【いつか来る春のために】⓬ 三人の家族編⑪ 黒田 勇吾
⁂注 津波のシーンが出てきます。それを理解していただく方のみ
自己責任にてお読みくださいませ。
もちろん描かれるシーンは全てフィクションです。
すぐに逃げる準備を始めました。バックと携帯を持って教室に鍵をかけ、家の前に置いた車に乗り込みエンジンをかけました。そして急いで妻と優衣に再度連絡を取ろうと携帯を見たら、妻から既に一通のメールが届いていました。
(パパ、いま鹿町のヤスタカ書店に向かっている。そこで優衣と待ち合わせしちゃっているの。パパは一人で逃げて)
そのメールの内容が、はじめ意味が判りませんでした。優衣は学校にいるんじゃないのか。学校だったら安全だろう、三階建ての校舎なんだから。しかし妻と優衣が学校とは反対方面の書店で待ち合わせているという。わけがわからないまま、とにかく書店に向かおうと車を発進させました。と同時にラジオをつけました。七メートルを超える津波が来るというアナウンスが耳にはいりました。それは本当だろうかと半信半疑のまま鹿町方面へ向かう大通りに出ようとしたら、車がすでに渋滞していました。急いでバックして、住宅街の細い道を猛スピードで走りました。一方通行も無視。右に曲がり、左に曲がり、何台もの車とぶつかりそうになりました。ふと気が付くと雪が舞い始めていました。
その時です。小さな交差点で海側の左の道路を見ると、道の向こうに車が何台も黒い水のような壁に押し流されてこちらに向かってくる景色が見えました。その上を茶色い煙が渦巻いていました。私は思わず道を右折して内陸方面へ向けてアクセルをふかしました。夢中でした。とにかく海と反対の方角へとだけ考えました。しかし次の行き止まりのT字路を左折したとき、車の左側の住宅地から既に黒い水が道にあふれ始めていました。そして前方の道から川の流れのような勢いの黒い水がいろいろなものと一緒にこちらに流れてくるのが見えたのです。さらにその向こうから何台もの車が流されて回転しながら近づいてきました。とっさに車を降り鞄を持ち、携帯をズボンに押し込んで右側の住宅の壁に這い登り、家の横の倉庫の屋根に飛び移ってそこからその家の屋根に上がりました。足元で今までに聞いたことがない異様な音が唸っていました。屋根の上の二階の物干し台にまたがりながら、道路を見下ろすと、そこはすでに住宅街の道は見えず、様々なものが浮かんだ茶黒い水の激流の川のようになっていました。
~~⓭へつづく~~