モヤモヤ
女性であるが故の、男性であるが故の、
私たちは性別というカテゴライズに縛られた環境に置かれている。
それはこの地球という世界に生まれた瞬間に始まっていて、
自分の望んで選んだわけではない。
(前世療法の本を読む身としてはこれはあくまで一般論で
生前の魂は生まれる肉体を選んでいるという思想です)
望まずとも、他者から色眼鏡をかけて見られているのを感じる。
魂そのものの前に、まず来るのは性別、容姿、肉体的特徴や肉体に備わる頭脳の使いこなし方。
この世で生きていくのに個性という名のある種のハンデがある枠組みの中で起こる事が作用しあっているにすぎなく、
それを表面で見て感じて私たちは人々を判断している。
先日、異性の知り合いと食事に行った。
私としては、性別は関係なく話したり、美味しいものを食べ、街を散策する楽しみを共有したいという思いだったのだけれど・・・
彼は私を無用な程に褒めちぎる。
その言葉の裏には下心が潜んでいるのにすぐに気づいてしまう。
落胆する。
決して私の中身というものではなく、表面の、皮膚で覆われた容姿や、衣服、年齢、総合的な判断のもとに言葉を投げかけて来るのがひしと伝わる。
それは嬉しい、という感情では決してなく、
心を無にしないと平常ではいられないくらいモヤモヤしたものだ。
生物学的にも、健全な男性が女性に対してはそのような反応を示すのは仕方がない事とわかっているものの・・・
いくら褒められたところで自己肯定感は上がるどころか、
下がる一方という事。
自分の人間的魅力が足りないからだ。
その自覚を、他者の行動を通してまざまざと突きつけられているのを目の当たりにしてしまう。
我々は、今の自分という形にとらわれない、無形の存在としての意義について普段は意識をしていない
意識するとしたら、立場や何をしたいか、何をしなければならないかという人間が人間たる目的意識を持つ地球上の予定調和で、
そんな事、ここで意識している暇もないくらい私たちの日常は自分以外のことが影響しあって目まぐるしく変化して行っている。
付いていくのにやっとで、つい自分と向き合うことを忘れてしまう。
この文章昔書いた下書きです
期間限定公開
続き書かんのかーい