葬儀師・第三話「凡人の苦悩」
葬儀師・第三話『凡人の苦悩』・脚本 岡本蓮
◯ 横溝の回想
M(横溝)「どんなに努力を重ねても勝てない戦いがある」
剣道をする横溝(二十三歳、つまり二〇二四年のこと)、相手に面を打つ。
横溝「面!」
暗転。
M(横溝)「俺は一番にはなれない」
横溝、柔道をする。相手と組み合う横溝。
M(横溝)「俺より頭のいい奴はいたし、俺より強い奴は何人もいた」
横溝、相手を背負い投げ。
暗転。
M(横溝)「負けてばかりだった」
横溝、バーベルでアームカール。
暗転。
M(横溝)「でも不思議と惨めだとは思わなかった」
横溝、シャドウ。
暗転。
M(横溝)「自分が凡人という確かな信頼があったから」
道場を後にする横溝の同僚の警官ら。
警官A「誠司。施錠はちゃんとしろよ」
横溝「ああ」
横溝、夕陽の差し込む道場にたたずむ。
M(横溝)「人並みな人間は人並みな悩みしか抱けない。昔は人より抜きん出た才能が欲し
くて身の丈に合わない努力をした。全部失敗に終わった。身の丈に合わない努力はしないことだ。俺は学んだ」
横溝、竹刀を握る。横溝、竹刀を振るう。
M(横溝)「才能を欲していた時が一番つらかったし、たいした実績も上げられなかった。俺は凡人なんだ……」
竹刀を振るう横溝。汗が滴り落ちる。
M(横溝)「負けっぱなしだった。笑っちまうよな。でもそれが俺なんだ」
横溝、竹刀を振るう。
横溝「(うなる)」
暗転。
横溝、道場に大の字で寝そべる。
M(横溝)「勝利とか、才能とか、そんなしょうもないものに気を取られて忘れていたものがあった」
横溝のバックのスマホが鳴る。
間。
横溝、スマホを手に取る。
横溝「もしもし」
玲奈「もしもし。せいちゃん」
横溝「なに? どうした?」
玲奈「え?」
横溝、にやにや。
横溝「カマかけてるな。俺がデートを忘れたんじゃないかって」
玲奈「そんな野暮なことしないよ」
横溝「どうだか」
間。
横溝「おぼえてるよ。誰が記念日を忘れるか」
場面変わる。玲奈、駅の出入り口で横溝を待つ。
玲奈「せいちゃんのことだからギリギリまで道場に居るんじゃないかと思って」
横溝「まさか。家で今日のコーデを選んでるよ」
玲奈「嘘ばっか」
横溝、苦笑し、バックを肩にかけて立ち上がる。
横溝「向かうよ。待ってて」
玲奈「もう二十分も待ってる」
横溝「ごめん。すぐ行く」
玲奈「スピード違反だけはやめてね」
横溝「警察官がネズミ捕りに捕まるかよ」
玲奈「ほんとやめて」
横溝「うそうそ冗談」
玲奈「気をつけてね」
横溝「おう。玲奈も」
玲奈「うん。ありがと」
横溝「じゃあ切るよ」
玲奈「うん。ばいばい」
横溝「うん」
玲奈「まって!」
横溝、はっとする。
玲奈「(間)大好き」
横溝、微笑む。
横溝「うん。おれも大好きだよ」
横溝の横顔。
◯ 同(横溝の回想)・東京某所
季節は冬。天気は曇り。横溝を待つ玲奈(二十三歳)。
横溝「玲奈!」
玲奈、顔を上げる。横溝、玲奈に手を挙げて駆け寄る。玲奈、笑顔になる。横溝、玲奈の前で膝に手をついて息を整える。
玲奈「もう……すごい待ったんだから」
横溝「ごめん。道場にいたんだ」
玲奈「やっぱり道場にいたぁ」
横溝「ほんとごめん」
