葬儀師・第四話「京都遠征編(その一)」

葬儀師・第四話『京都遠征編(その一)』・脚本 
 岡本蓮


◯  葬儀師庁赤羽派出所
   警察署のような機能を有する葬儀師庁の派出所。籾木班にあてがわれた部屋に、籾木班の一同が会する。
深雪「修学旅行と遠征の日取りが重なったぁ⁉︎」
   籾木、しかめっ面。深雪、パイプ椅子から立ち上がり、籾木の胸ぐらを掴む。
深雪「どういうこと! 説明して!」
籾木「さっき説明した通りだ」
深雪「じゃあうちを納得させて! でなきゃいかないから! 京都」
   籾木、イライラ。鈴木、面倒くさそうに椅子にもたれかかる。
鈴木「うるせぇなぁ。俺たち一応公務員なんだぜぇ」
深雪「あんたに聞いてない」
   鈴木、目を見開く。西、爆笑。
鈴木「笑ってんじゃねえ! (深雪を見る)お前、ガキだからって調子乗るなよぉ! 親しき仲にも礼儀あり、だ!」
深雪「はいはい。ガリ勉さん」
   鈴木、深雪に掴み掛かる。籾木、深雪と鈴木の間に入って仲裁する。
鈴木「(ごちゃごちゃ)」
深雪「(ごちゃごちゃ)」
   深雪、籾木の鼻の穴に指を突っ込む。鈴木、籾木の髪を鷲掴みにする。籾木、イライラ。
   暗転。
籾木「いい加減にしろ!」
   ゲンコツのSE。
   深雪、鈴木、頭を押さえて悶絶する。
籾木「俺たちは公に支える下僕だ! 好き嫌いで業務内容を選べるほど偉くはないんだ! 兜の緒を引き締めろ!」
深雪「つぅー……」
鈴木「なんで俺まで怒られなきゃならねぇんだ!」
籾木「うるさい!」
   気圧される鈴木。籾木、深雪を見下ろす。深雪、籾木に圧倒される。
籾木「ワガママは言わない! もう子供じゃないんだから、もっと責任感を持て!」
深雪「嫌なものは嫌!」
籾木「(怒り)あのなぁ……この遠征は西と東の連携を強化するために催された大事な訓練なんだぁ。それを好き嫌いでどうこうできるなんて思うなよぉ」
深雪「(泣き)そんなぁ! 行きたくなぁぁぁいぃ‼︎」
籾木「まったく」
深雪「私はぴちぴちの高校生なのぉ! せっかくの修学旅行を葬儀師の公務で潰したくなーい!」
   間。
   京都駅に場面が変わり、深雪の顔を映して、オープニング。
   (オープニング)

◯  京都府京都市・京都駅(朝)
   学校の制服姿の深雪、不貞腐れた顔。
T「一ヶ月後」
 「京都市」
   人を呑吐する京都駅。深雪を含む高校生たち、駅の中に整列する。益子、友人(男子生徒A)と談笑しながら深雪の方に向かう。益子、深雪を見つけ、男子生徒Aと別れる。益子、深雪の隣に立つ。
益子「せっかくの修学旅行なのに、なんで浮かない顔してるの?」
深雪「平民には分かるまい。うちら公務員の気持ちは」
   益子、苦笑い。
益子「仕事の予定が入ったんだね」
深雪「うん。死にたい気持ち」
   益子の顔。
教師「行くぞぉ。ついてこい」
   先頭の教師、手を挙げ、前に進む。生徒ら、整列したまま教師の後を追う。益子と深雪も後に続く。
益子「せっかく来たんだから楽しもう。京都」
深雪「あいにく神社仏閣を見て感傷にひたれるほど繊細じゃないんでね」
   苦笑いの益子。
深雪「まあ」
   益子、深雪を見る。
深雪「あんたと、それに香帆里と一緒に周れるなら、何も言うことないかも」
   益子、微笑む。
益子「よかった」
   深雪、益子を見る。
益子「別のクラスの人とも班を組めるよう先生がたに訴えた甲斐がある」
   深雪、不敵に微笑む。
深雪「政治家になれるよ」
益子「褒めてる?」
深雪「褒めてる褒めてる。嘘言っても良心の呵責に苛まれないとことか」

