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小説「東京魔術倶楽部」
★最後あたりに少しグロテスクな表現があります★
1
夜の帳が東京の街を覆い、華やかな大正時代も終焉に向かうその頃、都の中心部にあって、一見豪奢な一等地に位置する某高級ホテル。その地下深くには、普通の人々の目には触れない、奇怪にして禁忌の空間が広がっていた。こここそが、「東京魔術倶楽部」の名を持つ、秘密裏に開かれる社交場である。
扉を開けると、そこはもう別世界。燻煙が立ち込め、香ばしい煙草の香りが鼻孔をくすぐり、甘美な酒の匂いが漂う。客たちは、貴族や一流の実業家、そして時には芸術家や政治家といった、社会の頂点に立つ者たちばかりだ。彼らは、日中の煩わしさから逃れ、ここでただ一夜の自由と背徳を貪る。
この場所で行われることは、一言では語り尽くせない。まず目に飛び込んでくるのは、部屋の中央に置かれた大きな円卓。その上には、古びた羊皮紙や魔術書が無造作に散らばっている。ここでは、メンバーが集まって、黒魔術から占星術まで、様々な神秘学の知識を競い合うのだ。魔法の言葉が囁かれ、キャンドルの炎が不気味に揺れる中、誰かが未来を見通すための儀式を始める。
だが、この倶楽部の真の魅力は、ただの知識の交換だけではない。壁際には赤いビロードのカーテンが下り、そこからはエロスの息吹が感じられる。カーテンの陰では、極上の肉体美を誇るダンサーや芸者たちが、幻想的な舞を披露する。彼らの動きはまるで魔術のように観客を引きつけ、欲望の渦へと引きずり込む。
また、さらに深く踏み込むと、そこには秘密の部屋が隠されている。その中では、禁断の愛欲が交錯し、人間の欲望や秘められた願望が露わになる。ここでは、通常では決して許されない行為が、秘密という名のヴェールで包まれ、執行される。メンバーはその夜、自分たちの人間性の最も暗く、かつ輝かしい部分を探求する。
しかし、この倶楽部の存在は、公には決して認められることはなく、ただ夜の闇の中でひっそりと呼吸する。そこで交わされる約束や誓い、そして何より、そこで見たものや聞いたものは、決して外部に漏らされることはない。そうでなくては、東京魔術倶楽部は存在しえないのだ。
こうして、大正時代が終わりを迎えるその頃も、地下の魔術倶楽部は、時として罪深く、時として神聖なその物語を、静かに、しかし確実に紡ぎ続けていた。
2
橘薫は、子爵家の次男坊として生まれながらも、放蕩者で定職につかず探偵まがいのことをしていた。彼は魔術を信じることなく、嘲笑う者であった。彼にとって、魔術倶楽部はただの情報交換と賭け事の場に過ぎない。今日もまた、華やかな大正ロマンの夜を、酒と煙草の薫りの中で過ごすために、地下の秘密の社交場へと足を向けた。
倶楽部の照明は薄暗く、燻煙が漂う中、テーブルを囲んだ男たちはギャンブルに熱中していた。橘は、今日の運勢を試すため、ポーカーのテーブルに着いた。手にしたカードは、彼を絶えず勝利へと導くかのような、悪魔がかった強運に満ちていた。チップは次々と積み重なり、彼の前には小さな財宝が形成されていた。
「どうせ泡銭だ」と、鼻で笑いながら、橘はその勝ち分全てをルーレットの4番に賭けることを宣言した。賭け金が置かれると、周囲から驚きの視線が集まった。ルーレットのディーラーは、静かにボールを回し始める。
「ノワールの4…」と、橘は心の中で繰り返した。その瞬間、部屋が静まり返り、ボールが回る音だけが響く。
そして、ボールは「4」の上に止まった。会場は一瞬で騒然となり、橘の勝利に沸いた。だが、そんな賑わいの中、彼はまた別の刺激を求めていた。勝利の余韻に浸る間もなく、彼の目は部屋の奥、常にカーテンで隠されたエロスの香り漂う場所へと向けられた。
好奇心に引き寄せられ、橘はその秘密の部屋へと近づく。カーテンをかき分けると、そこはもう一つの世界だった。部屋は薄暗く、香水の甘い匂いと、どこか獣じみた欲望が混ざり合う空気が満ちていた。そこには、美しい芸者たちが、まるで魔術にかかったかのように、誘惑的な舞を踊っていた。
