葬儀師・第七話「京都戦役編(その一)」
葬儀師・第七話『京都戦役編(その一)』・脚本
岡本蓮
◯ 京都市内・某所
鳥居に異界と通じる門が開く。(門のディテールはプライミーバルの時空の裂け目を参考にした)。植物が奇妙にねじくれ、門に向かって吠える野良犬が異形の姿に変形する。妖怪が続々と門から姿を現し、京都市内に流入する。
瑪瑙(めのう・二十九歳・男性)、辰砂(しんしゃ・二十歳・男性)、銅(あかがね・五十三歳・男性)、白亜(はくあ・三十六歳・女性)、門から姿を現す。(これに翡翠を加えて『五帝』と呼ぶ。五帝はいずれも特類能力者に分類され、政府に危険視される)
(※瑪瑙は背が高い美男子、冷徹な性格。辰砂は若い美男子で翡翠の寵愛を受けている。銅は背が低く小太り、トムブラウンのみちおさんがモデル。白亜は成熟した女性で聡明、機知に富む)
瑪瑙、ニヤリと笑う。
瑪瑙「行こう。我らがあるじを救い出すのだ」
五帝の不敵な笑顔。
(オープニング)
◯ 葬儀師庁京都市保安局(夜)
深雪、宿舎に鳴り響くサイレンに飛び起きる。同部屋の女性の葬儀師たちも起きる。深雪、恐怖の表情。
深雪「いったい何?」
川澄の声がスピーカーから聞こえる。
川澄『えぇ、ついさっき、京都市内に大規模な門が開いたことが明らかになった。ただちに全員支度を済ませ、宿舎の中庭に集合すること。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない』
深雪、唖然とする。
M(深雪)「櫛田のやつ」
(フラッシュ)
櫛田「なんでも近々ここ京都市内に大規模な門が開くっていう話だ」
(第六話より)
(フラッシュ終わり)
深雪、舌打ちしてベットを出る。支度を始める深雪。
◯ 同・中庭
若い葬儀師、宿舎の中庭に集合する。深雪、共鳴器官を右手に持って籾木班を探す。籾木班を見つける深雪、彼らに駆け寄る。籾木、深雪に気がつく。深雪、籾木班に合流する。
深雪「ごめん。遅れた」
籾木「いいや、いいんだ」
深雪、息を整える。
西「しかしまぁ、櫛田のざれごとがこうも当たるとは」
籾木「櫛田は誰から聞いたんだろうか」
西「さぁな。懇意にしてる上司から聞いたんじゃねぇの」
葬儀師たちが騒がしくなる。籾木班、騒ぎの出所を見る。中庭に特類葬儀師の川澄と大根田が入場する。
鈴木「特類のお出ましだ」
川澄、大根田、臨時の壇場に上がる。川澄、スピーカーを受け取る。
川澄「静粛に。諸君」
静まる一同。
川澄「放送の通り、京都市内に多数の門が開いた。門の数は確認されているだけで六つ」
一同のどよめき。
川澄「ロ級門戸が一つ、ハ級門戸が四つ、ニ級が一つだ。すでに多数の異邦人が京都市内に流入したことも分かっている。市民にも被害が及んでいる。心してかかれ」
葬儀師たちの顔。
川澄「それと……」
川澄に葬儀師らの視線が注がれる。
川澄「特類異邦人の五帝が京都市内に侵入した恐れがある」
どよめく一同。
葬儀師A「五帝ってあの五帝だろう?」
葬儀師B「ああ! 一体につき甲級葬儀師十人分の戦力があるらしい!」
葬儀師C「私たちじゃ太刀打ちできない!」
川澄「静粛にぃ!」
静まる一同。
川澄「ここ京都には私と大根田教官を含め、多数の特類、甲級葬儀師が滞在している。大阪には柳特類葬儀師もいる。……さらに! 異邦人襲来の報を受けて、東京から二ノ宮周五郎特類葬儀師がヘリコプターで京都に向かっているとのことだ!」
葬儀師D「おお! 二ノ宮さんがいればあるいは!」
葬儀師E「あの翡翠を単独で捕らえたらしいぞ!」
葬儀師F「二ノ宮捜査官の使役妖怪は殺しても死なないとか……」
深雪、籾木に耳打ち。
深雪「二ノ宮って、あの時の? ……」
籾木「ああ。能力者を簡単に送った人類の最高傑作だ。そこにいる川澄教官や大根田教官でさえ二ノ宮さんの足元にも及ばないらしい」
深雪「ふーん。示し合わせたように特類葬儀師が集まってくるね」
