未知なるひとりの人としての子ども
「さわんな!!!」
4、5歳の男の子が1歳の息子を叩いた。
ある学びの場でのこと。
時々授乳をしながら講師の話を聞いていた私は突然のことに驚いた。
どうやら、男の子のおもちゃを息子が触ろうとして、それを防ぐために叩いた様子。
男の子は眉を寄せてあきらかに怒った顔をしている。私が急いで息子を抱き上げると、彼はうつむいておもちゃで遊びだした。
私は、「赤ちゃんを叩くなんて・・・」とショックだったし、怒りや悲しみもこみ上げてきた。わたしにとって息子の健やかさがものすごく大事なのだ。
そのあとも息子はハイハイして彼のおもちゃに近付こうとする。
「息子のことを守らないと!」と瞬間的に思った。
咄嗟に出た言葉は、男の子への共感の言葉だった。
「そのおもちゃ、大事なんだね・・・」
男の子はうつむいて「・・・。」
その後も息子を叩こうとする度に
「そのおもちゃ、大事なんだね。」と、声をかける。
すると、少しずつ彼の表情がゆるんできたのが感じられた。
何度か繰り返していると、しばらくして彼は話してくれた。
「このおもちゃは、離婚して離れて暮らしているお父さんが誕生日プレゼントに買ってくれたものなんだ。」
(そうだったのか・・・!!)私は驚き、彼がやっと心を開いて話してくれたことに喜び、そして彼への思いやりの気持ちが湧き上がってきた。
「お父さんからもらったとても大切な、特別なおもちゃなんだね。それなら、私もそのおもちゃを大切にしたい。だけどね、息子にはまだそのことが分からなくて、興味が湧く物には触りたくなるみたい。だから、少し離れた場所で遊ぶとか。息子が壊さないように、おもちゃを守るために一緒に協力しない?」
お父さんから贈られた彼へのギフトと、息子の健やかさ。どちらも大切にするために彼へ協力を求めました。すると・・・
笑顔で「わかった!」
「ありがとう。」
そして数分後・・・
「はい、貸してあげる。」
なんと彼は、彼にとってスペシャルなおもちゃを息子に貸してくれたのです。
思いもよらなかった結末と、にっこり笑った彼の表情を見たときに、「あぁ、NVCを学び続けて本当によかったなぁ。」と、あたたかいものがこみ上げてきました。
「赤ちゃんをたたくなんて!謝りなさい!」と叱ったり、
「お兄ちゃんなんだから、貸してあげなさい!」
と、大人が言うこともできる。だけど、
彼を“子ども”としてではなく、一人の“人”
として向き合おうとする意図。
その意図を子どもが受け取るとき、その子は「聴いてもらえた」「受け入れてもらえた」ように感じ、こころをひらき、大人が思ってもみなかった選択をすることがある。
子育ては日々葛藤だらけ。
疲れて子供を無視したり、ときには強要することもある。
だけど、彼がこころをひらき、見せてくれた笑顔。そしてあのとき確かに感じられた彼と私とのつながりに、私はものすごく美しさを感じている。
不完全であっても、ひとりの人として向き合うその意図を。私は諦めたくない。