橘の視線を捉えたのは、特に一人の女性だった。彼女は真っ赤な着物を纏い、その瞳は星のように輝き、唇は毒のように赤い。彼女の舞は、見る者を陶酔させ、欲望の深淵へと引きずり込む力を持っていた。橘は、その魅力に抗えず、彼女の前に進み出た。
「勝ち運はどこまで続くか試してみたくはないか?」と、薫は挑発的に微笑みながら彼女に囁いた。彼女の答えは、その唇からこぼれる甘い笑い声だった。
その夜、橘はルーレットで得た勝ち運を、もっと深い、もっとエロティックな賭け事へと変換した。秘密の部屋では、彼らの間で新たなゲームが始まった。そこには、金銭的な賭けではなく、快楽と背徳の賭けがあった。橘は、魔術を信じない男だったが、この夜、彼は別の種類の魔術、愛欲と誘惑の力に屈した。
橘が魔術倶楽部を去る時、彼の心には未だかつて経験したことのない、興奮と倦怠感が混ざり合っていた。今日の勝ちは泡銭ではなく、彼自身の人生の一部となっていた。彼は、再びこの魔術倶楽部の扉を叩くことになるだろう、魔術を信じないながらも。
3
橘薫が女性と一夜を共にするなど、珍しいことであった。それは彼の性格や生活スタイルからも窺える。だが、彼の心に残る魔術倶楽部の夜は、ただ一夜の夢幻のように過ぎ去った。
幾日か後の午後、橘は帝国大学理学部教授、男爵の伊達政弘とカフェで落ち合った。伊達は、その知的で厳格な風貌どおり、魔術倶楽部のような場所にはほとんど顔を出さない男だった。ただ、稀に、世界から集めた珍しい葉巻と洋酒を味わうために訪れる程度だった。元々は橘の大学入試にあたり、伊達が家庭教師をした縁からだったが、以来奇妙な友情が続いている。
カフェのテーブル越しに、伊達は橘を見つめ、皮肉げに笑う。「20世紀の光がさすこの世に魔術とは、何と滑稽な話であろうか」と、彼は鼻で笑った。伊達の言葉は、科学と合理主義の時代に生きる者の自信と、古い信仰に対する嘲りを含んでいた。
しかし、橘はその嘲笑に反論せず、ただ微笑みを返しただけだった。なぜなら、彼自身、魔術倶楽部での体験は、科学でも説明しがたい何かを彼に教えたからだ。特に、あの夜の魔術は、彼の心に深い爪痕を残していた。
話は進み、橘はつい魔術倶楽部の話題を持ち出す。「伊達、あの倶楽部で、科学では捉えきれない快楽を見つけたんだ」と、彼は酒杯を傾けながら語った。伊達は一瞬、興味を引かれた表情を見せたが、すぐに「そんなものは錯覚と快楽物質のトリックでしかない」と切り捨てた。
だが、橘はその言葉に反発し、「たとえ錯覚だとしても、人間がそこに感じる何かは真実だ」と主張した。そして、橘はあの部屋で経験したエロスと背徳の夜を、言葉を選びながら、しかし詳細に語り始めた。伊達の目は徐々に興味に引き寄せられ、話が進むにつれて彼の冷笑は消えていった。
橘の話は、キャンドルの光の中で赤い着物を脱ぎ捨てる美女の姿や、彼女の触れ合いがもたらす甘美な痛み、そしてその後の時間感覚の喪失といった、科学では語り尽くせない感覚の描写へと移っていった。伊達は思わず、口元に手を当て、想像するかのように目を閉じた。
「ほんの少しの錯覚が、人間をどれほど狂わせるか。それは科学でも解明しきれない領域なのかもしれませんね」と、伊達は認めた。そして彼は、興味本位からか、あるいは男性特有の好奇心からか、次回の魔術倶楽部の集会に参加することを決めた。
次の集会の夜、伊達は珍しく魔術倶楽部に足を運んだ。そこでは、橘が再びあの美女と出会い、彼女は今度は伊達を誘惑の世界へと引き込んだ。伊達は、科学者の目で魔術とエロスを見つめながら、しかしその夜、彼もまた、理論では説明できない快楽と欲望の渦に巻き込まれることとなった。
その夜の体験は、伊達の科学者としての視点を一変させ、すべてを説明しようとする傲慢さを、少しだけ戒めることとなった。橘と伊達は、科学の光が照らし出せない、人間の深淵を垣間見たのだ。そして、魔術倶楽部は、その闇を利用して、人間の最も基本的な欲求と幻想を満たす場所であった。
4