玲奈、呆れた表情。横溝、姿勢を正し、玲奈に手を差し伸べる。玲奈、困惑した表情で横溝を上目遣いに見上げるが、ややあって笑顔になり、横溝の手を取る。横溝、強引に玲奈の手を引いて歩き出す。玲奈、困惑の顔だが、すぐに満ち足りた顔になる。
◯ 同(横溝の回想)
横溝と玲奈のデートを三十秒ほどのダイジェストで。
間。
横溝、玲奈、個人経営のカフェで談笑する。玲奈、ストローでアイスコーヒーを飲む。横溝はメロンソーダ。カフェのテレビ、ウクライナ戦争を報じる。それを凝視する横溝。玲奈、横溝の横顔を見る。
玲奈「まーた戦争だね」
横溝「んっ? ああ……そんなもんだ」
玲奈「ふーん」
玲奈、不服。横溝、玲奈を見る。
横溝「どうした? 不服そうにして」
玲奈「なーんでも」
玲奈、アイスコーヒーを飲む。
横溝「なんだ? 警官がニヒルな考え方してるからか?」
玲奈「まあ、そんな感じ」
横溝、ふっと微笑む。玲奈、横溝をチラと見る。
横溝「人の死体を見れば嫌でもそうなるさ」
間。
カフェを出る横溝、玲奈。
横溝「ご馳走様でした」
玲奈「美味しかったです」
店主の女「はーい。またお越しください」
横溝、灰色の空を見上げて深呼吸する。玲奈も空を見上げる。
玲奈「降りそうだね。雪」
横溝「降るさ。きっと」
玲奈、横溝を興味深げに見る。横溝、空に没頭する。
◯ 同(横溝の回想)・堤防
堤防の斜面に寝そべる横溝、横溝に腕枕される玲奈。ふたり、ともに空を見る。横溝、鉛の雲を指差して講釈を垂れる。
横溝「あれがケツのイボであれが犬の巻きグソ」
玲奈、笑う。玲奈、雲を指差す。
玲奈「じゃああれは?」
横溝「あれはダックスフンドの巻きグソ。……で、あれがトイプードルの巻きグソ……」
玲奈、高笑い。横溝、玲奈を見て自分も笑う。
間。
笑いがおさまる。
玲奈「ほんと、せいちゃんって変な人」
横溝「変な人? 初めて言われた」
玲奈「変だよ。変。ほんと変」
横溝「変かぁ……」
玲奈、横溝に甘える。横溝、玲奈を抱き寄せる。しばし抱き合う二人。玲奈の頬に雪が降り、玲奈、ふっと目を開ける。玲奈、驚きに目を見開く。
玲奈「(感嘆)ああ……」
横溝、玲奈を見て、雪が降っていることに気づき、空を見る。
玲奈「雪だ……」
二人の表情と、降雪の描写。
◯ 同(横溝の回想)
二人の交際の紆余曲折をダイジェスト(二分から三分程度の長尺)で送る。様々な場所を巡り、互いの両親に挨拶をし、仕事に明け暮れ、結婚し、セックスし、玲奈が妊娠して娘を出産し、娘(つぼみ)が成長する。
間。
横溝(三十一歳)、玲奈(同じく三十一歳)、横溝はベッドに背をもたれて上半身を起こし、玲奈は横溝を座椅子代わりにして彼の上に座り、家族のアルバムを見返す。玲奈、娘のつぼみ(四歳)の笑顔に指をやる。
玲奈「可愛い……」
横溝「母親に似てよかった。俺なんかに似てたら……」
玲奈「バカ」
横溝「えっ……?」
玲奈「つぼみはお父さん似だった」
横溝「んなバカな。エクボなんてまんま玲奈に……」
玲奈「ううん。笑った顔といい歩き方といい、全部あなたにソックリ」
横溝「初耳だ」
玲奈「初めて言った」
横溝、改めてつぼみの写真を見つめる。つぼみの顔を拡大し、つぼみの静止画から実際につぼみが動く描写へ移行する。
間。
つぼみ、一歳、初めて立ち上がる場面。つぼみ、必死に立とうとして、それを横溝と玲奈が見守る。
横溝「おお! すごい! 立つぞ! おお!」
玲奈の笑み。
間。
