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こどもたちの声や考えを、もっともっと聞いていくセカイがいいな。

もう3年前くらいからずっと思っていることを、
やっと言語化しようと思う。


自己肯定感、多様性、インクルーシブ教育……
ここ数年くらい、教育や福祉の現場でよーーーく聞くこの言葉たち。

それを言い出した大人たちのほとんどが
それをやってきてないのに、
それを経験してきてないのに、
それを今まで考えたこともなかったのに、
本当に理解できるんだろうか? 本当に実践できるんだろうか?

そう疑問に感じてきて数年経つけれど、
いまだ本当に理解している人も、実践できている人も、ほとんど見たことがない。


大人が考えたスローガンや意味は、もういらない。


学校に行くと、校舎や靴箱の前に、
だいたいデカデカとした横断幕などで掲げてあるスローガン。

教室に行くと、前の黒板の近くに掲げてある各学年や各クラスのスローガン。

行事や授業の意味は大人が考え、内容も大人が考える。


これが「普通」「当たり前」。


そして、不登校が増えている、発達障害が増えている、そんな声を教育・福祉現場から本当にたくさん聞く。


それって、ほんと?
それって、なんで?

私は、そう思う。


ほんとにそのスローガンなの?
なんでその目標なの?
みんながみんな、そうなの?

大人が意味を決めた行事や授業って、誰のためにやるの?

なんで学校に行きたくないと思う子が増えてるの?
なんで学校についていけない子が増えてるの?



私も、「こどもたちに関わる大人」。
こう思っていても、何かこれからの目標や、やることの意味を知りたい、決めたいと思う。


だから、私は、まず、
こどもたちに聴く。

そして、
一緒に考える。

プラス、
私もわからないことは「わからない」と言い、
できないことは「できない」と言い、
こどもたちの方が知っているのなら「教えてほしい」と頼む。


こどもと大人が同じ時間、同じ場で、学び合っていきたい。

ひとつの「やること」を
こどもと大人で一緒に考えて、一緒に創っていきたい。


その中でこどもたちは、自然とそれぞれの学びをする。
そして、大人はこどもたちを先生・メンター・講師として学ぶ。

こどもたちの声や考えを、
もっと聴いていきたい。もっと知りたい。

こどもたちの意見を、
もっと対等に取り上げていくセカイがいいな。



やりたくないことを言えず、理不尽なことに何でも我慢して従うような大人になんてならなくていい。

できないことを「できない」と言えず、でも完璧にやらなきゃと無理をして自分を自分で見失って壊してしまうような大人になんてならなくていい。


苦手な事、やりたくないことを周りに伝えながら、
折り合いをつけたり、落としどころをみつけたり、うまーくさぼったりしながら過ごしていける大人が増えるといいな。


完璧でいなくていい。ありのままの自分で、大人になることを怖がらないこどもたちが増えるような生き方、在り方を私はやっていきたい。


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