一見、非合理的に見える形状は、合理性を追求した結果生まれるーームトカ建築事務所による「Arts and Creative Mind Gallery」
こんにちは。
アーキテクチャーフォトの後藤です。
先日、東京・恵比寿にオープンしたギャラリー「Arts and Creative Mind Gallery」を訪問してきたので、そのレポートと感想を書いてみたいと思います。
設計を手掛けたのは、ムトカ建築事務所です。
ムトカは、ルイヴィトン等の建築を数多く手掛ける青木淳さんの元で経験を積んだ村山徹さんと、山本理顕さんの元で経験を積んだ加藤亜矢子さんが共同主宰する設計事務所です。
お互いに、日本の建築の世界で巨匠と呼ばれる方々の元での経験をもつ建築家です。
ぼく自身、ムトカのお二人とは年齢も近く、建築を学んできた時代も重なるので、以前よりその作品やアプローチに共感をもっていました。
今回、前回レビューした「ファーガス・マカフリー 東京」に引き続き、実作を見ることができるということで、とても楽しみに伺いました。
場所は、恵比寿駅より徒歩3分くらいの場所(Google Map)。商業ビルの一階にこのギャラリーはあります(「開廊日時:水-日・祝 12:00~19:00」だそう)。
(道路の反対より見る)
ガラス張りのファサードの建物の一階に入居しています。
(近くから見る。都市に対し閉じている状態)
先の道路の反対側から見た写真とは建物の見え方が変わっていることに気づいたでしょうか?
写真右側に存在する、壁とも建具とも言い難いこのU字型の物体は実は回転します。この存在が、ギャラリーの空間に特徴を与えると共に、この場所で求められた要件をクレバーに解決する役割も担っているのです(後述します)。
(近くから見る。都市に対して開いている状態。)
(図面。上が平面図、下が断面図)
まず、図面をご紹介することで全体を把握してもらった方がわかりやすいと思います。写真上が平面図です。左側が道路に面するガラスファサード部分ですね。
規模的には、過去にこのnoteでも紹介したムトカ設計の「ファーガス・マカフリー 東京」と比較するとコンパクトな印象を受けます。
一室空間の中に絵画を展示するギャラリー部分があり、その奥に商談スペースがあります。
そして図面右側の不定形な部屋は、バックヤードとしての機能が収められています。
内部からの様子を紹介していきます。
(内側から見る。都市に対して閉じている状態。)
閉じている状態では、周囲に設けられたスリットからの光が回り込んできて、印象的です。
(内側から見る。都市に対して開いている状態。)
開いている状態では、都市とのつながりが感じられ、外からの光も沢山取り入れることができます。
(ギャラリー奥に作られた商談スペース。)
ギャラリー空間の奥に存在しているこの商談スペースは、天井高も、ギャラリー部分と比較して抑えられており、より親密な印象を受けます。この部分のみ腰壁がデザインされていることも、空間の雰囲気の変化に寄与しているように思います。
また、奥側がラウンドしている(円弧を描いた平面をしている)ことで、造り付けテーブルの周りが心理的に歩きやすくなっていて、コンパクトながらもこの商談スペースも、使用していない際にはギャラリーの一部として機能するのだなと思いました。
また、写真左側の上部にガラリがついている部分は、壁面と一体化していますが、実はバックヤードへの扉でもあります。そのディテールからはそこで求められる役割を徹底的にデザインするのだという強い意志が感じられました。
(腰壁と同じデザインが建具部分にも連続しているのですが、しっかりと手掛けがデザインされています。)
空間の中に存在する要素はとても少ないですが、それぞれは熟慮され設計されていることが実感できます。この商談スペースの造り付けテーブルも例外ではありません。
テーブルを支える部分は、作品の収蔵スペースとしても機能します。アウトサイダーアートの作家の方々は、キャンバスに描くよりも紙に描くことが多いそうで、このような引き出し式の収蔵スペースが適しているのだそうです。限られたスペースを、合理的に使っていくムトカの姿勢が強く感じられました。
これまでご覧いただいたように、この空間で使われている素材は、建材としては安価な部類に入ると思います(腰壁や床部分に合板が使用されています)。しかし、実際にその空間に身を置いてみると、安価であるけれど、安っぽくは感じません。それは、材料の使い方と施工の精度に起因しているのかなと見ていて思いました。
例えば、上記の写真のように、端部は、トメ加工(部材を45度にカットして接合し小口が見えないようにする)がされていて、実際の合板の厚みよりも、より厚く見えるような操作がなされていますし、床材もすべてプレカットでの精度の高い加工がされたものが使用されているとの事でした。
(ギャラリー床を見る。入り巾木で仕上げられている。)
設計者にお話を聞いたところ、「(合板であるが)、大理石を使用しているようなイメージで設計した。」との事でした。実際に合板といえどもその模様の張り方や、張る方向を熟慮して設計していくことで、通常とは異なる感覚を生み出すことができるのだなと感じました。
施工精度という視点では、このギャラリーは制作家具などを専門としていた「ニュウファニチャーワークス」が全体の施工も手掛けたということも書いておきたいと思います。家具を製作していた精度で、建築を施工することができるとしたら、より建築家の構想が形にできるでしょう。
