃあいつ会いてる?」
「2月結構忙しいんだよね」
「1月は?」
「逆に1月?23日空いてる!」
このスピード感。そしてこの今までに経験のない女性からのアプローチ。僕はもう、彼女しかいないのではないかと思った。思えてしまった自分が情けなくて、もし将来時空旅行できる世界が来るのなら、この時の自分を諭すと決めてる。

ちなみに、温泉街に付き合う前の男女が行くということは、「私はあなたの全てに信頼を置けます。結婚前提で付き合ってください。」というメッセージが込められていると当時の僕は感じていた。なぜなら温泉に入るとき、別々の場所にはいるもの、その男女は裸になる。そして女性はメイクという鎧を一度脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。たとえその空間にその男女が一緒にいなかったとしても、時間は共有し合う。これは相当な覚悟がいる。そしてそれは愛のなしえる技なのだ。
理論武装だけ一丁前な僕は、LINEのやり取りだけで脳内の幸せホルモンは溢れ出て、その量は尋常でなかった。


新宿から箱根までの道中は記憶にない。記憶にないとは正確な表現ではないが、思い出すに耐えないようなものだった。手を繋げたらいいな、今日告白ができたらいいな、そんなブザマな思いが脳裏によぎりながら、彼女と他愛もない会話を続けた。好きなYouTuberは誰だとか、最後に元彼と行った旅行先はどこだとか。
今思うと、僕の恋愛遍歴に対する質問が少なく、それは彼女の僕への興味の希薄さを示していた。

「俺のことどう思っているか聞きたいな」
箱根では一度も手も繋げなかった僕が、前後の文脈も不確かなまま口にした。
車内はエンジン音だけが響いた。
「そうだね」

彼女の相槌だけで、なんとなく察した。はいはい、いつものやつね。友達がいいとか言うんでしょ。なんでだよ。箱根だよ?箱根来てるんだよ?今日でダメだったってこと?ダメなら最初に言ってよ。そういえば、お昼に「明日アプリの人と会うんだ」って言ってたな。そんな二股女こっちから願い下げだわ。クソみたいな恋愛してんじゃねえよカス。

え、だめってこと?気まずい雰囲気にさせた?やばいな。これだと今ままでいい感じだったのが、変な空気に包まれるぞ。雲行きが怪しいぞ。手さえ繋げてないのに告白なんて無理じゃん。でもこの子はそんな子じゃないよな。あと新宿でレンタカーを返すまで1時間以上あるから、挽回はできるよな。

頼りにならない天使と悪魔が僕の脳内で首脳会談を始めた。

「友達って感じ?」
僕の理性が口を動かした。
「うん」
「そっか」
「私的に、そっちかなって」
もうどうでも良くなってしまった。
なんでだよ。なんでだよ。なんでやねん!ねぇねぇ。ふざけんなよ。いくら使ってると思ってんだよ!こっちは金ねぇなかでデートしてんだよ!お金のことは関係なくない?待って待って、まだ完全に答えは聞いてないじゃん。ちゃんと話を聞こうよ。僕の
理性が自問自答する。
辛くなるのも嫌だから、「だよなー。マジでそれがいつも悩みだんだよ。俺はあっちゃんのこといいなって思ったけど、相手からいつもそう思われないんだよね。なんか嫌なとことかあった?」と、恋愛相談に話をスライドさせた。
「嫌なとこはほんとないよ!」
「いい人止まり?」
「うんー、いい人止まり」
今まで女遊びをしていたツケが回ってきた。見た目がいいことにかまけて、その日限りの愛を見つけていた僕へのツケ。本当に好きな人に対して、どう接していいかわからないんだ。
今まで付き合ったのは多分7人。夜を共にした女性の数のは覚えてない。そんな僕へのツケ。理由をつけることで納得がいく。理由がないと今にも彼女を罵倒してしまいそうで。頭の中の気持ちが悪い天使と悪魔にコントロールされないように。そういえば理由の一つに、女友達が多すぎるってのもあったな。これは彼女にポップに伝えて車内トークに消化した。そうでもしないと、カッコがつかないから。既にカッコがつかないのは、当時の僕も、まだ傷が癒えていない僕も、気づかないようにしている。