魔術倶楽部での夜が過ぎ去った後、橘と伊達は再びカフェで語り合った。伊達の表情は以前の傲慢さが影を潜め、何か深い思索に耽っているようだった。彼は薫に向かって、厳粛な口調で話し始めた。
「橘、あの場所には深入りしない方がいい」と、伊達は忠告した。「最初は麻薬の類かと疑ったが、何かが違う。あそこには、科学でも説明できない何かが存在している。人間を最も深く、そして危険に引き込む力だ」
橘は、伊達の言葉に耳を傾けながらも、心の片隅であの夜の快楽を懐かしんでいた。だが、伊達の警告には重みがあり、彼はその真剣さを感じ取った。
伊達は続けた。「あの女性たちが持つ魅力は、ただの肉体の美しさや技巧だけではない。何か、もっと原始的で、魂に直接訴えかけるものがある。あの場所は、人間が理性を失い、欲望に支配される場所だ。私たちはその危険を知るべきだ」
橘は、伊達の言葉に反論する気はなかった。あの夜、彼もまた、理性を手放し、エロスと背徳の海に溺れたことを思い出した。彼は、伊達が言う「何か」が何であるかを直感的に感じていた。それは、禁断の知識や神秘的な力、あるいは単純に人間の深層心理を呼び覚ます何かだった。
「しかし、伊達、あの快楽は、科学では説明しきれない。あそこには、人間の本質を引き出す力がある」と、橘は反論した。
「確かに」と、伊達は認めた。「だが、そういった快楽は、しばしば我々を道に迷わせる。あの場所が持つ魔力は、強烈で、そして危険なものだ。橘くん、あなたがあの場所で見たもの、感じたものは、きっとあなた自身の深層心理が反映されたものだ。そこには夢と現実の境界が曖昧になり、自分自身が何者であるかを見失う危険がある」
話は深まり、二人はしばらく黙考した。橘は、伊達の忠告を心に刻んだ。あの夜の体験は、確かに彼に新たな視点を与えたが、同時に、未知の領域への恐れも植え付けた。
「では、次に行く時は、自分を保つために何か対策を」と、薫は自戒の言葉を口にした。
「それが賢明だ」と、伊達は同意し、「もし、再び行くなら、私も同行しよう。科学者として、あの場所の謎を解明するために、そして君を少しでも守るために」と提案した。
その夜以降、橘は魔術倶楽部への訪問を控え、自分自身を振り返る時間を持った。しかし、彼の心は未だにあのエロティックな魔力に引き寄せられていた。そして、もし再び足を踏み入れるなら、それは科学者と一緒に、理性を手放さないように、欲望と背徳の魔術に立ち向かうための挑戦となるだろう。
5
伊達政弘もあの日以来、魔術倶楽部に顔を出すことはなくなった。葉巻や洋酒ならば、他でも十分に調達できると悟ったからだ。代わりに、彼は新たな楽しみを見つけた。それは、銀座の華やかなホールでナインボールに興じることだった。
その日もまた、伊達は橘薫を誘い、二人でビリヤード台の周りで時を過ごしていた。ボールがカラカラと転がる音、チョークの香り、そして競い合う緊張感。それは魔術倶楽部の持つ謎めいた魅力とは対照的な、純粋に技術と戦略の世界だった。
「悪いが、俺の勝ちだな」と、橘は自信満々に9のボールを突き落とした。ボールがポケットに消え入る瞬間、橘の心には勝利の満足感が広がった。しかし、そのポケットの向こうには、あの夜肌を重ねた女性が立っていた。
彼女は、以前と同じく魅惑的な笑みを浮かべ、しかし今度は何か別の目的を持つような眼差しで二人を見つめていた。「お二人にご依頼がございますの」と、彼女は優雅に言葉を紡いだ。
橘は驚き、手の中にあるキューを落としそうになる。伊達もまた、その姿を見て一瞬言葉を失った。彼女の存在は、魔術倶楽部の背徳の世界をここ銀座に引きずり込むかのようだった。
「依頼?」と、伊達が訝しげに尋ねた。「一体何の依頼かね?」
彼女は微笑みを深め、近づいてきた。「それは、私たちの倶楽部で起きた、ある事件の解明をお願いしたくて……」と、彼女は説明を始めた。「あの場所で、金銭や名誉ではなく、もっと深い、もっと危険な何かが動いているのです」
橘は、彼女の言葉に引き寄せられながらも、伊達の忠告を思い出した。あの場所には深入りしない方がいいと。だが、好奇心と未解決の謎への挑戦欲が、彼の心を揺さぶった。
