【ルリユール倶楽部】 07 | 表紙を貼るたび、心はぺしゃんこ
2024年10月某日、ルリユール倶楽部の第7回目直前の日曜日、わたしは作業台にかじりついていた。Netflixや漫画に費やす時間を普段からルリユールに振り向けていれば、いまごろどれだけの本が形になっていることだろう。こんな皮算用に費やす時間こそ無駄なのだが。
お尻に火がついて燃え上がり、とうとう作業台に向かった日曜日。この日できたのは、『クマのプーさん』の見返し貼りに、『書物装飾・私観』のコンブラージュと見返し貼り。さらに『若草物語』の表紙の革剝きを仕上げ、水で濡らして糊を塗り、乾燥させるところまで。
朝から晩まで根をつめて、へとへとになった。そのわりには納得いかないところも多く、さらにその納得のいかなさを次へつなげる道筋が見えてこず、さすがに疲れた。疲れたからといってルリユールに嫌気がさしたりはしないけれど、ちょっぴり心が折れ気味になることはある。というわけで、いつになくしょんぼりした気持ちで本づくりハウスへ。
第7回目にできた作業は以下の通り。もうちょっとがんばれたような気もするけれど、しょんぼりしていたからしょうがない。
まずは、かよさんと本の見せっこ。かよさんはかねてから進めていたサトクリフの名作3冊、わたしは『クマのプーさん』と『書物装飾・私観』の製本工程を終えていた。あえて「完成」と書かないのは、表紙のデコールやブックケースづくりなど、まだやるべきことが残っているからだ。
こちらが『クマのプーさん』《写真1・2枚目》。深緑の革表紙の内側は、プーさんの大好物のはちみつみたいなマーブルペーパー。この見返しを貼る段階で、天のラッパージュ(やすりがけ)が水平でないことが赤裸々になった。
こちらは『書物装飾・私観』《写真1・3枚目》。ポール・ボネの本を扱うなんて、やっぱりわたしには時期尚早だったか。とはいえ、ボネ師匠の胸を借りて、束(つか)のない本のむずかしさをおおいに学んだ。
2冊ともどうにか形にはなっているが、何というか、「えいや」な印象が否めない。どこかで本に無理をさせているような感じがあるのだ。もっと自然で、繊細で、美しい仕上がりというのがあるように思う。
かよさんとお互いの反省点を語り合ううち、「もっと時期をずらしながらつくってみたらどうだろう」という話になった。ルリユールはだいたい3〜5冊を同時進行し、2〜3年かけて仕上げる。つまり、「次はここに注意しよう」という気づきを生かせる「次」までのスパンが長いのだ。手の感覚を忘れないうちに「次」がやってくるよう、3〜5冊をあえて1/3周くらいずらしながら進めてはどうか、というわけ。試してみる価値はありそうだ。
さて、そろそろ作業開始。『若草物語』の表紙貼りに取りかかる。下準備してきた革に水を含ませ、型紙通りの大きさに戻るのを待つ。糊を塗り、平(ひら)をくるみ、コワフの部分を背の化粧貼りの内側へ入れ込む。ここまでやったら、小口を折り返していく《写真4枚目》。
小口を折り返したり角を整えたりしている間、コワフの部分をこまめに湿らせる。形を整えるまでは、乾いちゃ困るからだ《写真5枚目》。
アンコッシュを入れ、いよいよコワフへ《写真6枚目》。毎回、ここで花布の不備を痛感する。長さ、カーブ、角度、位置……どれも微妙に歪んでいて、しっくり収まらない。収まらないから「えいや」になってしまう。
手締めプレスに挟み、ガラス板で仕上げる《写真7枚目》。コワフを整えようとすると花布が立ち上がってしまうのは、花布編み、花布の固定、背のラッパージュなど、複数の要因が絡んでのことだ。結局、全工程を完璧にこなさなければ理想の形には辿りつかない。そんなこと、人間に可能だろうか。
人類への疑惑が持ち上がったところで、表紙貼りを終えた《写真8枚目》。作業をはじめてから2時間半が経過していた。目はしょぼしょぼ、肩はがちがち、心はぺしゃんこ。いまのわたしにできることは、休憩しかない!
というわけで、かよさんのブックケースづくりをのぞいたり、のりこさんの糸かがりを眺めたりしつつ、ちゃらんぽらんに過ごす。あぁ、楽しい。
貴重な倶楽部活動の時間が刻々と過ぎてゆく。このままではまずいと休憩を切り上げて、『朗読者』の革剝きをはじめた《写真9枚目》。
ちなみに、『朗読者』は倶楽部活動の第3回目で表紙貼りをした本だ。なのに、なぜいま革剝きをしているのかというと……背バンドにつけた傷がどうしても気になり、やり直すことにしたのだ(天然糊を使うルリユールには、やり直し可能な工程もある)。このやり直しが正解かどうかはわからない。ただでさえ遅々として進まないのに。そして、次はうまくいくとは限らないのに。まあ、よい結果にならなくても、そのときはそのときだ。
概ね剝き上がったところで、終了時間を迎えた。心はぺしゃんこのままだったが、その悔しさや情けなさや焦りや諦めを分かち合える場所で半日過ごしたからだろうか、ぺしゃんこになってる自分がだんだん笑えてきた。