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葬儀師・第五話「京都遠征編(その二)」

葬儀師・第五話『京都遠征編(その二)』・脚本

岡本蓮




◯  東寺

   塀から籾木班の健闘を見守る塩野目左京(二十九歳・男性)、由香(二十七歳・女性)。左京と由香、和装に身を包み、派手な共鳴器官を帯びる。左京、塀に座り、共鳴器官を立てて持っている。

左京「お目当ての子、誰?」

由香「風俗の指名じゃないんですから……」

   微笑む左京。

由香「あの女の子」

   深雪の勇姿。

左京「へぇ。背の高い青年の方じゃないのか」

   籾木の勇姿。

由香「私は顔では選びません」

   苦笑いの左京。

由香「彼女は能力者の遺伝子を受け継いでいるらしいですし」

   左京、眉根を上げる。

左京「ほうほう面白い。(間)でも、能力を使う素振りはないようだけど」

由香「(ため息)そこが問題なんです。まだ彼女は自分の素養に気がついていない」

左京「ふーん」

   左京、深雪を凝視する。左京の鋭い眼差し。

   (オープニング)

   (前回の振り返り)


◯  東寺

   疲れ果てる籾木、深雪。深雪、後ろの西と鈴木に目をやる。西と鈴木、一体の泥田坊を葬送する。

籾木「あっちは問題ない」

   深雪、籾木を見る。

籾木「俺たちは奴を送ることだけを考えればいい」

   二人、知的な泥田坊を見上げる。泥田坊、頬を掻く。籾木、荒い息。深雪、籾木を見て不安な顔になる。

深雪「あんた、共鳴疲労が……」

   籾木、玉の汗を腕でぬぐう。

深雪「それに死穢も……」

   籾木の肌にアザ。(※異邦人の血を浴びると死穢に犯され、接触部位が壊死することがある。深雪たちは遺伝子を改良されたデザイナー・ベイビーであるため死穢に耐性があるが、人間の籾木にはない)

籾木「問題ない」

深雪「あんた血を浴びすぎだよ!」

籾木「うるさい!」

   籾木、咳をする。咳が激しさを増し、籾木、大量に吐血する。深雪、籾木を介抱する。

籾木「くそ……俺が殺す。手ぶらでは帰らない」

   籾木、立ちあがろうとする。深雪、籾木を制する。籾木、前のめりに倒れ込む。籾木、また立ちあがろうとする。

深雪「あんた異常だよ!」

籾木「いまさら気づいたか」

   籾木、泥田坊に歩み寄る。泥田坊、無表情で籾木を凝視する。深雪、籾木の前に立ちはだかる。深雪を睨む籾木。

籾木「邪魔するのか」

深雪「ああ」

籾木「じゃあ斬っていいな。お前ら無戸籍は殺しても問題にはならないからな(吐血)」

深雪「班長にはできない」

   籾木、怒りを露わにする。籾木、太刀型の共鳴器官を深雪に向ける。

籾木「どけ! どかなければ斬るぞ!」

   籾木の共鳴器官のきっさき、深雪の眼前に迫る。

   (フラッシュ)

   深雪の回想。深雪、籾木班に入る時。

深雪「よろしくお願いしまーす」

鈴木「お前礼儀がなってねぇなぁ」

   鈴木、深雪にメンチを切る。籾木、鈴木を押し退けて、深雪に握手を求める。

籾木「よろしく。班長の籾木だ。このバカは鈴木」

深雪「よろしく、お願いします……」

   深雪、籾木と握手を交わす。

   別の回想。

   籾木、コンビニのアイスクリームを深雪に手渡す。

籾木「食ったことないだろ。無戸籍は」

深雪「あるわ! ボケ!」

   深雪、アイスを籾木から奪うように受け取る。

   別の回想。

   籾木、エロ雑誌を深雪に見せる。

籾木「柊!」

深雪「なにぃ?」

籾木「甘利エリカが裸になったんだ!」

   際どい姿の甘利エリカ(二十四歳・女性)。苦笑いの深雪。

深雪「そんな写真みせないでぇ」

   別の回想。

   犬と戯れる籾木班。籾木、犬に追いかけられて逃げ回る。

籾木「ああああああああ!」

   深雪、満面の笑み。

深雪「(笑い声)」

   (フラッシュ終わり)

