【プロレスの興行の宣伝】ってスゴいんだと思った話
はじめに
2024.9.27に投開票が行われる自民党総裁選。
今回の自民党総裁選を前に、歴代総裁の写真を使ったポスタービジュアルが自民党より公開された。
2024.8.14、岸田文雄総理大臣が自民党総裁選に出馬しない考えを表明したこともあり、誰が次の自民党総裁ひいては総理大臣に就任するのかという関心事。
政策論戦という「戦い」と、国民ニーズと自民党の政策を「マッチ」させ、日本の未来にふさわしいリーダーを選ぶという思いが込められたという、「THE MATCH」の自民党総裁選スローガン。
このビジュアルに対して「格闘技のポスタービジュアルみたいでカッコいい」なんて感想も見かけたのだけれども、立憲民主党の国会議員である杉尾秀哉氏は、総裁選のビジュアルをこのように批判した。
私は、杉尾氏の今回の言動を支持したり擁護したりする感情は特段無いし(そもそも私は期待してない)、ここで政治について話すつもりもない。
それと同時に「プロレスの事を馬鹿にしてる!」という怒りを述べたいわけでもない。
私がここで書きたいのは、「プロレスの興行のポスターって、シンプルでいて個性的なんじゃないか?」という個人的な気付きである。
【顔写真の多さ=プロレス興行の宣伝】と認識される凄み
「プロレスの興行の宣伝」という批判を見かけて、まず私が感じたのは「【プロレスの興行の宣伝】だと他者からもパッと認識されるデザインなんだ」という、ある種の感心に近いものであった。
今回の発言があった2024/8/21以前に、杉尾氏のXアカウントで自身が【プロレス】というワードを使ったような投稿は私が調べる限り皆無だったし、杉尾氏と同じ立憲民主党所属の野田佳彦元総理大臣みたいにプロレスへの造詣が深いなんて話も、今まで私は見聞きしたことがない。
そんな人が、実際に見ていないと出せないような「プロレスの興行の宣伝」という具体的事例を挙げていた。
そこに興味があったからこそ、今回私はこの記事を書いているところもある。
通常、プロレスの興行ポスターは、所属選手や参戦選手の顔写真が多く掲載されている。
写真の配置や大小の差こそあれ、構図自体は非常にシンプルなものだと思う。
(もしかしたら、総合格闘技とかも当てはまるのかも知れないけれど)
今回の自民党総裁選のビジュアルも、歴代総裁の写真を並べた上で、中央に『THE MATCH』と表記するシンプルなデザインだ。
それにも関わらず、「プロレスの興行の宣伝じゃないか」と明確な例を挙げられてしまう。
これは、顔写真を多く並べるシンプルなデザインが、(恐らく)プロレスファンではない杉尾氏から見ても「プロレスの興行の宣伝」と捉えられるほど、プロレスポスターのフォーマットが絶対的個性として認知されている証なのではないか?
そう考えた時に、私は非常にゾクゾクしてしまった。
「プロレスのポスターってスゴいんだ」と。
正直なところ、与党の総裁選に批判をする際に、「プロレスの興行の宣伝」という例えを使わずとも批判は出来たと思う。
ただ、杉尾氏を擁護する訳では全く無いけれど、プロレスファンではない人にも強く根付く、プロレス興行の宣伝が持っている凄さ。
私は、この部分に感動を禁じ得なかったのである。
【選手個人・対戦カード】に特化した、プロレスの興行の宣伝
とはいえ、今回の一件で私なりに言いたいこともあって…。
杉尾さん!
今のプロレス興行の宣伝って、顔写真を並べた全員集合パターンじゃない、新しいデザインもあったりするんですよ!