籾木「ああ。ただ今は目の前の任務に集中しろ。あの件は置いておけ」
深雪「はいはい」
川澄「我々は勝利を約束された集団だ! 日々の訓練を思い出せ! 醜い異邦人を一匹残らずあの世へ送ってやれ!」
川澄、腕を高く掲げる。一同、腕を掲げる。
一同『おお‼︎』
散らばる葬儀師たち。雑踏の中、籾木、久保田を探す。籾木、困惑する久保田を見つける。籾木、久保田に走り寄る。
籾木「久保田!」
久保田、籾木を見つける。久保田も雑踏を縫って籾木の元に向かう。二人、行き合う。
久保田「籾木くん!」
籾木「久保田……」
久保田「籾木くん」
籾木「久保田。身の危険を感じたらすぐに逃げるんだ」
久保田「(笑み)敵前逃亡は重罪だよ」
籾木、久保田の肩を掴む。
籾木「そんなことどうでもいい!」
久保田、目を見開く。
籾木「処罰されてもいい。とにかく逃げるんだ! 今回の戦役は今までのものと根本から異なる! 死傷者の数もとんでもない規模になる! いいか……負傷を装って戦線を離脱するんだ! そうすれば……」
籾木、久保田の含み笑いを見てはっとする。久保田、顔を斜め下に傾けて、伏し目になる(可能な限り美しく描写する)。
籾木「久保田……」
久保田「籾木くん……。ダメだよ。私たちはこの国の人たちを守るために葬儀師になった。そうでしょ? ……だから戦わなくちゃ」
久保田と籾木を見る籾木班、久保田班の面々。
久保田「私は親友を殺された。今でもその犯人は捕まってない」
(フラッシュ)
久保田の親友の女の子の笑顔。
(フラッシュ終わり)
籾木、うろたえる。
久保田「もう弱い自分は嫌なの……」
籾木、はっとする。
(フラッシュ)
籾木(十二歳)、道場で正座し、目の前に籾木の剣道の師匠、小山八段、籾木に対面して正座する。
籾木「もう弱いのは嫌なんです! 僕に剣道を教えてください!」
小山八段の鋭い眼光。籾木、唾を飲む。
(フラッシュ終わり)
久保田「私、決めたの。異邦人に復讐するって。親友のかたきを討つって」
籾木「どうして……」
多々良「籾木遥希!」
籾木、久保田、多々良肇(三十八歳・男性)を見る。(多々良の見た目……長身痩躯、頬がこけ、やや神経質な印象を与える)籾木、多々良の胸の刺繍を見て目を見開く。
M(籾木)「芍薬の刺繍。甲級葬儀師⁉︎」
多々良、籾木と久保田に歩み寄る。
多々良「籾木遥希だな」
籾木「はい」
多々良「若い葬儀師は我々老人と臨時でチームを組むことになった。多々良肇だ。よろしく」
多々良と籾木、握手をする。
籾木「よろしくお願いします」
中嶋「はんちょぉ!」
久保田、中嶋を見る。中嶋、久保田に手を振る。
中嶋「油売らんと! はよぉ!」
久保田を手招きする中嶋。中嶋の背後に櫛田、櫻井の姿。久保田、籾木を見る。多々良、二人の仲を察して、
多々良「俺は行く。手短に済ませ」
多々良、二人に背を向けて深雪たちの元に戻る。籾木、久保田、多々良の背中を見送る。籾木と久保田、また向き合う。
久保田「籾木くん。わたし、行かなきゃ……」
久保田の顔を見つめる籾木。久保田、恥じらいの表情を浮かべる。
久保田「籾木……くん……」
M(籾木)「顔の造形が特別いいという訳ではない。(久保田の顔)愛想がいいとか、人に媚を売る力があると言う訳でもない……(久保田の目と鼻、唇)この華奢な手足と逆三角形の胴体……長い黒髪……薄いが張りのあるくちびる、ややもするとキツい性格と思われる切れ長の目……。ああ……俺は彼女を愛しているんだ……」
籾木、唇を結ぶ。目を合わせる二人。
籾木「久保田」
コクリと頷く久保田。
籾木「これが終わったら俺と……」
久保田、まばたき。
M(籾木)「ああ、死亡フラグ立っちまうな……」
籾木、微笑む。
籾木「なんでもない。任務に戻ろう」
久保田「えっ……」
中嶋「班長ぅ!」
久保田、中嶋を見る。
久保田「ごめん。行かなきゃ」
籾木「ああ」
