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【製本記】 かえるの哲学

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『かえるの哲学』(アーノルド・ローベル 文・絵/三木卓 訳)丸製上製・半革装ができるまで
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【製本記】 かえるの哲学 08 | かえるもいいけど、ふくろうも

表紙と本文、それぞれにできあがった。これらを貼り合わせれば『かえるの哲学』は上製本になる。まずは溝入れの作業から。「溝入れ」とは溝を貼ることで、「溝」とは表紙と背表紙の間にある凹みのこと。ここに隙間があることで、本がすんなりと開閉する。 溝をしっかり入れるため、銀杏の葉の形をした道具を使う。この道具は、そのまま「いちょう」と呼ばれている。軽くあたためて溝にあてがうのだが、革が焦げないようにとびびってしまい、少々温度が低かったか。溝が浮いてこないよう、念のため、凹みに竹ひごを

【製本記】 かえるの哲学 07 | これが文学者というものか

背継ぎの素材を用意する。『かえるの哲学』には革を使うことにした。インド産の山羊皮で、イギリスで製革されたものだ。製本には牛革や豚革なども用いられるが、柔らかく風合いに富む山羊革が最良とされる。 革剥(す)き職人さんに「コバ」と呼ばれる折り返し部分を機械剥きしてもらったあと、さらに革剥き専用の包丁を使って手作業で仕上げる。背から平はスムースに、折り返しはできるだけ薄く。なだらかに、なだらかに。 一枚革で全体をくるむ「総革装」が本の正装だとすると、背を革で継ぐ「半革装」はやや

【製本記】 かえるの哲学 06 | 紙染め、ことはじめ

表紙に取りかかる。『かえるの哲学』は「背継ぎ」にしよう。背と平(ひら=表紙の平らな部分)の一部を異素材で継いだもので、例えば、表紙が紙で背とその周辺が革や布でくるまれている本、といえばピンとくるだろうか。 平の素材が本の印象を左右するのだが、ファンシーペーパーか、マーブルペーパーか、それともクライスターパピアか。どういうわけか、いつまでたっても決められない。どれもしっくりこなくって、無謀にも自分で紙を染めることにした。染めの知識も技術もないくせに。 紙染めにはさまざまな手

【製本記】 かえるの哲学 05 | もしも失敗したときは

バッキングを終えた『かえるの哲学』の背を固める。寒冷紗を貼り、さらに花布(はなぎれ)を貼る。製本経験のある方ならすでにお気づきだろうか。前回まで、わたしが見返しを貼り忘れていたことに……。やってもうた。 本当なら化粧断ちの前に貼っておくべきところを、きれいさっぱり忘れたままで断裁し、丸みをだし、ハタと我に返ったときにはバッキングまで進んでいた。この段階でどうにか貼り込むが、ここまできちゃあ本文と見返しのサイズを合わせるのが至難の業で、わずかなずれが解消できない。職人たちが練

【製本記】 かえるの哲学 04 | 古い糸と新しい糸

背を仮固めした『かえるの哲学』を化粧断ちする。「化粧断ち」とは本文を仕上げ寸法に断裁することで、天、地、前小口(本文の開く側)の三方を手動の断裁機で切る。この断裁機は10年ほど前に「えいやっ」と購入したものだ。わたしにとっては高い買いものだった。 こうして道具を増やすたび「死ぬまで製本をつづけるのだから」といいわけめいたことをつぶやく。死ぬまでつづけることに迷いがあるわけじゃないのに、なぜそうしてしまうのだろう。 製本家は、大小さまざまな道具を必要とする。ルリユールなら、

【製本記】 かえるの哲学 03 | 職人ことばは粋なれど

目引きした穴を使って『かえるの哲学』を綴じていこう。麻糸を用意し、蜜蝋の上を数回すべらせて蝋引きする。製本用の先の丸い針に通し、するりと抜けないように針の根もとで留める。いざ、かがりはじめ。 この本は「フレンチ・ソーイング」という手法でかがることにした。これはわたしが最初に覚えた糸かがりで、ロンドンの製本教室で習ったものだ。フレンチと聞いて、教室の誰かが「フランス生まれの手法ってことですね?」と尋ねた。すると、熟練の製本職人である先生は「知らん」と答えた。 この正直な職人

【製本記】 かえるの哲学 02 | 本づくりの中空を漂う

プレス機から『かえるの哲学』を取りだす。2枚の板紙で挟み、折丁の背側を突きそろえる。「背」というのは、本の綴じられている側のことだ。それならば本の開く側は「腹」と呼びそうなものだが、そうではなくて、こちらは「小口(こぐち)」という。 平らにそろえた折丁の背を上にして、手締めプレスという道具に挟む。2枚の板の間隔を2本の大きなねじで調節するもので、手製本では何かと出番が多い道具の一つだ。こうしてしっかり固定して、事前に割りだしておいた6箇所に線を引く。この線が「糸かがり」のた

【製本記】 かえるの哲学 01 | ローベルおじさんの孤独

いま、取りかかっているのは『かえるの哲学』だ。文庫サイズの「並製(ペーパーバック)」として流通している本だが、これを「上製(ハードカバー)」に仕立てる。せっかくなので、糸でかがろうと思う。並製の本はたいてい背が糊でがっちり固められていて、それを糸かがりに仕立て直すには、本を解体するところからはじめなくてはならない。状態によっては、背の部分を断裁機でバッサリ切り落とすこともある。そうやって大胆に解体しておきながら、再びちまちまとつなぎ直すわけで、不毛な感じがする。製本に興味のな