仮想空間2nd(セカンド)
【序章】
刑法第0章
「一度でも犯罪を犯した者は、一生犯罪から抜けられない社会の落伍者であり、永久に犯罪者予備軍とみなす」
2033年、日本政府は経済衰退による貧富の格差や、情報氾濫による集団倫理観の崩壊、IT技術の進化による共同体への乖離、積極的な移民政策による文化摩擦など、治安悪化による犯罪率の増加に伴い刑罰の意義を大きく変える一種狂気的な新たな概念を刑法に追加した。
ある意味、応報刑に基づく厳罰化、教育刑の考えに基づく更生による社会復帰、そして何より真面目に生きている庶民の安全を脅かすことの無い再犯の防止、それら全てを包括する社会システムの再構築。
犯罪を犯した者は一生その罪を償わなければいけない(応報刑論)。
しかし、人権的観点による更生の機会を与え、社会復帰は認めなければいけない(教育刑論)。
とはいえ現実に再犯は繰り返され、被害者たちは無念の死を迎えても何も言えず、財産を奪われても精神的苦痛を虐げられても何の補償もなく、苦しみから逃れないままにその後の人生を過ごす。
果たしてこのままで良いのだろうか。
加害者の人権は守られて、被害者の人権が蔑ろにされ過ぎてはいないか。
出所したら更生し罪を償ったと日常を謳歌する加害者と、出所したら再び恐怖に怯える被害者と関係者たち。
そういった矛盾を解消すべく、政府は一つの決断を下した。
それは…
“仮想空間”の導入である。
犯罪歴のある加害者たちの第二の人生は、仮想空間で集結する。
もう被害者は怯えなくて良い、社会は警戒しなくても良い、加害者は一生業火を背負いながらも、再びやり直す事で日常生活も取り戻せる。
犯罪を犯した者たちに用意された“現実社会”。
《仮想空間2nd》
それは大いなる危険を孕む、未来へ向けての罪深き社会的実験であった。
【第1話:警視庁仮想現実社会対策本部】
『えっ?僕ですか???』
『そうだ、これはもう決定事項で、明日からお前は《仮想空間2nd》に潜入捜査官として勤務してもらう。』
新米警察官として3年間現場でしっかり働き、それなりに小慣れてきて、それなりに成績を収めて、それなりに評価された僕は、どうやら今年から導入された《仮想空間2nd》に移転となった様だ。
正義感だけは昔から少し強かったが、特に何の取り柄もなく、学生時代から冴えないグループの普通の生徒だった僕は進路も決まらず、何とはなしに就職したのが警察官だっただけで、まさか3年後にこんな重要プロジェクトに駆り出されるとは…。
最近は《マッチング仮想空間LOVE》で出逢った丸の内OL桑田玲奈ちゃんとも少しずつ距離が縮まってきてたのに、2nd勤務は拘束時間が長いし機密情報で他人には漏らしちゃいけないから説明出来ない隠し事が増えるし、何てこったい!
…なんて淡い恋の予感が消え去りそうな事に思い至ると、すぐさま断る口実を頭に張り巡らせながら、目の前のマル暴担当30年“鬼平犯課長”こと長谷川課長を恐る恐る上目遣いに見上げてみた。
すると、無言でこちらを見ていらっしゃる…いらっしゃる。
『まぁやる事は一緒だから。2ndに警察官として勤務して市民の安全と平和を守ればそれで良い。』
『ただし、まだ2ndヒューマンが少ないので、基本的にはAIヒューマンばかりだけどな笑』
『あっ、あとお前は一応現実社会には存在してなくて、AIヒューマン警察官504としてバレないように頑張るんだぞ!』
『じゃあ宜しくな、504笑』
くっそ〜!他人事だと思って、僕にだって清原晴人って名前があるんだぞ!と心中穏やかでなかった僕だったが、家路に着く頃には現実味が薄れて先立つ苦労よりも好奇心が少しだけ勝り、まるで映画の主人公みたいな状況に戸惑いながらもワクワクして寝床に着いた。
『コレはコレで面白いかも』
『仮想空間2ndで大活躍したら、玲奈ちゃんをデートに誘いたいよなぁ』
人間、正しい認識で落ち込むよりは間違った妄想で前向きになる方が良い時もある…かもしれない。
少なくとも晴人は幸せだった…
この日までは。
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