今回の件を見ていて、私は何となくノリと思いつきで【#好きなプロレスの興行の宣伝】というハッシュタグを付けてプロレスのポスター写真などを投稿してみた。
有り難いことに、このタグを他の方も使ってくださった事で様々な興行のポスターが挙げられていたのだが、パっと見た時に、最近だと選手が全員集合するタイプのポスターデザインではなく、選手個人や対戦カードにフォーカスしたビジュアルが増えてきたのだと実感させられる。
(サイバーファイト系列が特に多い印象)
この辺りの、全員集合と個別のポスターデザインの違いに関して、興味深い記事が残っている。
プロレスリング・ノアでクリエイティブディレクターを担当している花澤勇佑氏が、2020年8月に執筆したnoteの記事だ。
全員集合のポスターが多くの人に向けたものなら、個別ビジュアルに特化したポスターはコア層に向けたもの。
この観点で考えた時に、歴代の自民党総裁を並べた今回の自民党総裁選ポスターは、一人でも知っている人を写して「何をやるのか?」を明確に伝える事で、総裁選の一般層認知度を高めようとする狙いがあったのではないかと私は推測した。
ただ、基本的に選挙権が与えられた人が投票できる国政選挙とは異なり、自民党総裁選は『総裁公選規程』に記載された要件を満たす自民党員しか投票権は無く、どちらかと言えば一般層よりもコア層の色が強い。
https://www.jimin.jp/aboutus/organization/
投票できる人が限定されている総裁選で、わざわざ一般層に向けてポスタービジュアルとメッセージ性を明確に設定してきた意味…。
それは、自民党総裁選だけでない、この先の内閣総理大臣交代や日本の政治の行方に直結するという先々の事象に向けて、国民に政治への関心を惹きつける狙いもあったのではないかと私は見ている。
(あくまでもこれはデザインとか狙いの話で、政治思想云々はノーコメントで…。)
だから、「プロレスの宣伝の興行じゃないか」という今回の杉尾氏の批判を、私は「プロレス舐めてる」みたいなネガティブ要素で捉えたくはない。
(何度も言うように、発言の擁護とかではないけれど)
それは、顔写真を沢山載せる事で1人でも多くの人達に知ってもらい、「誰が出るのか?」・「何をやるのか?」という情報も明確にしているプロレス興行の全員集合ポスターの強みと個性が、杉尾氏の発言でいみじくも証明されたかもしれないのだから…。
まとめ
上記の文章は、2021年9月に花澤氏がポスタービジュアルについてインタビューを受けた記事の引用になる。
個人的に2020年のコロナ禍以降、自主興行や引退興行ではない通常興行において、対戦カードや個人に特化した大会ビジュアルをプロレス界で多く見かけるようになった。
その代表例とも言える、DDTプロレスリングやプロレスリング・ノアなどのサイバーファイトグループ。
選手を象徴するアイテムを選手より大きく打ち出し、はっぴぃえんど や矢沢永吉のアルバムジャケットを時にはオマージュするなど、2022年以降に斬新なビジュアルが増えていったセンダイガールズプロレスリング。
こうした攻めのビジュアルは、選手個人の自主興行や引退試合、ユニットプロデュース興行とかでない限り、後楽園ホールの1Fや飲食店などにポスターとして貼られる印象は個人的に薄い。
ただ、現代社会は数多くの娯楽に溢れており、SNS全盛の時代で情報も多く、その流れも消費も早いからこそ、視覚的にもインパクトの大きいビジュアルデザインを打ち出す進化が必然的に求められた。
先述した【#好きなプロレスの興行の宣伝】というハッシュタグで、各人が集合写真よりも個別ビジュアルを挙げるケースが多かったのは、見た人のハートに刻むプロレス興行の宣伝が増えた証と言えるのではないだろうか?
プロレスファンじゃない人から出た「プロレスの興行の宣伝じゃないか」批判をキッカケに考えた、プロレス興行の宣伝の凄さ…。
【プロレスの興行の宣伝】は、一体相手に何を伝えようとしてるのか?
そのデザインには、果たしてどんな思いが込められているのか?
そんなことに思いを巡らせながら見てみるのも、きっと面白いんじゃないかと私は思った。
P.S.
これは、選挙ポスターみたいなプロレスの興行の宣伝!!!!!
こっちは、プロレスの興行の宣伝みたいなライブ告知!!!!!!
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