   深雪、皮肉に笑う。

深雪「ははっ。まともな思い出がねぇや」

   深雪、ふと前に出て、籾木の共鳴器官のきっさきを頬にあてがう。深雪の頬から血が流れる。籾木、唖然とする。

深雪「籾木にはできないよ。あんた、いい奴だから」

   籾木、はっとする。深雪、その瞬間に籾木のみぞおちにアッパーを食らわせる。驚く知的な泥田坊。遠くからそれを見る左京と由香も、驚く。

左京「あはぁ。すごいや」

由香「懸命な判断です」

   深雪、籾木を石畳に寝かせる。深雪、知的な泥田坊を睨む。知的な泥田坊、拍手をする。

泥田坊「素晴らしい友情だ。……いや、愛情か……」

   深雪、舌打ち。深雪、共鳴器官を泥田坊に向ける。

深雪「降りてこいよ! ザコ! 斬りずれぇんだよ。このトンマ!」

   知的な泥田坊、無表情を貫くが、ややあって五重塔を降り始める。石畳に降り立つ泥田坊。籾木の前に立つ深雪。しばし膠着状態。深雪、意を決して泥田坊に斬りかかろうと身構える。

泥田坊「なんと言ったか……」

   深雪、動きを止める。

泥田坊「そうそう、佐伯春樹」

   深雪、目を見開く。

M(深雪)「なぜこいつが佐伯のことを」

泥田坊「彼も不運だよなぁ。真実を明らかにしようとしてまさか味方に裏切られるだなんて」

   深雪の顔に汗がしたたる。

M(深雪)「なんだ。何を言っている」

   泥田坊、深雪の困惑した顔を見て驚く。

泥田坊「知らないのか⁉︎  驚いた! ……人間という生き物は冷酷なものなのだな」

M(深雪)「試しているのか? それとも動揺させようとしているのか? 分からない! なんだ、いったい……」

   泥田坊、深雪の出方を見きわめる。深雪、動揺する。深雪、籾木を振り返る。虫の息の籾木。深雪、泥田坊に向き直る。

M(深雪)「よく分からないけど、あの妖怪が佐伯事件について何か知っていることだけは確か! ……それにおあつらえ向きに口うるさい上司は再起不能……。よしっ! 今が正念場!」

   深雪、共鳴器官を鞘に収める。泥田坊、目を見開く。

泥田坊「(感動)おお……」

   深雪、泥田坊を睨む。

深雪「教えて!」

   感動する泥田坊の顔。

深雪「佐伯春樹はなぜ殺されたの!」

   泥田坊、感動して笑う。深雪、背後で籾木が起き上がる音が聞こえ、振り返る。籾木、地面を這って深雪に向かう。

籾木「柊ぃ……。お前は規則違反を犯した……。意思の疎通が可能な異邦人との会話は規則違反のはずだぁ……。しかるべき手順を踏んで、俺はお前を葬儀師庁内務監督局に通報する……。首を洗って待っていろ……」

   籾木、気絶する。

M(深雪)「妖怪より怖いよ。あんた」

深雪、泥田坊に向き直る。深雪、両腕を広げる。

深雪「さあ! 教えて! 妖怪さん」

   感動する泥田坊、はっと我に返る。

泥田坊「おお……どこから話すべきか……」

   闇を駆ける柳純一(三十三歳・男性)。柳は葬儀師の制服姿。

泥田坊「佐伯は、佐伯春樹は……ある重要な文書を持ち出した。国民に知れ渡れば、現在の対異邦人政策が大きな転換を強いられるほどの、機密文書を……」

   唾を飲む深雪。東寺の参道を駆ける柳。

泥田坊「彼は、佐伯春樹は……政府の不正と幻想界での不祥事をマスメディアを通じて告発しようとして」

   息を飲む深雪。柳、西と鈴木が交戦する四体の泥田坊を走りながらすべて葬送する。西と鈴木、目を見開く。

M(西)「なんだ⁉︎」

M(鈴木)「速すぎて見えねぇ!」

   泥田坊の顔のアップ。

泥田坊「あろうことか! 政府の手によって……ころ……」

   柳、飛び上がり、泥田坊の脳天に共鳴器官を突き刺す。泥田坊の頭から血が噴水のように噴き出す。深雪、腕で顔を覆う。泥田坊が倒れる音。深雪、腕をどける。泥田坊、石畳の上で絶命。血まみれの柳、泥田坊の頭から共鳴器官を抜く。鬼気迫る表情の柳、深雪を睨み、深雪に歩み寄る。

