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【本の展覧会】 芹沢銈介の絵本と挿絵

子どもの頃から出不精なわたしは、休日には(できれば平日も)一歩たりとも家からでたくない。しかし、芹沢銈介美術館は別だ。この美術館で新しい企画展がはじまると、片道2時間の道のりをいそいそとでかけてしまう。


芹沢銈介は明治生まれの染色家で、大正から昭和にかけて活躍した。匠を極めた人間国宝であり、柳宗悦率いる民藝運動の中心的人物でもあった。「染色家」と聞くと、来る日も来る日も布を染めているように思ってしまうが、芹沢の仕事は暖簾や着物地に留まらず、本の装丁やポスター、店舗の看板や包装紙など多岐にわたり「これはもうグラフィックデザインの領域だな」というものも多い。グラフィックデザイナーという言葉がまだ日本になかっただけで、当時は芹沢のような人がその役割を担っていたのだろう。

とりわけ装丁の仕事は、その88年の生涯で500冊以上に及んだという。日本民藝協会の機関誌『工藝』から、柳宗悦や外村吉之介といった民藝運動の同志の著作、川端康成や山本周五郎らの文学作品まで幅広く手がけており、その一部は『芹沢銈介・装幀の仕事』に紹介されている。同書によれば、芹沢は自身の代名詞である型染めはもちろん、木版や印伝など、さまざまな工芸技法を駆使して一冊一冊に創意を凝らした。

芹沢の装丁には、技法は違っていても共通する味わいがある。きっぱりと潔く、なおかつ朗らかで愛嬌がある。厳格なのに人間味に溢れ、なぜか目が離せない。これが人なら、さぞ「人たらし」だろうなと思う。そんなこんなで芹沢の仕事に魅せられたわたしは、同美術館へたびたび足を運んでいる。


企画展「芹沢銈介の絵本と挿絵」は、絵本20冊と、新聞や雑誌のための挿絵50点で構成されていた。展示室に入るや、『わそめゑかたり』『絵本どんきほうて』といった少部数限定の稀少な絵本たちが並んでいて、それはそれはかわいらしかった。

まず、絵と文字が秀逸だった。いうまでもなく芹沢は描画の名手であり、人も景色も、それから文字も、思うままに描けただろう。その筆先から生まれたアートが、型染めや木版といった工程を経ることで、人々の生活風景に馴染むものに昇華されている。描画という即興的なアクションが抱えている熱が、職人仕事の「型」によってクールダウンして人肌となり、ゆったりと腰を落ち着けているのだ。

絵と文字の配置、つまり構図も素晴らしかった。思いきり余白を取ってみたり、図案を断ち落とし(仕上がり寸法より広く図版を刷り、断裁で余白をなくすこと)にしてみたり、ひとことでいうなら「モダン」なのだ。芹沢のグラフィックがいつまでも古びない秘訣は、ここにもあるような気がする。

それから、本への態度が好きだった。挿絵の多くは当然ながらクライアントに依頼されての仕事なのだが、絵本には私家版も多く、芹沢がいかに本というものを慈しんでいたかがよくわかる。実際、芹沢は子どもの頃から絵本づくりをしていたらしい。また、戦災で自宅と工房を失ったときにも私家版の絵本をつくり、復興の手立てとしたそうだ。表現の場であり、愛情を注ぐ対象であり、生活の糧であり、困ったときに救いを求める存在でもある……芹沢は、本の懐の深さを知り尽くした人だった。


ところで、今回展示されていた絵本の中には「ものづくり」を題材にしたものがいくつかあり、興味をそそられた。職人の道具を集めた『諸職道具紋尽し』、益子の陶工の仕事ぶりを描いた『益子日帰り』など、ケースの向こうの1見開きしか見られないのがもどかしく、館内を行きつ戻りつした。何度見直したところで、ページがめくられるはずもないのだが。

絵本に限らず、芹沢作品には窯場や紙漉き場といったものづくりの現場を描いたものが見られる。モチーフとして魅力的だったということもあるだろうが、もっと純粋に、職人たちのことが好きだったんじゃないだろうか。そうでないと、あんなにも生き生きとたくましい姿を捉えられないような気がする。そう考えると、ますますうれしくなった。「ものづくりをする人が好きな人」は、それだけで信頼できる。目の前の布一枚、皿一枚を通して、世界を見ることのできる人だと思うから。


芹沢の絵本をじっくりと鑑賞するうちに、だんだん身悶えしてきた。誰かの素晴らしい本の仕事に触れたときは、いつもそうなのだけど。編集者としては「本を信じなさい」と励まされた気分。製本家としては、自分の未熟さを思い知らされて膝を抱えたい気分……。

美術館をあとにして、登呂公園を散歩する。芹沢銈介美術館は、芹沢の故郷である静岡県静岡市の登呂公園の一角にあるのだ。弥生時代の遺跡「登呂遺跡」のある場所だ。ちょうど蓮華の花が満開で、赤紫の花の間を蜜蜂が飛びまわっていた。夢みたいなその景色を眺めていたら、身悶えが落ち着いてきた。わざわざ静岡まできたのだから、おいしいものでも食べるとしよう。


● 「芹沢銈介 絵本と挿絵」
芹沢銈介美術館
2023年4月4日〜2023年6月18日
https://www.seribi.jp/index.html


● 『芹沢銈介・装幀の仕事』小林真理 編著(里文出版)


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