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なんでも1円の店:ショートエッセイ
晴れた日の土曜日の放課後のこと。
小学生だった筆者は、いつものように棒切れをもってぶらぶらと山へ入っていき、そこで唐突に、「そうだ、今日は車道に出るまで山の反対側へまっすぐ進んでみよう」と思い立った。
イノシシの道をたどって昔は馬車道であった尾根を越え、手入れの行き届いた杉林を下ると、土にタイヤの跡が残る細道に出た。
お墓を抜けると田んぼに出て、田んぼを抜けると人里に出た。
実家がある集落よりも人家が多く、平らな土地で畑も広々としていた。
そのまま道なりにテコテコ歩いていると、小さな商店が現れた。
中をのぞくと、総白髪のおばあさんが店番をしていた。
見たところ、お菓子の棚がスカスカで、めぼしいものはすべて売り切れで、黒猫マークのガムしか残っていなかった。
すると、物珍しそうにしている筆者におばあさんが声をかけてきた。
「1円だよ。みんな1円だよ」
みんな?。
不思議に思って棚に載っているものを見まわしてみた。
砥石に洗剤、ノートに学校の上履き……。
「それも1円だよ」
おばあさんは片づけ物をしながら頭のうしろについた目で筆者の様子を把握しているようだった。
ガムも1円、洗剤も1円、上履きも1円……???
ガムが1円ならいつもの何倍も安い。ほしいなぁ。
が、しかし、筆者はお金なんか持っていなかった。
ポケットに入っているのは、梅干しと鉛筆とカナヘビだけ。
名残惜しいが、とぼとぼと商店をあとにした。
家に帰って父親にその話をすると、「そんなはずあんめぇ」と一蹴された。
学校で同級生に話すと、「うそだぁ」と言われた。
オカルト本が好きだった筆者は、たぶん、異世界に迷い込んだのだろうと思って、まあ、そんなこともあるだろうとのんきに寝た。
高校生になったころ、たまたま父の運転する車に乗って山の反対側へ行った時のこと、舗装された道沿いに、もとは商店であったろうつくりの、今はカーテンが閉められ物置のようになっている建屋が目に入った。
その瞬間、昔の記憶がよみがえって、唐突に納得したのだった。
おばあさんは店じまいをしていたのだ。
スカスカの棚はそういうことだったのだ。
全部1円というのは、一日でも早く店を片付けたいおばあさんの在庫処分セールだったのだ。
異世界じゃなかった。
でも、あのようなおおらかな昭和の風景は、今の世の中からすれば、たしかに異世界であるのかもしれない。
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