深雪「あっいやっ……」

   深雪、後退り。柳、深雪に歩み寄る。深雪、柳の胸の菊の刺繍を見て目を見開く。

M(深雪)「菊の紋章。……特類葬儀師⁉︎」

柳、共鳴器官の血を振るい落とす。深雪、石畳につまずいて尻餅をつく。柳に見下ろされる深雪。深雪、恐怖する。

M(深雪)「やばい。殺される」

   深雪を見下ろす柳。深雪の顔。柳の顔。深雪の顔。柳の顔。深雪の顔。柳、共鳴器官を振り上げる。深雪、目をつぶる。

   柳、共鳴器官を鞘に収める。深雪、身構えるのを止めて柳を見る。柳、深雪に手を差し伸べる。

柳「怪我はないか?」

深雪「……はい……私は……」

   深雪、籾木に目をやる。

柳「彼は大丈夫。気絶しているだけだ」

深雪「えっ、あっ、はい……」

西「深雪ぃー!」

   深雪、西の声に振り返る。西、深雪に抱きつく。

西「もう大変だったんだよ。鈴木のやつが使えなくて」

鈴木「ああ⁉︎」

西「はやくお風呂入りたい。もう! 最悪!」

   呆然とする深雪。

深雪「妖怪は誰がやったの?」

西「わかんない。風が吹いたら、もう死んでた」

   柳、咳払いして、籾木に向かう。二名の葬儀師が柳に駆け寄って、

葬儀師A「ご苦労様です。柳特類捜査官」

   西、鈴木、深雪、柳を見る。柳、二名の葬儀師に指示を出す。二名の葬儀師、頷き、走り出す。

西「じゃああの人が送ったんだ。妖怪……」

   西、柳に見惚れる。

深雪「れーん。顔がとろけてる」

西「うっ、うるせぇ! 私はただ!」

鈴木「西ぃ。ハリセンボンみてぇな頭のバンドマンとはどうなったんだよ」

西「別れたよ!」

鈴木「はかないねぇ」

西「うるせぇ! お前には関係ない!」

   間。

   塀の左京と由香。

左京「あれが特類葬儀師か。格が違うねぇ」

由香「知的妖怪が話していた内容、聞こえました?」

左京「元エリート官僚の不審死のことだろう? 無論知っているよ」

由香「奇妙ですね。東京組の話でも、会話を試みた能力者が突然出張ってきた特類葬儀師の二ノ宮周五郎によって殺害されたと聞いていますし」

左京「僕たちには関係のないことだよ」

   左京、塀を降りて東寺を後にする。由香、柳を凝視する。


◯  籾木の夢(回想)

   籾木が十歳の時の回想。校庭の隅にぼうっとつっ立つ籾木。校庭では同級生らがドッヂボールをしている。ドッヂボールのボール、籾木の足元に転がる。ボールを見る籾木。籾木の同級生の篠原愛理(九歳)が、

篠原「遥希くーん!」

   籾木、顔を篠原に向ける。笑顔の篠原。

篠原「ボール取ってぇ!」

   籾木、篠原たちを凝視し、次にボールを凝視する。籾木、何を思ったか明後日の方向にボールを蹴る。

同級生A「何してんだよ! 籾木!」

籾木「(小声)うっせぇ」

   籾木、下を向き、不貞腐れる。篠原、心配そうに籾木を見て、ややあって籾木に駆け寄る。

篠原「遥希くん」

   籾木、顔を上げる。

篠原「一緒にやろ? ドッヂボール」

   籾木、はっとする。笑顔の篠原。籾木、ふたたび暗い顔。

籾木「僕は足手まといだから、いいよ」

   篠原、心配そうに籾木を見る。下を向く籾木。篠原、籾木の手を取る。籾木、はっとして顔を上げる。笑顔の篠原。

篠原「足手まといでいいから。ほら」

   篠原、籾木の手を引いて皆の元へ向かう。籾木、篠原の後ろ姿を見る。

M(籾木)「僕は足手まといなんだ」

   (フラッシュ)

   籾木の父親(四十八歳・男性)、籾木を面罵。

籾木の父親「この足手まとい!」

   (フラッシュ終わり)

M(籾木)「僕はこの世にいちゃダメな存在なんだ」

   (フラッシュ)