◯  京都市内
   深雪、香帆里、益子の班での京都旅行を一分ほどのダイジェストにまとめる。(今後出会う塩野目左京(二十九歳)や塩野目由香(二十七歳)、久保田班(設定資料参照)の面々をさりげなく映す)
   間。
   神社の境内のベンチで涼む深雪たち。深雪、立ち上がる。
深雪「ちょっと散歩」
益子「うん」
香帆里「あまり遠いところには行かないでね」
深雪「はいはい母ちゃん」
   間。
   深雪、参道を歩く。静かな境内。ふと、横溝が見切れる。深雪、横溝に気が付かない。
横溝「柊。神は信じるか?」
   深雪、飛び上がる。
深雪「(悲鳴)」
深雪、杉の木の間に座る横溝を見る。
深雪「何してんの! このストーカー!」
横溝「すっ、ストーカー⁉︎  (咳払い)俺は子を持つ親の気持ちで」
深雪「警察がストーカーなんて、前代未聞」
横溝「(ため息)まったく」
   横溝、参道におりる。深雪、横溝を見る。
   間。
   並んで歩く深雪、横溝。二人、鳥居をくぐる。社を構える広場に出る二人。二人、歩きながら話す。
横溝「手を引け。柊」
   深雪、眉を上げる。
深雪「いまさら佐伯殺しから手を引けって? 都合良すぎない?」
横溝「そんなことは重々承知している。もう一度言う。この捜査から手を引け」
深雪「(ため息)なにか証拠を掴んだんだね」
横溝「ああ」
深雪「あのちっちゃいカードに何か重要な情報があった」
横溝「言えない」
深雪「異邦人が自殺を偽装してまで隠したかった情報が」
横溝「想像力がたくましいな」
   深雪、横溝、賽銭箱の前で止まる。横溝、財布を取り出し、中の小銭をごちゃごちゃやる。
深雪「私降りないから」
   横溝、手を止める。しばし膠着。
深雪「私……佐伯一家の無念、晴らすから」
   横溝、しばし固まるが、ややあって動き出し、小銭を賽銭箱に投げ入れる。二回手を叩いて祈念する二人。
横溝「何を願った?」
深雪「友の息災を」
   横溝、皮肉に笑う。
深雪「横溝はなにを?」
横溝「(間)俺か……そうだな……安らかにお眠りください、かな……」
   深雪、何度もうなずく。社を見上げる深雪と横溝。
   間。
   深雪、一人で益子と香帆里の元に戻る。益子、香帆里、顔を上げる。間。深雪、益子らの前で止まる。
益子「ずいぶん長かったね」
深雪「うん。お願い事をしてきた」
香帆里「さっきしたじゃん」
深雪「今度のはもっと特別なやつ」
   優雅に笑う香帆里。
益子「変なやつ」
深雪「お前が言うな!」
   香帆里、大笑。
益子「僕は普通だ」
深雪「お前こそ変人なんだよ!」
益子「僕わぁ」

◯  宿屋(夜)
   深雪、大部屋の窓辺で夜風にあたる。深雪の髪、入浴後のため、艶やかに濡れる。深雪、下の夜道を見やる。一人、サラリーマンが夜道を歩く。
クラスメイトA「柊さん」
   深雪、クラスメイトAを見る。クラスメイトA、緊張の面持ち。深雪、破顔。
深雪「深雪でいいよ」
クラスメイトA「うん。深雪ちゃん」
   苦笑いの深雪。
深雪「なに?」
クラスメイトA「ううん。益子くんが……」
深雪「益子が? どうしたの?」
クラスメイトA「ひいらっ……深雪ちゃんのこと、呼んでる」
   クラスメイトA、照れる。深雪、苦笑い。
M(深雪)「あの野郎。舌足らずなんだよ」
深雪「よしっ」
   深雪、立ち上がり、クラスメイトAの肩に手をやる。
深雪「ありがとう……。益子とは、何でもないから」
   深雪、クラスメイトAにウィンク。クラスメイトA、頬を赤らめる。

