ゲッカン（月間）
警察署には「ノルマ」がある。
武藤は、大学の行政学の講義で習った。交通安全のキャンペーンをはっている時には、交通警察官には交通違反の取り締まり件数の「ノルマ」を達成しないといけないという暴露（2001年当時。当時でも「常識」）があったと、非常勤で他大学からやってきた教授は話していた。
武藤は、その「ノルマ」は実在するということを、十数年をへて現職の警察官の長門から聞くことになる。警察官の世界は、上下関係が厳しいといわれる。指揮命令系統がしっかりとしていないと、暴動に立ち向かうことができない。しかし、暴動が毎日起きるほど日本の警察は怠惰ではない。上下関係という組織原理は、思わぬところで発露する。パトカーの免許だ。パトカーの免許にも上下がある。
武藤のカウンターパートとなった現職警察官の長門も三好も口にしていた。
「僕は、Sランクですけどね」
「私は、夜間でもパトカーを運転できる、一番上の免許ですね」
長門と三好の性格の違いが出ている。
パトカー免許の中で、最上級の免許を説明するのに、長門はランク（「Sランク」は外部の人間に説明するための仮称かもしれない）で表現し、三好はその技能内容で表現した。Sクラをバックで走る、とか。
交通警察官が職務に忠実なので、階級を飛び越えて摘発する。福井県警本部長も取り締まりの対象となる。
外事警察官、いわゆる公安警察官は、私服（スーツ）で業務を遂行する。日頃鍛え上げた運転技芸を、一般道で披露してしまうと･･････交通警察官の餌食になる。待っているのは、法にもとづいた処分。罰金だ。交通警察官にも眼力があるようで、罰金を上回るテクニックを一般道で「披露」してしまうことのないように、その端緒でサイレンを鳴らしているような気がする。
ゲッカンでは、「ノルマ」が通常月の3倍になるそうだ。
民間でも税務署でもそうだと思うが、「ノルマ」を上下させることでパフォーマンスを最適化させていると思っている「キャリア」がいるならば、それは誤りだ。通常月では見逃しておいて、ゲッカンになったら、大規模に成績を計上できるように畑を耕しているのが実態だろう。税務署では、重加算税による行政処分の勤務評価が高いことは、おそらく公然の秘密だと思う。
その日（2012年10月30日）は、ゲッカン（月間）の追い込みで忙しかったはずだ。武藤は、霞が関ビル35階の東海大学・交友会館のセミナーに参加していた。そのセミナーに参加することは、事前に長門に伝えていた。無反応。
しかし、武藤が、そのことを、長門に携帯メールで伝えると、折り返しの着信と携帯メールが届いた。武藤は携帯電話を「運転中モード」にしていたので、着信音もバイブレーションも一切反応しない。ただ、長門からの携帯メールに目を通した。「休憩時間にワンギリしてください」と。
「長門さん。本日は、ゲッカンの追い込みでお忙しいのではないですか？」
「それどころではないのです！『はやくせー！』（Do it now! ）と、怒られています」
「もしかして、お父様から催促されているのですか？」
警察署では、署長のことを「おやじ」という。
「もっと、上です。･･････『ウエ』です！」
「ウエ」の所在地は、おそらく霞が関界隈だろう。
武藤（霞が関）→長門（大阪）→ウエ（霞が関？）→長門（大阪）→武藤？
その日のテーマは、「現代の国際情報安全保障―サイバー世界の政治学―」。30人程度の小規模なその席に、駐日ロシア大使館の1等書記官が同席していたのだ。武藤は、そのことを、長門に携帯メールで打電した。
武藤はほんの軽い気持ちだったのだが、長門にとっては、即時に対応しなければならない喫緊の事案だったのだ。その席に、1等書記官がいる。そのことが、重要なのだ。
2014年にクリミア半島で展開されたロシアのオペレーションが話題になっている、2022年2月である。
内閣官房や某A省など、そうそうたる報告者なのだが、大学間協定を結んでいる東海大学とモスクワ大学（MGU）は相応の役職の人が挨拶していたが、東海大学の副学長は挨拶の前にノートPCから小田急ロマンスカーのサイトにアクセスしていた平和な席だった。そのロマンスカー、武藤の策源地の町田駅を通過する「えのしま」だったら許しませんぞ。
なお、「某A省」というのは、コスメ女子のネタである。画面越しのあなたは腹を抱えて笑うだろうが、当時のコスメ女子と筆者は同じ平面上でお互いに生きるのに必死だったのだ。今は、その差が明らかなので、コスメ女子にネタの使用許諾を求めなくてもよい地位に、武藤は甘んじている。Twitterで「コスメ女子」がトレンドになったのに、アカウント名をすぐに戻しましたね。冗談さておき、『UP』（2022年2月号）p.26下段の記述は、貴殿をほかに、誰も書けないのは事実。敬意を表します。
あの時、モスクワ大学の教授陣とロシア大使館員は、どこまで把握していたのだろうか。
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投稿予約：2022年2月10日 18時40分
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