伊達は、科学者としての使命感と、彼女の持つ魅力に惹かれながらも、慎重だった。「それは興味深いが、何故我々に?」
「橘様の勝ち運と、伊達様の知識が必要なのです。あなた方なら、この不可解な事件を解決できると信じています」と、彼女は答えた。
彼女の言葉に、二人は再び魔術倶楽部の闇に引き込まれる可能性を感じた。橘は、その夜の記憶を呼び起こし、伊達は科学者の眼差しで彼女の提案を検討した。
6
伊達は、彼女の言葉に眉をひそめ、「失踪事件か」と呟いた。「興味深いが、我々は探偵でも警察でもない。そんな事件に首を突っ込む理由はない」と続けた。彼の言葉には、科学者としての理性と、魔術倶楽部に再び関わることへの嫌悪感が混じっていた。
事件の概要は、こうだった。倶楽部の常連客の一人、財閥の若き御曹司が突如として行方不明になった。彼は前日に倶楽部で盛大なパーティーを開き、多くの者と交流した後、夜遅くまで残っていた。しかし、翌朝には誰も彼を見つけることができず、まるで蒸発したかのように姿を消した。
失踪した夜、倶楽部の地下深くにある秘密の部屋から奇妙な音や声が聞こえたという証言が複数寄せられた。そこでは、通常、魔術の儀式や禁断の遊戯が行われるが、その夜の音は通常のそれとは異なり、恐怖を感じさせるものだった。
失踪の翌日、倶楽部のある部屋で血痕が発見された。それは魔方陣やペンタグラムのような魔術的シンボルの上に見つかった。シンボルは血で描かれており、まるで何らかの儀式が行われたかのようだったと。
伊達は、嘲るような口調で付け加えた。「鈴木財閥のいけすかないボンだろ?死のうが生きようが、我々には関係ない話だ」
しかし、橘はその言葉に反論する。「あーでも、俺、あいつと帝大同期だったけど」と、橘は思い出したように言った。「俺は留年して放校になったけど、あいつ、意外といい奴だったぜ。」
伊達は、橘の言葉に少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。「だが、それでも俺たちにメリットはないだろう」と言い放つ。伊達の顔には、できるだけあの場所と関わらないようにしたいという気持ちがはっきりと表れていた。
二人は、ビリヤードのボールを眺めながら、しばしの沈黙に包まれた。橘は、伊達の拒絶を理解していたが、心のどこかで友人への思いやりと、事件の謎に対する好奇心がくすぶっていた。あの夜の体験が、橘に人間の弱さと欲望の深さを教えたからだ。
「でもさ、伊達先生、もし本当に悪魔的な何かが関わってるとしたら?」と、橘は半ば冗談めかして言った。「科学でも解明できない何かが、我々の前に立ちはだかってるかもしれないんだぜ」
伊達はその言葉に少しだけ笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻った。「我々は魔術師でもなければ、占い師でもない。合理的に考えるべきだ」
橘は、伊達の慎重さを尊重しつつも、事件に引き込まれる感覚を否定できなかった。「わかったよ、でも、もし何か新しい情報が出てきたら、考えてくれよな」と、橘は言った。
「その時は、考えるさ」と、伊達は答えたが、その表情にはまだ強い拒絶感が残っていた。彼は、科学者としての矜持と、魔術倶楽部の持つ危険から自分を守るために、事件への関与を避ける決意を固めていた。
しかし、橘は内心で、この事件が自分たちを再びあの闇の世界に引きずり込むかもしれないと感じていた。友人への思いやり、好奇心、そしてあのエロティックな夜の記憶が、彼の心を複雑にしていた。そして、もし新たな手がかりが現れれば、伊達をも再び説得する覚悟が芽生えつつあった。
7
意外にも、魔法倶楽部に再び足を踏み入れることを持ちかけたのは伊達の方だった。苦虫を噛み潰したような表情で、彼は橘薫に告げた。
「教え子が失踪した御曹司の弟だったんだ」と、伊達は舌打ち混じりに言った。「これが兄思いなんだぜ」
「そうこないとな!」と、橘は笑みを浮かべ、伊達の決意に応えた。科学者の倫理観と、教え子への責任感が、伊達を動かしたのだろう。
