世界の底

芥川が嫌いだ。

純文が嫌いだ。

本を読むのは好きだ。

幼い頃から寝る前に母が読んでくれるえほんが好きだった。そのうち自分でも読めるようになりたくて、2歳やそこらでひらがなが読めたらしい。長女だったから期待も多くて、親からの過剰な教育のほとんどを恨んでいるけれど、本好きにしてくれたことは感謝しかない。

でも、純文は苦手だし嫌いだ。

小難しいことを自分で書く割には小難しいことは読みたくない。ハタチをすぎてそろそろ1年半ほどになるが、まだまだ児童文学は大好きで、10個下の妹がたまに買ってきたり借りてくる児童文庫を妹より先に読んで喧嘩になることも多い。……正直、積ん読にしている妹が悪いと思う。

そんな私が、推しが出るから、と芥川原作の舞台を見に行った。行った、というか行っている。まだあと1回観劇が残っている。全部見終わってから、とも考えたけど、今この瞬間、思うことを記しておきたいと思った。

芥川、といえば、蜘蛛の糸である。
異論は認める。
私の中で、という話である。

母に連れられて小学生の頃に頻繁に行っていた、とある新興宗教の読み物で、蜘蛛の糸があった。今も実家を探せばあるのではないかと思う。
その宗教が嫌いだったのは大いにあると思うが、蜘蛛の糸という作品自体もなんだか掴みどころがなくて、救いもなくて、小学生が読むにはちょっと小難しくて、何回読んでも好きになれなかった。

嫌いだし、苦手だけど、読んでいかないと理解が難しいだろうなと思って、大学の帰りに本屋に寄って、芥川を買った。レジに行ったら本屋の店員さんに「課題ですか?」って言われて、ああ、そうだよな、普通JDが芥川なんて買わないよな。そう思って思わず「今度、地獄変の舞台があるんです。」と告げた。店員さんはちょっぴり驚いたあと「そうなんですね。」と応えてくれた。

そう、地獄変である。

私は毎夜毎夜地獄に行くのである。もうこれはただの百鬼夜行だ。毎日劇場の近くのスカイツリーは変に光っている。今日は雲がかかっていて、さながら摩天楼であった。……ビルじゃないけど。

今日で3度目だった。初めての視点から見たら、金縛りにでも遭ったみたいに、膝の上で組んでいた手が全然解けなくて、拍手をするのが遅れた。拍手をしようとしても全然力が入らなくて、自分でもビックリするくらい弱々しい拍手だった。終演後に立ち上がろうとしても脚にも力が入らず、なかなか立てなかった。手すりや壁を伝ってなんとか劇場の外に出た。こんな経験初めてだった。

そもそも、多分きっと人よりいくらか感受性が豊かであり、死というものに人よりもたくさん興味があって、隙さえあれば1回死んでみたいと思う私である。いくら芝居とて、あんな風に人が死ぬところをそう何度も見せられたら、そりゃあ魅入るし、意識も飛ぶ。

元来、私は観劇というものは向いていないんじゃないかと思う。すぐ影響されるし、すぐ物語の世界に持っていかれそうになる。

でも思う、ああ、見てよかった。来てよかった。見てる時は息をするのも忘れて文字通り苦しくなるし、見終わったあとも、全然理解は出来ないので苦しい。けど、この時間がこの世で1番愛おしくて、美しくて、幸せな時間だと感じる。

たくさん芝居を見てきて、自分でも書いたり作ったり、時に演じたりもしてきて、私はきっと、例えば就職したとしても、演劇を、芝居を諦めることはしないんだろうなと思う。これで食っていくのはやっぱり厳しいと思う。私が見ているこの世界、私は納得してるし、私らしい世界だと思うし、私にとっては素晴らしい世界だけど、それがポピュラーかというとNOだし、他の人に理解して貰えるようなものでもないし、物好きには好んでもらえる自信はあれど、万人に好んでもらうことはほぼ確実に難しいし、そもそも万人受けしているものなんてこの世に存在していないし。とにかく金になる気はしないけど、金にならなくても表現することは辞めたくないし、諦めたくない。金になるとかならないとか、そういうこと以前にただただ私は表現することが好きだし、それが私の生きる意味だと思うから。

父に言われたことがある。
0を1に出来るのはそういう才能だ、と。
神は信じていないので、両親がこの世に私を誕生させてくれて、正直恨んでいるけれど、色々な英才教育を施してくれたことは、きっと今の私を形作っているのだと思う。
だから思う、私が持つこの才能は、父が見つけてくれたものであり、母が育ててくれたものである。

最後の1回、どんな風に地獄が、奈落が、見えるんだろうな。

推しが出てるのに、推しがあんまり目に入らない。不思議だな。というか、あんまり役者を役者として見ていない。そこに生きている存在として全てを見ていて、たまに面白いことをしているのを見て、ああ、そういえばこういう事するの好きな人だったな、と思い出す。そんな程度である。

多分私は、推しが好きな以前に演劇が好きで、今回は推しを見に行くと言うより、演劇を見に行っているんだと思う。

あー、やっぱり演劇って好きだな。

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