久保田、その場を立ち去る。籾木、久保田の背中を見送る。籾木、久保田に背を向けて立ち去る。久保田、振り返り籾木の背中を見る。久保田、籾木に背を向けて立ち去る。籾木、久保田を振り返る。籾木、久保田の背中を見て諦めたように微笑して久保田に背を向けて歩き出す。久保田、立ち止まり、籾木を見る。籾木の背中。久保田、諦めてまた歩き出し、中嶋たちと合流する。籾木、諦めたように微笑む。籾木、多々良班と籾木班に合流する。
籾木「すみません」
多々良「ああ」
多々良、苦悩する籾木の顔を見る。
M(多々良)「まだ青いな」
多々良、含み笑い。多々良班の猪俣(三十二歳・女性)、多々良に耳打ち。
猪俣「準備が整ったようです」
多々良、頷く。多々良、籾木班の一同を見る。
多々良「ここが正念場だ。気を引き締めてかかれ!」
籾木「はい!」
深雪「はい」
鈴木「うっす」
西「あーい」
◯ 大型バン・中
バンの中に向かい合って座る籾木班と多々良班(多々良、猪俣、小林、薬師)。しばし無言でバンに揺られる。
猪俣「籾木班のみんなはいくつなの?」
籾木班、一斉に猪俣に視線をやる。目配せし合う深雪、鈴木、西。
籾木「私が二十七で、こっちの鈴木と西が同い年の二十五……そして最年少の柊が十七です」
深雪、籾木の腹の肉をつねる。籾木、顔をしかめる。
籾木「なんだ!」
深雪「まだ十六だから」
籾木「もうすぐ誕生日だろ⁉︎」
深雪「十六と十七の間にはマリアナ海溝より深い溝があるの」
深雪と籾木のやりとりを眺めて微笑む多々良と猪俣。
多々良「感心するよ」
多々良を見る籾木班。
多々良「こうやって普通の人間とデザインされた世代が和気藹々と冗談を言い合えるなんて、めったに見たことないからさ」
猪俣「ええ。私たちは全員、ただの人間ですから軋轢はありませんが、新しい世代と古い世代は対立することはあれど、協力したことはありませんから」
複雑な表情の籾木班。
薬師「(抑制された声)使い捨てなんだろう? デザイナー・ベイビーは」
薬師、下を向いたまま言う。籾木班、我が耳を疑う。
多々良「薬師! 彼らの前でなにを⁉︎」
薬師「すみません。ただ、彼らが使い捨てられたのを見てきたので……」
考え込む多々良と猪俣。
深雪「いいんです」
一斉に深雪に視線が注がれる。
深雪「私たちはそのために作られたから……」
深雪、寂しい顔。籾木、深雪の横顔を凝視する。
小林「この戦いが終われば……この子達は解放されるのでしょうか?」
多々良、考える。
多々良「ああ……、きっと解放されるさ……。そうでなければ救われない……」
西「(怒りと悲しみが混じった感じ)同情なんて要りませんよ!」
一同、一斉に西を見る。
西「そんなものなんの役にも立たない!」
多々良班の複雑な表情。西、悔しそうに下を向く。深雪、西を心配そうに見て、彼女の肩に手を伸ばしかけるが、西が涙を浮かべているのを見て、そっと手を引っ込める。深雪の顔。
M(深雪)「蓮……」
◯ 京都市内・某所
目的地に到着する多々良班と籾木班。バンを降りる一同。多々良、スマートブレスレットを起動し、空中に地図を表示させる。
多々良「我々の位置はここ。そして目的の場所はここだ。我々は楠班の後衛、彼らが取りこぼした異邦人を各個殲滅する任務を仰せつかった」
猪俣「楠班なら安心ですね。精鋭揃いだ」
多々良「ああ。ただ何が起こるかわからない。これは未曾有の事態だからな」
猪俣「ええ。長い夜になりそうです」
多々良、地図を閉じる。多々良の無線、
無線「こちら司令部。多々良班、作戦を開始しろ」
多々良「了解」
多々良、肩越しに一同を見る。
多々良「行くぞ!」
多々良班『了解!』
籾木「了解!」
無言の深雪、鈴木、西ら、デザイナー・ベイビー。
◯ 同・川澄班
特類葬儀師の川澄、甲級葬儀師の橘凛(三十四歳・女性)、三瓶正義(四十歳・男性)、馬場ヒロト(三十歳・男性)、荒木(三十二歳・男性)らを引き連れて京都の夜道を歩く。
三瓶「しかし、やはりこの作戦に未熟な若い葬儀師を投入したのは間違いではありませんか?」