   籾木の母親と父親、口論の場面。

籾木の父親「お前があの子を躾けないから!」

籾木の母親「あなたこそ家庭を顧みずに仕事ばかりして!」

   籾木、眠い目を擦りながらリビングのドアに向かう。夫婦喧嘩がドア越しに聞こえる。

籾木の父親「(ため息)あんな出来損ない、俺の子じゃない」

   籾木、目を見開く。

M(籾木)「そんな……お父さん……」

籾木の母親「私こそ」

   籾木、希望の表情。

籾木の母親「あんな子、産まなければよかった」

   籾木、絶望の表情。

籾木「お父さん……お母さん……なんで? ……」

風鈴が強風に煽られ粉々に破砕する。

   (フラッシュ終わり)

M(籾木)「なのになぜ」

   篠原の笑顔。

M(籾木)「なぜ君は僕に希望を見せてくれるんだ……」

   籾木の手を引く篠原と、篠原に手を引かれる籾木の姿。籾木、空いた方の手を篠原に向かって伸ばす。

   明転。


◯  病院

   翌日、籾木班の一同は入院する籾木のお見舞いに行く。籾木、徐々に目を開く。ベッドに横になる籾木。スズメの囀り。深雪と鈴木、掴み合いの喧嘩をしている。

深雪「(適当なアドリブ)」

鈴木「(同じく適当なアドリブ)」

   西、呆れつつも二人の喧嘩を仲裁する。

西「お前らいい加減にしろ! ここは病院なんだよ!」

鈴木「うるせぇ! こいつが先に手ぇ出したんだ! 俺は悪くない!」

深雪「手を出したのは鈴木! あんたの方でしょ! 人のお見舞いの品、勝手に食べやがって!」

西「はぁ。これだからお子様は……」

   西、深雪が持ってきたフルーツバスケットのブドウを一粒、口に放り込む。喧嘩に夢中の二人、気づかない。

   籾木、上体を起こす。後頭部を触る籾木。西、籾木に気づいて不敵に笑う。

西「おっ。大将が蘇った」

   喧嘩を止める深雪と鈴木。二人、籾木を見る。

籾木「お前ら、なに騒いでるんだ」

深雪「こいつがうちが持ってきたお見舞いを勝手に食べやがったの!」

鈴木「あれは知らなかったから!」

深雪「普通は気づくでしょ!」

   また小競り合いを演じる深雪と鈴木。

籾木「お見舞いって、どんな?」

   喧嘩を止める深雪と鈴木。深雪、フルーツバスケットを背中に隠す。西、深雪の肩を叩く。深雪、泣く泣くフルーツバスケットの中を籾木に見せる。バスケットを覗き込む籾木。バスケットの中は、食い荒らされた果物が散乱する。籾木、唖然とする。