◯  同・ロビー
   深雪、ベンチに座る。自販機が缶を排出する音。益子、自販機の取り出し口からコーンポタージュを二本取り出す。益子、深雪の隣に座り、深雪にコーンポタージュを手渡す。それを受け取る深雪。
深雪「サンキュー」
益子「おう」
   益子、プルタブを開け、飲む。自販機の機械音。
深雪「班に入れてくれてありがとう。私、女の友達いないから」
   益子、深雪を見やる。
益子「先生も酷だよ。クラス替えで孤立してしまう生徒が出ることは予想できただろうに」
   深雪、コーンポタージュの缶を握りしめる。
深雪「香帆里以外に気の合うヤツがいなくてさ」
益子「僕は最初びっくりしたよ。峯さんと深雪が仲良しだったなんて」
深雪「意外と気が合うんだ。お嬢様と地下労働者くらい身分が離れているんだけどね」
益子「いい意味で同じ穴の狢さ」
深雪「私と香帆里が似てるってこと?」
益子「そうさ」
深雪「どこが?」
益子「どっちも『じせい』ができる」
深雪「じせい?」
益子「ふたつの意味でさ。自制と自省」
深雪「制すると省みるね」
益子「そう。さすが特別補習クラスだ」
深雪「褒めてねぇだろ」
益子「半分正解」
   深雪、諦めたように笑う。
深雪「どっちも壊滅的にダメだと思ってるんだけど」
益子「いいや。どっちもよくできてるよ」
深雪「なにを根拠に?」
益子「日々の振る舞いさ」
深雪「まるで私のすべてを知ってるかのような口ぶりじゃないか」
益子「全部は知らないけど、全部を知りたいと思ってる」
    消音。深雪、頬を上気させる。しばし無言の二人。
益子「深雪! 僕! ……」
深雪「バカなこと言わないでよ」
益子「え? ……」
深雪「からかってるの?」
益子「そんなつもりは……」
   深雪、かかとを座面に乗せ、膝を抱える。
深雪「身分が違うんだ」
益子「戸籍なんてどうでも!」
深雪「関係大アリ!」
   益子、呆然とする。深雪、落ち着く。
深雪「関係あるの。法的には許されても、社会がどう受け止めるか」
益子「でも……僕の思いは伝わったんだね」
   寂しい表情の深雪。しばし無言。深雪のスマートブレスレット、鳴る。深雪、電話に出る。籾木からの電話。
深雪「もしもし」
籾木『柊』
深雪「なに? こんな遅くに」
籾木『今すぐ共鳴器官を持って、こい』
深雪「まさか、異邦人が出たの?」
籾木『ああ』
   間。
深雪「うん。そう。わかった」
   深雪、電話を切る。深雪、ため息。
益子「仕事の電話?」
深雪「うん。市内に異邦人が出たって」
   益子、目を剥く。
深雪「そんな顔しないで。東京でも当たり前でしょ? 異邦人なんて」
益子「君の身を案じているんだ」
深雪「優しいね」
益子「行ってほしくないよ」
   益子、深雪に詰め寄る。
深雪「仕事だから」
益子「どうしたら行くのを止める?」
深雪「手足をもがれても行く」
益子「じゃあこれは」
   益子、深雪の肩を掴む。深雪、益子を見る。その瞬間、益子、深雪の肩を鷲掴みにして、強引にキスをする。深雪、目を見開く。目を細める深雪。益子、深雪の後頭部に手を回し、逆の腕を腰に回す。深雪、つま先立ちになる。しばしキス。深雪、ややあって平静を取り戻し、益子を引き剥がす。くちびるを手の甲でぬぐう深雪。
深雪「ほんと! 手に負えないバカ!」
益子「深雪。僕は……」
   益子、深雪に手を差し伸べるが、深雪、彼の手を弾いて走り出す。後悔の表情の益子。

◯  東寺
   竹刀を入れる筒を背負う深雪、タクシーを降りる。規制線が張られ、多数の警察官の姿。籾木、鈴木、西、深雪に気がつく。深雪、三人に走り寄る。
深雪「ごめん。遅くなった」
籾木「いいや。突然だった。無理もない」
鈴木「今日はやけに優しいじゃねぇか。籾木」
   籾木、鈴木を無視する。
鈴木「あぁ⁉︎  お前、こいつに気があんのかぁ⁉︎」
   籾木、イライラ。
   西、深雪を気遣う。
西「深雪ぃ」
深雪「なに?」
西「なんか変だぞ、お前」
深雪「どこが?」
   西、考える。
西「んー……。なんか、例えるなら、今さっき強引にキスされたみてぇなツラ……つうか」
   深雪、頬を朱に染める。
西「でも気のせいか。ごめんごめん。深雪」
   西、深雪の背中を叩く。やれやれという顔の深雪。