しかし、伊達は厳格な声で続けた。「ただし、素面で行く。酒も飲まない。これは調査だ。今日行って、明日の昼に魔術倶楽部の部屋を見せてもらうことにしよう」
二人は、科学者としての冷静さと、事件の真相を求める好奇心を胸に、再び魔術倶楽部へと向かう決意を固めた。夜の帳が降りる前に、二人は必要な準備を始めた。伊達は、科学的な調査器具を集め、橘は彼の持つ勝ち運と勘を頼りに、何か見落とされていた手がかりを見つけ出す準備をした。
翌日の昼、魔術倶楽部に到着した二人は、以前とは別人のように真剣な眼差しで迎えられた。倶楽部の雰囲気は、あの夜のエロスや背徳の影がまだ残っているかのように、重く感じられた。彼女が二人を出迎え、「部屋はこちらです」と導いた。
部屋は、事件が起きた当時のまま保存されていた。血痕はすでに消されていたが、床にはまだかすかに魔方陣の跡が見受けられた。壁には奇妙なシンボルや絵画が飾られ、そこかしこに儀式用の品々が散在していた。
伊達は、科学者の目で部屋を検分し始めた。彼は、温度計や湿度計、そしてエレクトロニクスを用いて、科学的に説明できない現象がないかを調べた。一方、橘は直感を頼りに、部屋の隅々まで探り、何か異常なものを見つけ出そうとした。
「こちらが儀式の記録です」と、倶楽部の係員は古びた羊皮紙を示した。そこには、失踪の夜に行われた儀式の詳細が書かれていた。黒魔術の召喚、呪詛、そして未知の力の探求。伊達はそれを読むと、眉をひそめ、「これは一種の実験だ。危険な実験」とつぶやいた。
橘は、羊皮紙を見つめながら、「この儀式、何かが間違ったんだろうな」と呟いた。二人は、科学と直感を駆使しながら、失踪の真相に迫ろうとしていた。だが、部屋の空気には何か不気味なものが漂い、彼らは自分たちが未知の領域に踏み込んでいることを実感していた。
調査は難航し、時間と共に、二人はこの事件が単なる失踪ではなく、もっと深い、もっと恐ろしい何かに関わっていることを感じ始めた。そして、彼らはこの日の調査を終え、明日以降も続けることを決意した。魔術倶楽部の秘密を解き明かす道は、まだ長かった。
8
伊達が突然、ハッと手を打った。「もしかして失踪でなく、自発的に逃げたとしたら?」と彼は考えを述べた。「ほら、通常、1人にならないはずの儀式なのに」と、彼は羊皮紙のある部分を指さした。
調査を進めるうちに、二人は驚くべき事実を突き止めた。鈴木が、美しい女性と駆け落ちしたというのだ。それは、科学で説明しようのない、魔術の力によるものではなかった。ただの人間の欲望と恋愛の結果だった。
伊達は、笑い声を上げて言った。「ほら、やっぱり魔術なんてインチキだ。おどろおどろしい音は儀式のせいだと思い込ませる目眩しだ」と
二人は探偵さながらに調査を続け、最終的に鈴木の居場所を新橋のある部屋に特定した。そこへ踏み込むと、目の前に広がった光景は驚くべきものだった。鈴木は、美女と行為の最中だった。彼女は鈴木の上に跨り、ギシギシと腰を動かしていた。
「鈴木!」と橘が声をかけると、女性がゆっくりと振り向いた。その瞬間、彼女の目は赤く輝き、口からは鋭い牙が覗いていた。そして、突然、その存在が風のように消えた。
部屋には、彼女が去った後、見るも無残な鈴木の姿が残されていた。彼は、まるでミイラのように乾ききり、生気を失っていた。これこそが、真実の結末だった。
「儀式で呼び出した美女……おそらく悪魔に魅入られ、駆け落ちしたのが真相だな」と、伊達は震える声で言った。科学者としての彼の信念が揺らぐ瞬間だった。
この事件は、科学と魔術の境界線を曖昧にし、人間がどれほど欲望に支配されるかを示した。鈴木は、その欲望の果てに、魂を奪われ、命を落としたのだ。伊達の科学的アプローチと、橘の直感が導き出した結末は、想像を絶するものだった。
二人は、残された鈴木の遺体を見つめ、言葉を失った。エロスとタナトスの間で、人間がどれほど脆弱で、そして恐ろしい存在であるかを、改めて理解した瞬間だった。そして、魔術倶楽部が秘める真の恐怖と魅力を、身をもって知ることとなった。
第二話↓