川澄「ああ。葬儀師庁の上層部は第二世代の性能をテストしたいんだ」
三瓶、馬場、顔を引き攣らせる。
橘「異類婚姻者を増やす政策が失敗に終わったために、政府も見境なしですね」
川澄「不思議なものだ」
川澄班、川澄を見る。
川澄「異類の血統を引き継ぐには愛の力が必要だなんて」
荒木「まったくです」
三瓶「でもロマンチックかも」
馬場「三瓶さんが言いますか?」
三瓶「うるせぇ」
笑い合う川澄班。川澄、闇を見つめる。
◯ 同・大根田班
大根田班の大根田気禅、的場(四十五歳・男性)、川端(三十七歳・男性)、大根田芳輝(三十五歳・男性)、夜道を歩く。
芳輝「私たちが仲間内にどう呼ばれているか知ってます?」
的場「なんだ?」
芳輝「老人会ですよ。まったく」
的場、高らかに笑う。
的場「傑作だな」
川端「葬儀師の平均年齢が若すぎるんですよ」
的場「まったくだ……」
気禅「人は消耗品ではないというのに」
大根田班、暗い顔で頷き合う。気禅、はっとして足を止める。大根田班、立ち止まる。闇を睨む大根田気禅。
◯ 同・久保田班
大きなジュラルミンケースを担いで歩く久保田班。舌打ちする櫛田。
櫛田「くそっ。補給なんて誰でもできる任務をわざわざ」
久保田「妥当だよ。門が一斉に六つも開いて、それに五帝も入ってきたとなると、前線には経験豊富なベテランたちがつくべきだから」
櫛田「班長は野心が足りない」
中嶋「おっ? 上司を批判するんか?」
櫛田「そうじゃない。俺が言いたいことは、ここで武勲を上げれば昇格は間違いないと」
櫻井「市民の安全が優先だよ。櫛田の昇格なんて問題じゃない」
中嶋「せやな」
櫛田「お前ら」
久保田、ため息。
M(久保田)「籾木くんだったら、うまくおさめられるのかな。この険悪な雰囲気……」
歩く久保田班。ふと久保田、はっとして闇を見つめる。足を止める久保田班。久保田、闇を凝視する。
中嶋「どうしたん? 班長……」
久保田「しっ。何かいる」
共鳴器官の柄をにぎる一同。緊張が走る。しばし闇を映す。
闇の中から小型犬ほどの妖怪が出てくる。久保田班、胸を撫で下ろす。
中嶋「なんやぁ、びっくりして損したわぁ」
櫻井「はぐれたのかなぁ」
櫛田「殺す価値もない」
久保田、ジュラルミンケースを置き、ケースを開けてプラスチックの注射器(アドレナリン注射みたいなやつ)を取り出す。この注射を分裂抑制剤と呼び、異邦人の特殊能力および意識を抑制する効果がある。
久保田「命令通り、捕獲する」
注射器を握りしめる久保田。
◯ 同・川澄班
葬儀師の死体の山を検める川澄班。
三瓶「ひどい。ただ殺したというより、意図的にむごい殺し方を選んだとしか……」
馬場「甲級の仕業でしょうか……」
荒木「知的妖怪かも……」
橘「川澄捜査官!」
川澄、三瓶、馬場、荒木、橘のもとに向かう。橘、虫の息の葬儀師を介抱する。
橘「まだ息のある者が……」
川澄「なに⁉︎」
川澄、ひざまずく。
川澄「おい! 大丈夫か! しっかり! 何があった⁉︎ 教えてくれ!」
虫の息の葬儀師「小さな子供が……あれは悪魔だ……」
川澄「顔を見たのか⁉︎ 教えてくれ! 面の割れてるやつか⁉︎ おい! しっかりしろ!」
虫の息の葬儀師、絶命する。橘、脈を診て首を横に振る。
川澄「くそっ!」
一同、仲間の死を悼む。
ふと携帯型の死穢測定器がラジオの混線のような雑音を立てる。一同、臨戦態勢。歩く音が近づいてくる。固唾を飲む一同。辰砂、川澄班の前に姿を現す。
(エンディング)
◯ ヘリコプター・中
ヘリコプターで京都上空に到着する二ノ宮。同乗する葬儀師が京都を見下ろして絶句する。
同乗する葬儀師「なんだ、これは……」
二ノ宮「どうした」
同乗する葬儀師「こちらに来て、これを」
二ノ宮、窓に寄って外を見る。二ノ宮、目を見開く。京都市内、点々と炎が上がる。
M(二ノ宮)「早く門を塞がなければ……」
空を飛ぶヘリコプターの描写。
(第七話・終)