ダウンロー星空

【いつか来る春のために】⓭ 三人の家族編 ⑫ 黒田 勇吾

 僕はどこの方の家かわからない二階の物干し台にへたり込みながら、道を流れていく津波を呆然と見下ろしていました。こんなところまでこれほどの津波が押し寄せてくるのをだれが想像したでしょう。さらに津波は家の敷地にもどんどん流れ込み、この家の一階部分まで急激に水位を増しながら不気味な音を響かせて渦巻いていきました。雪は本降りになって吹雪のように空に舞っていました。
 ふと我に返ってジャンパーの下のベルトに挟んでおいたバックから携帯を取り出し、妻と優衣に何度も電話してみましたが、応答はありません。無力感に打ちひしがれて家の周りの惨状を見まわしました。時折人の叫び声がどこからか聞こえましたが為す術もありません。吹雪の舞う中で私はその物干し台に座り込んで寒さに震えながら翌日の朝までただうなだれてじっとしていたのです。のどの渇きや空腹感よりも寒さがきつかったです。二階の部屋の窓を開けて中に入ろうとしましたが鍵がかかっていました。いっそのこと窓を蹴り破って中に入ろうとも思ったのですが、さすがにそれはできませんでした。じっとしてひたすら津波が引いていくのを待つしかありませんでした。
雪はやがて止みました。
 あの長い長い永遠に続くような夜は一生忘れないでしょう。夜空に星がたくさん煌めいているのを見ました。あたりの家々の屋根には白くうっすらと積もった雪が奇妙に光り輝いていました。夜中にふと遠くを見ると、南流川の下流のあたりでしょうか、その方面だけが赤々と夕日が燃えるように光がぼうっと揺らめいているのが見えました。おそらくあのあたりが燃えているのはわかりましたが、なぜ燃えているのかわかりません。それはいつまでも沈まない夕焼けの輝きのように儚く揺らめいて西の空をいつまでも赤く染めていました。
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 美知恵は鈴ちゃんの話を涙をすすりながら聞いていた。加奈子も涙顔だった。美知恵は思った。みんなあのときは尋常でない経験をしている。ありえない状況の中で紙一重の差で命を長らえたのだ。その話をする鈴ちゃんの心を思った。何とかねぎらいの言葉を掛けたかった。しかし悲しみの思いが強くて美知恵はただ頷いて聞くしかなかった。鈴ちゃんはあらためて正座をしてさらに話を続けた。
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             ~~⓮へつづく~~