好きな選手が亡くなったことについて
はじめに
私の好きなサッカー選手が亡くなった。
リアルタイムで応援して、リアルタイムで活躍を見ていた、"推し"だと言える選手が亡くなる。
暫くサッカーから離れていた私だけど、この報せには堪えた。
「推しがいるのは当たり前ではない」と自分に言い聞かせていたけれど、この報せは、いくらなんでもあんまりだろう、という感情しかない。
サッカー観戦から離れていた私が、亡くなってからこういう事を語るのって、とっても不謹慎なのかもしれないけれど、Twitterではどうしても吐ききれないので、今回ばかりは…。
工藤壮人のカッコ良さに惚れた。
サッカーにハマっていた頃の私にとって、工藤壮人という選手はカッコ良くて、まさに推しと言える存在だった。
まず忘れられないのは、私がサッカーを見始めた2012年の12月末だ。
天皇杯準決勝の横浜F・マリノス戦で決勝ゴールを決めながら、試合終盤にイエローカードを貰ってしまい、決勝に出られなかった工藤。
試合後、サポーターへの挨拶に向かう際、肩を落としていた姿が忘れられなかった。
そんな状況にもかかわらず、天皇杯決勝ではメガホンを持ってサポーターを鼓舞し、チームも見事優勝。
私は、試合後に笑顔だった工藤を見て、レイソルが本当に優勝できて良かったと安堵した。
2012年末、来年こそはユニフォームを買って、背番号を那須大亮の付けていた6番にしようと考えていた矢先、那須が浦和レッズに移籍してしまった。
初めて買うユニフォームの背番号を誰にしようか考えていた時に、思い浮かんだのは天皇杯の工藤だった。
あの実直な姿が、私の脳裏に焼きついて離れなかったからである。
2013年はリーグ戦とACL専用ユニフォームを1着ずつ購入したが、2着とも、背番号は工藤の付けている9にした。
2013年、工藤はキャリアハイとも言える成績を残したのだが、中でも私が一番印象に残っているのは、ナビスコカップ決勝戦である。
決勝の1週間前に行われたリーグ戦で、奇しくも決勝戦の相手・浦和レッズと対戦する機会があった
しかし、結果は2-1で敗戦…
決勝に向けて、どんよりした空気が漂う中、試合後に挨拶に現れた工藤は唇を噛み締め、悔しさを露にしていた。
迎えた決勝当日も、柏のチーム状況は怪我人が相次ぎ、万全とはいえない状態。
(中でもセンターバックは手薄で、ミッドフィルダーの谷口博之がディフェンスラインに入る程であった)
加えて、中立地の国立競技場は、浦和サポーターが6~7割を占める、柏の圧倒的アウェー…。
そんな逆境の中、ゴールを決めたのは工藤だった。
試合内容も、サポーターの数でも押された柏だったが、虎の子の1点を守り抜いて見事優勝。
MVPを掴んだ工藤は、1週間前に味わった悔しさを歓喜に変えたのである。
2013年のナビスコカップで見た工藤の活躍は、まるでドラマのようだった。
この時期の活躍を生で観れた事は、今でも私の中の宝になっていくんだろうと思う。
最後に
私はその後、色々な理由があってレイソルを観ることから離れてしまった。
けれど、その後も工藤のニュースを見るたびに、彼の動向は気になっていた。
一時期、海外での入団テストに受からないなんてニュースも見ていただけに、2022年の所属先が決まった時は、どこかホッとしている私がいた。
『いつまでも あると思うな 親と推し』
以前、そんな詠み人知らずの歌を耳にしたことがあったけれど、本当にその通りだと思う。
当たり前のように、推しがいてくれる訳ではない。
だからこそ、「今しかない時を、好きな人に好きだと言わなきゃいけないんだ」と私は改めて思った。
私にとっては僅か2年に満たない期間ではあったけれど、工藤壮人というサッカー選手の活躍をリアルタイムで追うことが出来た体験は、私の人生を豊かなものにした。
これは間違いなく言い切れる。
初めて買ったサッカーのユニフォームが、工藤壮人で良かった。誇りです。
本当に、ありがとうございました。