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おばあちゃんの炒り卵
今日のおかずは、卵焼き
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僕は俗に言う「三文安い年寄りっ子」
祖父母に甘やかされて育った子は、すぐ他人を頼る子になるので、人間的な値打ちが低いということわざ。
当時の価値は考えなければ、三文は今の価値で90円くらいらしいので、そんなに変わらんやんって気持ち(笑)
父は船員で滅多に家にいないし、母はパートで昼間は働いていましたので、僕の面倒は祖父母がみてくれていました。
もっとも、祖母も働いていましたので、結果的には、舟大工で職人気質の祖父が相手をしてくれていました。
祖母は温泉旅館で働いており、お酒も煙草もやるオトコマエで豪快な人。
祖父は本当に寡黙な人で、木の香りのする自宅の仕事場でいつも何かを作っていました。
仕事の余裕のある日の遊びが、縁側に座布団を置いてやる花札(笑)。勝敗の記憶はありませんが、孫と遊ぶ祖父の楽しそうな笑顔だけはよく覚えています。
昼食は祖母が作り置きしてくれたお弁当でした。
おかずは、決まって、焼き魚と炒り卵、お漬物のみでしたが、祖父と一緒に食べたお弁当の味、特に炒り卵が美味しかった。
祖母は恐かった母の親でしたから、優しかったけれど、他人に対する挨拶や気遣いなど、本当に厳しかった。オトコマエな人だったから、仁義を大切にしていたんだと思います。
祖母にもよく叱られたけど、今の自分の軸になっているのは、祖母の躾だったと思います。
そんな祖母が作ってくれた炒り卵、再現したくて、今まで色々と試してみました。
お酒が好きだった祖母が作った炒り卵
・ふわふわではなく、しっかりタイプ
・粒は大きめ
・基本的に醤油ベースで甘くない塩味
・たぶん隠し味に、お気に入りのお酒が使われていたハズ
結構、再現できているのですが、醤油もお酒も当時の物が手に入らなくなった今となっては、懐かしさのフィルターもかかって、幻の味になってしまいました。
イタズラした時に祖母はいつも
「相手の気持ちになって考えなさい。自分だけが楽しくてもダメ。分かった?」と諭すように話しかけてくれました。
きっと、幻の炒り卵も、材料や手順じゃなくて、食べる人のことを思う気持ちを大切にして作っていたんでしょうね。祖母の手から生まれる炒り卵は、祖父や僕への愛情の隠し味がたっぷりと使われていたんだと思います。
『人の楽しむ姿を見る楽しさ』
そんな僕は、料理ではなく、こうして文字で、伝えたい人に向けて、伝えたい言葉で、書き続けていけたらいいなと改めて思っています。