
阿部正弘の憂鬱
「眠れない」 阿部正弘は、頭が冴えて眠れなかった。「開国すべきか?鎖国を続けるべきか?」悩んでいたのだ。
幕閣の意見も「開国すべし」という現実派と「鎖国を守るべし」という理想派の2つに分かれた。「今の幕府に、ヨーロッパ列強と戦って勝てる力は無いのだから、ペリーの脅しを受け入れて開国するしかない」というのが現実派の意見であり、「神君・家康公が決め、また260年間守ってきた鎖国政策を変えるべきでは無い」というのが理想派の意見であった。
ここで、阿部は思いきった手にでる。アメリカ大統領の国書を見せ、意見を広く集めたのだ。これは、徳川幕府始まって以来のことである。
それらの意見の中には、「開国し、貿易による利益により海軍を創設、海外に対抗できる力をつけるべき」といった現実的な意見もあったが、ほとんどが「外国人を追い払うべき」といったものであった。この時代、海外に関する正しい情報を持っているのは、幕閣を含む少数の知識人だけであった。
阿部は開国を決意する。ヨーロッパ列強と戦う力はまだ無いという現実的な判断からだ。それと同時に、幕政改革にも取り組む。幕府を立て直し、軍事力を強化するためだ。
阿部は老中在任のまま江戸で急死する。享年39歳であった。
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