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【ルリユール倶楽部】 11 | 読書の記憶は、体の記憶

2025年2月某日、ルリユール倶楽部第11回目の前々日に『朗読者』の製本工程が完了した。『朗読者』は表紙貼りの工程で革に傷をつけまくった問題児なのだが、あきらめずに最後までやりきった。翌日には『モモ』の表紙の内側をエラガージュし、さらに紙を貼ってコンブラージュした。

こんなふうに書くとものすごく順調に進んだみたいだが、そうでもない。これまでは「日常的にルリユールする」ことを目標にしていたものの、あんまりにも達成困難なので、目標そのものを変えることにしたのだ。

考えてみれば、わたしという人間は、いつだってぎりぎりまで腰が上がらない(宣言)。だから、直前にあたふたするのは通常運転ともいえる(開き直り)。それに、重要なのは少しでも前進できたかどうかだ(ポジティブ!)。そもそも一人ではつづけられないから、こうして仲間と倶楽部活動をしているのだもの。というわけで、何だか清々しい気持ちで本づくりハウスへ。


第11回目にできた作業は以下の通り。かねてより進めていた5冊は、今回で製本工程が完了! 他方、新しい本が2冊加わった。

ルリユール倶楽部
2025年2月某日作業記録

● 人形の家(ゴッデン):本の分解
● 秘密の花園(バーネット):本の分解
● 書物装飾・私観(ボネ):製本工程完了、デコール作業中
● 朗読者(シュリンク):製本工程完了、デコール作業中
● 若草物語(オルコット):製本工程完了
● クマのプーさん(ミルン):製本工程完了
● モモ(エンデ):コンブラージュのやすりがけ、見返し貼り

まずは、製本工程を終えた2冊を振り返っておきたい。こちらは前々回の倶楽部活動で見返しを貼った『若草物語』だ《写真2枚目》。黒の山羊革を使った総革装で、見返しは針葉樹の森を思わせるグリーンのマーブルペーパー。花布は、主人公の四姉妹をイメージした4色の絹糸で手編みしている。

こちらは、前々日にできたばかりの『朗読者』《写真3枚目》。ダークブラウンの山羊革を使った総革装で、背バンドつき。見返しは櫛模様の美しいマーブルペーパーで、花布は紺と金の絹糸で編んでいる。

傷だらけの表紙はとてもお見せする気になれない。傷の範囲が広く、ラインやワンポイントでは隠しきれないため、デコールとして大胆なモザイクを施すことを計画中。どうなることやら……。

作業のほうは、前日にコンブラージュ(表紙の内側の、革に囲まれた凹みを埋める工程)しておいた『モモ』から。コンブラージュとして貼った紙の端にやすりをかけて、わずかな突起や隆起を均す《写真4枚目》。

やすりをかけたら、見返し貼りへ。先に表紙側を貼り《写真5枚目》、つづけて本文側を貼る《写真1枚目》。金属板を挟んで重しをかけたら、あとは待つのみ。これにて『モモ』も全工程を終えた。

ルリユール倶楽部発足以来ずっと作業していた5冊すべてが、ついに製本工程を完了した。ここからデコール(箔押しやモザイクなどの表紙装飾)を進めていくことになるのだが、これまた気が遠くなるほど時間がかかる。ふぅ。

明子さんが紅茶を淹れてくれて、休憩時間に。おやつは、和綴じ本の形をした最中《写真6枚目》だ。わたしが愛知で見つけたお土産なのだが、江戸時代の儒学者で、のちに上杉鷹山の師となった細川平州にちなんだものらしい。横から見ると小口(本を開く側)がふかっと膨らんでいるのが憎い。

さて、ここから新たな本『人形の家』に取りかかる《写真7枚目》。表紙を外し、花布や栞ひも、寒冷紗を取りのぞき、かがりの糸を切る。これは1967年刊行の初版で、比較的すいすいと分解できた。

分解したら、今度は本文を一枚ずつ折り直す。もともと折ってあるものをどうしてわざわざ折り直すのか。それは、ルリユールにおいては紙端ではなく版面をそろえることが優先されるからだ。例えばこのページも、光に透かしてノンブルの位置を合わせると、実はこんなにずれている《写真8枚目》。

はじめてルリユールをしたときは折り直しの作業にも四苦八苦したが、さすがに慣れてきた《写真9枚目》。勢いにのってもう一冊、着手することに。

こちらの『秘密の花園』は現行本で、丸背の上製本だ《写真10枚目》。多くの名作が文庫本でしか残っていない昨今、こうして上製本が手に入るのは素晴らしいことだ。わたしにとって読書の記憶は身体的な感覚を伴うもので、とりわけ幼い頃に読んだ本はそう。両腿がすっぽり隠れるくらい大きな『かさじぞう』とか、両手で抱えるほど重かった『グリム童話』など、その本との身体的な接触が読書体験を豊かに彩ってくれたという実感がある。

現行品はボンドがしっかりついており、分解するのもラクじゃない。表紙を外し、背貼を剥がし、本文をぐいっと開いて糸を切ろうとしたら……糸かがりではなくアジロ綴じであることが判明した《写真11枚目》。この本は『若草物語』と同じシリーズで、『若草物語』と同じ糸かがりだと思い込んでいた。重版のタイミングで製本方法を切りかえるのはよくあることだし、確かめなかったわたしが悪い(でも、買う前の本をぐいっと開けないよね?)。

アジロ綴じでも、読むにはまったく問題ない。だけど、ルリユールとしてかがるには折丁に仕立てる必要があり、端的にいうと、ものすごく作業量が増える。ルリユール沼に浸かっておいて、いまさら作業量云々でぐだぐだいうのも何だかな。腹を括ってやるか……と思ったところで終了時間を迎えた。


さて、『人形の家』と『秘密の花園』をどんなふうに仕立てようか。楽しすぎる悩みをゆっくり味わいながら、のろのろと家路を辿った。


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