「どうしたらさ、好きな人と出会えるんだろう?」
「だから恋愛って難しいんじゃん!」
レンタカーを返却した僕らは、彼女の希望もあって大衆居酒屋で飲んだ。レンタカー代とETC代とガソリン代は僕が払ったから、ご飯代ぐらいは出させて欲しいと。
「俺、大切だなって思うと、もうその時点でぐいぐいいけないの。大切にしたいから」
「女の子ってキュンキュンしたいからね」
「だとしたらマッチングアプリ向いてないかも」
「明日この人と会うんだよねー」
彼女が明日会う予定の男の写真を見せてきた。
性欲にまみれた目つきと、過剰な自意識でセットされたマッシュヘアの彼の写真を見て、僕は麦焼酎のソーダ割りを流し込んだ。
「めっちゃエロそうじゃん」
「いいでしょ」
「その日に誘われるかもよ?」
「気をつけないとねー。でもそれぐらいがいいかも」
完全に僕の理想のタイプの女性ではないとわかった。ただ今まで彼女に費やした時間とお金が、それを許さなかった。だからこそ、彼女に「僕の方こそお前なんて無理だ」と言いたかった。でもそれが言えないのが僕の弱さで、僕の強さだ。
「俺さ、男の子好きだった時あるからわかるけど、って言っても中学生の時と大学生の時ね。どっちかっていうと女の子の方が好きなんだけど。」
「そうなの?」
「まあバイセクシャル的な。だからわかるんだけど、男ってほんとに性欲で動いてる人多いから、気をつけたほうがいいんだよねー」
自分の弱みを見せることで、相手が自分に惹かれなかった理由は、自分自身の性格の問題ではないという建前を見せつけるのが、僕のこの時唯一できる反抗であり、ダサさだった。

相手に自分をいかに誠実な人間だと思わせるか、そして相手にいかに自分は真剣な恋愛を追い求めているか、恋愛相談に乗るふりをして己の価値観を伝えた矢先、彼女がカルピスサワーを片手にふとつぶやいた。
「うーん、うちも恋愛経験そんな無いけど、その日にいっちゃった方がいいんじゃない?」

大衆居酒屋を出てすぐ、僕は彼女の手を握った。
「もう帰る?」
思いのほか丁重に手を離し、彼女はいった。
「かえるかな」
「一緒にいたい」
後戻りできない僕は、後戻りできないくさいセリフを口にする。
「ありがとう。でも思わせぶりなことはしたくないから。」
「そっか、ごめんね強引に」
「ううん、嬉しかった」
「じゃあ一回会った時に誘ってればよかったのかな?」
「次の日予定がなかったから行ってたかな。あの日いつだっけ?」
「いつだっけ?」
「金曜日だよね、行ってたかもね。付き合うかは分からないけど」
マッチングアプリという男女の淡い出会いの場の、僕の脳内のイメージカラーが、突然と僕の水色からシミのある茶色に変わった。

改札まで送ってくよと、今できる最大限の紳士な動き僕はした。
「悲しくなるから、もう連絡はしないかな」
本音を冗談まじりに口にした。今度は前後の文脈を意識した。
「飲み行きたいよー。男女で相談しあえるのいいし」
「お互いいるでしょ、異性の友達」
「でも話しやすいからさ。マッチングアプリでマブできることなかなかないし」
はいはい。良い人止まり。
「終電あるかな?気をつけて帰ってね!」
これでもかというくらい目を細めて、意識的に口角を上げて、綺麗に並んだ前歯を見せつけるように表情を作って、別れを告げた。

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