◯  同・境内
   籾木班、夜の境内を歩く。籾木、スマートブレスレットの情報を見ながら、
籾木「確認された異邦人はすべて妖怪。個体も特定されている」
   籾木のブレスレットの光学画面が妖怪『泥田坊』を表示する。
籾木「妖怪の名前は泥田坊。等級は丙級。個体数は一体のみ。ただし、その泥田坊はすでに一人の訪日外国人を殺害している模様」
西「おおっ。インバウンド反対派の右翼かぁ?」
   鈴木、腹を抱えて笑う。深雪、一切笑わない。(深雪の道徳観を描写する。深雪と西、鈴木はいずれも戸籍を持たないデザイナー・ベイビー(試験管ベイビー)(設定資料参照)であるため道徳や倫理観が欠如しているが、深雪は違う)
籾木「(咳払い)」
   西、鈴木、笑いを引っ込める。
鈴木「わりぃわりぃ。でも俺は好きだぜ。お前のジョーク」
西「あんがとさん」
   籾木、手を挙げて皆を制する。一同、立ち止まる。五重塔に抱きつく巨大な泥田坊。籾木班、目を見開く。
西「聞いてねぇぞ! あんなデカさ!」
籾木「書き漏らしたな! クソっ!」
   鼻をほじる泥田坊。泥田坊、掘り当てた鼻くそを食べる。
鈴木「食べやがったぞ! あいつ!」
深雪「でもただのノロマでしょ?」
   深雪、前に出る。唖然とする三人。深雪、共鳴器官を抜く。
深雪「斬っちゃえばいいんだよ」
   深雪の不敵な顔。
   間。
   荒く息をつく深雪、籾木。深雪、背後で五体の泥田坊と戦う西と鈴木に目をやる。
鈴木「くそ! 数が多すぎる!」
西「鈴木! てめぇ、大振りすぎんだよ! 私にあたる!」
   悪戦苦闘する二人。(籾木と深雪に戻る)
五重塔の泥田坊、血が出る自分の腕を凝視する。泥田坊、深雪たちを見る。
泥田坊「痛いじゃないか。小僧」
   泥田坊を睨む深雪、籾木。
M(深雪)「やはり知的妖怪」
M(籾木)「一筋縄ではいかない」
   (フラッシュ)
   深雪が共鳴器官を抜く場面。深雪の不敵な顔。五重塔の知的な泥田坊、にやりと笑う。目を見開く籾木班。その瞬間、建物の影から二メートル半ほどの五体の泥田坊がのそのそと出てくる。さらに驚く籾木班。
鈴木「おいおい。デカさ書き漏らしただけじゃねえ! 数まで報告とちげぇじゃねぇかぁ!」
   後退りする籾木班。籾木班、互いの背中を合わせる。共鳴器官を抜く籾木班。ジリジリと距離を詰める泥田坊たち。
深雪「籾木! 指示を!」
   焦る籾木。距離を詰める泥田坊。
籾木「西と鈴木はこの雑魚たちを! 俺と柊は塔にいる泥田坊をやる! おそらくアイツは、知的妖怪だ!」
   五重塔の泥田坊を睨む籾木班。五重塔の泥田坊、無表情で深雪たちを見下ろす。
   (フラッシュ終わり)
   (エンディング)

◯  極秘の会議
   円卓に並ぶ政府要人たち。内閣総理大臣、石田(六十七歳・男性)の顔、影で隠れる。
石田「柊深雪の力はまだ引き出せないのか?」
要人A「はい。翡翠の能力は確実に引き継いでいますが、まだ発現はしていません」
要人B「面倒だ。もっと危険な任務に当たらせればいい。そのぉ……ストレス発現説とか言う……」
石田「事務次官代理。意見は?」
   一斉に穂積に視線が注がれる。穂積恵一(六十五歳・男性)、知恵の輪を解く手を止める。
穂積「殺してしまっては勿体無い。今は我が子の成長を楽しむおいぼれのような気持ちで……」
要人C「そんな御託は聞きたくない!」
要人B「やはりストレスを与えて翡翠の能力を強制的に引き出させるべきだ!」
要人D「穂積君は緊張感が足りない!」
石田「静粛に!」
   静まる一同。
石田「ここは現場職の重鎮に話を聞くとしよう」
   大根田気禅(八十歳・男性)のいかめしい顔。場内に緊張が走る。
大根田「彼女はまだ若い。それこそ若草のように……。いずれつぼみは開き、満開の花を咲かせることでしょう。待ちましょう。余計なストレスは与えず、温室で育て、才能を磨かせるべきです」
   感嘆のため息がひびく。石田、深雪の情報がプリントされたファイルを円卓の中央に投げる。散らばるファイル。
石田「大根田特類捜査官の意見に賛成の者は?」
   全体の半分が手を上げる。(要人A、穂積、要人E)
石田「では反対の者は?」
   全体の半分が手を挙げる。(要人B、C、D)
石田「うん。じゃあ最終判断は議長である私に委ねられたと言うわけだ」
   石田、人差し指と中指を立てた手を挙げる。
石田「私は大根田氏の意見に賛成。よってこの議題は柊深雪の保護観察を今後も継続するものであるとして、結論する。以上。異論は?」
   無言の一同。
石田「よろしい。では次の議題」
   
 
   (第四話・終)

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