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一通り見学を終えて、設計者のお二人と少しお話をしたのですが、そのなかで、このギャラリーは、なかなかに難しい問題を解決した作品でもあるのだなということがわかってきました。
このギャラリースペースは、ただ作品を展示する場所だけでなく、商談スペースでもあり、事務的な作業をするスペースにも使われるのだと。つまりコンパクトなスペースの中に3つの機能が求められ、それぞれの際に必要な空間の質というのも異なるということです。
ギャラリーとしてのみ使う場合には、道行くお客さんに興味を持ってもらうことが必要ですから、ギャラリー内部を外から見てもらうことが求められます。
しかし、商談や事務などを行う際には、プライベートな行為でもあるので、ある程度閉じた、プライバシー性の高い空間が求められます。そこでは先に書いたような外部とのつながりは必要なく遮断することが求められます。
ここで求められている相対する特質を、ひとつの空間の中でどのように"合理的に"生み出すか。
この難しい問いに対するムトカが生み出した回答が、この壁でもなく、建具でもない(壁でもあり、建具でもあるとも言えます)、U字型の物体だったのです。
(ムトカのサイトに掲載されている写真。引用:http://www.mtka.jp/post/177504092139/arts-and-creative-mind-gallery-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3)
ぼくが、最初にこのギャラリーについて知ったのは、ムトカのサイトに掲載されている上記の写真でした。
絵画が展示されていないこともありますが、この写真を見た時に、非常に恣意的な形態で、建築家がこのような形が好きで、このような形をつくりたくてつくったのかな。と思いました。
多くの方もこの写真を見た時にそのように感じるのではないでしょうか?
一般社会における建築のデザインというのは、「趣味的な」ものであると捉えられがちです。特に曲線や有機的形状を使用したデザインならばなおさらその傾向が強いと思います。
しかし、実際に訪れてみて明確になったのは、この一見、非合理的で趣味的にも見える物体が、ここで求められるプロジェクトに対し合理性を追求した結果生まれたものだということです。
閉じた状態では、内部が見えないので、プライバシー性を高めることができますし、作品の展示壁にもなります。ギャラリーの営業が終了した後は、ショーウィンドウとしても機能します。
あけ放った状態では、シンプルな一室空間に変化を与え(動線が複雑になります)、空間内の人の動きを誘発してくれる役割も果たしているように感じました。
また、足元にモノが置いてあったとしても、当たらず回転できるそうです。
加えて、このギャラリーが取り扱っている作家の皆さんの絵画がもつ柔らかさと、このU字型の曲線を持つ形状は呼応しているようにも感じました。
建築の世界で知られた言葉として、ルイス・サリヴァンの「形は機能に従う」という言葉があります。形と機能は密接に関連しているということです。
一般的に「機能」というと、利便性にかかわることや、使い勝手の問題と捉えられることが多いように思います。しかし、ムトカは、この「機能」の中に、ギャラリーに必要な"雰囲気"や"空気感"も加えて設計を進めているのではないか、と空間を経験していて強く感じました。
そのような「機能」に対し合理性を追求し設計を進める。
そして、その先に生まれる建築というのは、一見して合理的にみえる形態になるとは限らないのだな、、、。と、このムトカの建築を経験して学びました。
つまり、合理的に”見える”デザインと、合理的なデザインというのは必ずしも一致しないということです。
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最近の社会状況を見ていると、建築などの大きな構造物に対する視線が厳しくなり、その状況下でデザインされる建築物というのは、その状況に応答するように静かで大人しいものが増えているような感覚があります。それらは、どれも「合理的に”見える”デザイン」といえます。
しかし、よくよく考えてみると、それらは合理的に"見える"だけで、実は"合理的ではない"のかもしれません。
逆に、今回のムトカの建築のような、一見合理的に見えなくても、合理性を追求して生み出された建築というものも存在するのです。
自分の中にある既存の枠組みを取り外し思考することから生まれる、既成概念の延長から生まれる合理性とは異なる合理性とでも言えるでしょうか。
これは、ぼくらが閉塞感を感じている現代において、建築を設計する際の大きなヒントを与えてくれているようにも思え、建築に取り組む勇気をもらったようにも思いました。
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ここまで、読んでいただき誠にありがとうございます!
素晴らしい経験ができるギャラリーですので、ぜひ足を運んでみてください。そして今回は建築にフィーチャーしましたが、展示作品も興味深いものがとても多いと思いますので、ぜひゆっくりご覧になってみてください!
アーキテクチャーフォトの後藤でした。
■関連note
過去にレビューしたムトカの作品
矛盾する要件を解くことで建築が生まれることを書いた記事
皆様に、有益な情報をご紹介できるよう活用します!