深雪「ほんとごめん。お腹減っちゃって、皆んなで食べちゃった……あははぁ……」

   しばし沈黙。籾木、突然笑い出す。

籾木「(快活な笑い声)」

   三人、籾木を奇妙な面持ちで見る。籾木、笑いがややおさまる。

籾木「バカだなぁ。お前ら」

   深雪、鈴木、西、顔を見合い、そして笑い合う。籾木も笑いに参加する。籾木の病室の前を通りかかった看護師、微笑んで立ち去る。


◯  修学旅行

   団体で各地を回る日。広場にたむろする高校生たち。益子、香帆里と話し込む深雪を見つける。

益子「おーい! 深雪!」

   香帆里、益子に笑顔を向ける。深雪、チラと益子を見て、目を逸らす。益子、悲しい顔。益子、深雪たちに歩み寄る。深雪、香帆里の腕を引いて立ち去る。

深雪「行こっ」

香帆里「えっ? 益子くんは」

深雪「あんなやついい」

   深雪と香帆里、益子を置いて立ち去る。益子、立ち止まり、放心する。

益子「深雪……」


◯  京都市内・観光地

   京都市内の観光地を回る高校生一同。すれ違う益子と深雪。

   間。

   建仁寺。天井画に息を呑む香帆里、深雪。

深雪「(無感情)おー」

香帆里「益子くんと何があったの?」

   深雪、香帆里に目をやる。

深雪「えっ? ……んー……初めてを奪われそうになった」

香帆里「えっ……」

   頬を上気させる香帆里。深雪、満足げに微笑む。

深雪「うっそぉー」

   香帆里、はにかむ。

香帆里「益子くんがそんなことするはず無いもんね」

深雪「いいやぁ。結構あいつ強引だよ」

香帆里「……ふーん」

   香帆里、天井画を見上げる。

   間。

   同、敷地内にて、一人ベンチに項垂れる益子。香帆里、益子の隣に腰を下ろす。香帆里、姿勢を正して座る。

香帆里「深雪は待ってるよ」

   益子、香帆里に目をやる。

香帆里「あの子、不器用なだけで、本当は益子君のことを、待ってるんだよ」

   項垂れる益子。しばしの静寂。

益子「バカなことしちゃった。彼女に同意も取らずに、強引に話を進めて……」

香帆里「反省してるのなら、ちゃんと深雪と向き合わなきゃだよ」

   益子、何度もうなずく。

益子「うん……うん……」

   深雪、益子と香帆里の姿を視認するも、体を引っ込めて二人を観察する。深雪には二人の会話が薄く聞こえる。

香帆里「きっとお互いにすれ違ってる。好き同士だから、……ううん、だからこそ」

益子「いつから気づいてたの? 僕が深雪のことを好きだって」

   深雪、目を見開く。

香帆里「そんなの最初から。もうバレバレ。だって深雪と話す時、益子君、顔がとろけてるんだよ。もう、見てるこっちが恥ずかしいくらいに」

   益子、自嘲的に笑う。

益子「(自嘲的な笑い声)。深雪、自分が無戸籍なのを気にしてるんだ」

香帆里「それが益子くんの誘いを断った理由?」

益子「わからないけど、たぶんそう」

   香帆里、大きなため息。

香帆里「もう……大人って、ほんと罪深い……」

   益子、暗い顔。香帆里の憂いに満ちた横顔。深雪、暗い顔でうつむく。


◯  深雪の回想

   病室のような無機質な大部屋で遊ぶ深雪(五歳)たち、デザイナー・ベイビー。深雪、積み木で遊ぶ。白衣を着た研究者が三名入室し、子供たちを値踏みする。研究者A、深雪の前にしゃがむ。深雪、笑顔で研究者Aを見る。無表情の(感情を意図して殺している)研究者A。

研究者A「ロの二◯◯二四番(ろのにいまるまるにいよばん)。投薬の時間だ」

   (ロはデザイナー・ベイビーの世代のこと。この場合、イが第一世代、ロが第二世代に当たる。後ろの数字は生まれた順番)

   深雪、研究者Aを無表情で見上げる。


◯  同

   ストレッチャーに乗せられて部屋を出る深雪、その前後左右には三名の研究者。

   間。

   深雪、実験室に運ばれる。白衣を着た柊美緒(三十九歳・女性)、深雪を一瞥する。深雪、笑顔を作るが、美緒がまたカルテに視線を落としたため、笑顔を引っ込める。

美緒「そこに置いて」

   美緒、カルテで指し示す。研究者たち、ストレッチャーを指定の場所に置く。研究者たち、退室する。

   美緒、椅子から立ち上がり、深雪のもとに向かう。美緒を見上げる深雪。

美緒「気分は?」

   頷く深雪。

美緒「ベロを出して」

   美緒、舌圧子を深雪の口内に入れ(その手つきは淡々として機械じみている)、さらにライトで口内を照らす。深雪、不快な表情。美緒、舌圧子を抜く。深雪、口をもごもご。

美緒「横になって」

   深雪、恐る恐る仰向けになる。美緒、ごちゃごちゃやって、注射器を取り出す。瓶から薬剤を吸って、注射器の中の空気を抜き、最後に注射器を細かく振る。美緒、深雪の肘の裏の皮膚を消毒する。消毒した皮膚にはすでに何度も注射をした跡が赤紫色のアザとなって残っている。深雪、美緒の注射器の針の先端を見る。

美緒「痛いよ」

   美緒、深雪に注射する。深雪、暴れるでもなく、大人しく注射される。薬剤がすべて深雪の体内に注射される。美緒、注射器をトレーに置く。美緒、腕時計を見る。秒針が騒々しく時を刻む。

   深雪、突然苦しみだす。暴れる深雪。

深雪「(痛みに悶える声)」

   美緒、深雪を押さえつける。深雪、美緒の髪や皮膚を引っ掻く。

深雪「(痛みに悶える声)」

美緒「入って!」

   実験室のドアが開き、二名の男性の研究者が入ってくる。拘束具で深雪を固定する三人。深雪、拘束具を引きちぎるような激しさで悶える。

美緒「やはりあの個体の能力は確実にこの子の中にある」

   美緒、無機質な笑みを浮かべる。暴れる深雪。

  (エンディングはなし)





備考

 最後の柱の「深雪の回想」は時間的な制約からごく端的に描写した。この柱を追加したために時間が超過する場合は第六話の冒頭にこれを挿入するか、まるまる第五話の終わりから削除する。

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