つぼみ、横溝に両手を掴まれ、遠心力を使って振り回される。つぼみ、無邪気な笑顔。つぼみの笑い声。
間。
横溝、つぼみ(三歳)を肩車し、玲奈と共に歩く。つぼみ、横溝のつむじをいじる。
つぼみ「ああぁ!」
玲奈、つぼみを見る。横溝は目だけをつぼみにやる。
つぼみ「ハゲてるぅ!」
爆笑する玲奈。苦笑いの横溝。つぼみ、夫婦の突然の笑いに困惑するが、やがて自分も笑い出す。
間。
つぼみ(四歳)、幼稚園の制服を着る場面。カメラを構え、つぼみを撮影する横溝。礼服姿の玲奈。つぼみ、満面の笑み。
横溝「かわいいなぁ。つぼみは……。ずっとそのままでいてくれたらいいのに……」
間。
車がスリップする音。車が壁に激突する音。
玲奈「(取り乱す)つぼみぃ! つぼみぃ! 目を開けて! 息をしてぇ! お願い! つぼみぃ! つぼみぃ!」
救急車のサイレン。
間。
夫婦の寝室に戻る。静止画のつぼみの顔。横溝の手、震える。玲奈、それを見て横溝の手を自分の両手で包み込む。横溝、玲奈を強く強く抱きしめる。玲奈、涙を流す。横溝、涙を堪える、悲痛な顔。
(フラッシュ)
つぼみとの生活を振り返る。(音楽はオルゴール調のやつ)(つぼみが事故死したことを暗示する何かを挿入する)
M(横溝)「私の私の可愛い子。灰色の世界で、あなたはただ一人輝いていた。すべての子供は、あることづてを携えて生まれてくる。神はまだこの世に絶望していないということづてを……。あなたは天使だ。幸福を運ぶ天の使いだ。あなたがいなければ、私たちは未来に希望を繋ぐことはできなかっただろう。……どうか安らかに。常春の安息の地にて、あなたに幸がありますように……。わたしは……あなたを愛しています……」
(※すべての子供はあることづてを〜のくだりは、タゴールの引用)
(フラッシュ終わり)
明転。
◯ 現在(二〇五六年)・北沢警察署・休憩室
横溝(五十六歳)、パイプ椅子に深くもたれて居眠りする。横溝、とつぜん筒状に丸められた新聞で頭を叩かれて、起きる。横溝の視界につぼみの無邪気な笑顔が映る。
横溝「つぼみ……おはよう……」
天井の明かりが徐々に弱くなり、深雪の姿が現れる。深雪、怪訝な顔。
深雪「つぼみ? 誰? 奥さんの名前?」
横溝、自嘲ぎみに笑う。
横溝「へっ、バカバカしい」
深雪「バカァ⁉︎ バカは公務中に居眠りする奴のことを言うんじゃないの?」
横溝、悲しく笑う。
横溝「そうだな……。俺はバカだ……」
深雪「横溝ぉ」
横溝「なんだ?」
深雪、自分の頭を指さす。
深雪「ここ、ハゲてるよ」
横溝、はっとする。
(フラッシュ)
つぼみ「ああ! ハゲてるぅ!」
(フラッシュ終わり)
横溝、深雪を見つめる。深雪、首を傾げる。深雪とつぼみの顔が重なる。
横溝「へっ、ははっ……へっはっはぁへっへっ」
深雪、心配な顔。横溝、笑いから泣きへ徐々に移行する。顔を覆う横溝。深雪、どうすることもできず、呆然と立ちすくむ。
横溝「(慟哭)」
深雪「横溝……」
横溝の慟哭。
(エンディング)
備考
視聴者に感動を喚起するため、つぼみとの生活描写をもっと詳細にするべきである。また、
映像の放映時間が所定に満たない場合、追加で新たなシーンを挿入する必要がある。最後に、全体として横溝誠司を中心とした物語になっていれば、いかなる変更を加えてもよい。ただし、著作者保護に関する法律やその他契約の範囲に於いてである。