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【童話】おじいさんとカイツブリ
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おじいさんは湖畔で、椅子に座っていました。空は穏やかに、お日様は柔らかな日差しを地上に降らせています。
涼やかな風が水面(みなも)をさらさら撫で、ときどきおじいさんが座る木陰にまでやってきて、そっと優しく触れて通り過ぎていきました。
湖の周辺にある葦原(あしはら)では、オオヨシキリという鳥がギョギョシギョギョシと鳴いて雌を呼び、岸の方ではオオバンという鳥が草を編んで可愛い巣を作っていました。
桜が散って、みずみずしい青い葉が伸びてくる季節。
たくさんの命が芽吹く、素敵な季節です。
おじいさんはおだやかな気持ちで鳥や魚や、むしや、小さなけものたちを眺めていましたが、やがて、うとうと、まぶたが重くなってきました。
今日はこんなにいい日なのですから、このまま気持ちよく眠ってしまっても罰はあたらないでしょう。
おじいさんは、さわさわ揺れる木の葉の音を聞きながら、深い眠りに落ちていきました。
深く、深く……穏やかな湖畔から、静かな、湖の中へ沈むように……。
こぽり。こぽり。こぽこぽ。こぽこぽ。
おじいさんは、目をつむったままでしたが、いつの間にか自分が水中にいることに気づきました。
けれど、これは夢の中でしょう。
おじいさんはちっとも怖くはありませんでした。
眠った姿勢のまま、ぼんやりと水中をただよいます。
湖の中というのは、ほんのりひんやりとしていて、とてもきもちがよいものでした。
目をつむった暗い視界の中で、水面(すいめん)からさしこんだ光が、まぶたの裏でゆらゆらと揺れるのも、なんだかくすぐったくておもしろいものです。おじいさんは夢の中を楽しんでいました。
ざっぱーん。と突然、おじいさんは水上に引き上げられました。
おじいさんはびっくりして、目をあけてしまいました。
するとおじいさんは、カイツブリという水鳥に咥えられていたのです。おじいさんは、辺りを見回しました。
カイツブリ以外も、水草や、アメンボや、スクミリンゴガイや、なにもかもが大きく見えます。
どうやらおじいさんは小さくなってしまったようです。
おじいさんもびっくりでしたが、カイツブリのほうもびっくりしたようでした。
なんといったって、水草を咥えようと思ったら、ちいさな人間だったのですから。
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カイツブリはおじいさんを背に乗せて言いました。
「どうして人間が水中にいるのですか?」
おじいさんは答えました。
「それがわからないのです。私はあそこの岸辺で眠っていました」
おじいさんは、湖の岸を指さしました。
どうやらおじいさんは、もといたところの反対側まで流れ着いてしまったようです。
カイツブリは親切にいいました。
「それなら、私がそこまでおくってあげましょう。すこし準備しますので、待ってくださいね」
どうやらおじいさんは、カイツブリの巣の近くにいたようでした。
水面に浮いた豪華な巣の上には、白い卵が四つ置かれています。どうやらこのカイツブリはおかあさんのようです。
カイツブリはいいました。
「それではでかけましょう」
「まってくださいな。卵に草を被せないと、カラスにみつかってしまいますよ」
おじいさんは注意します。
水鳥の卵はカラスの大好物です。カイツブリの卵というのは、だんだん汚れて茶色くなって、目立ちにくくなっていきますが、生みたてほやほやの卵というのはまっしろで、上から草を被せて隠さないと、すぐに見つかって食べられてしまうでしょう。
カイツブリは「そうでしたそうでした!」と慌てて卵に水草を被せました。どうやらこのカイツブリはうっかり者のようです。
おじいさんとカイツブリは、湖の岸を目指して出発しました。
ゆらゆらぎゅんぎゅん、水面下でカイツブリが水をかくたび、二人は進んでいきます。
カイツブリの背中は翼を覆うあぶらで弾かれていて、まったく濡れてませんでした。
おじいさんが座る翼の内側は、ほわほわと細かい羽で覆われていて、あたたかです。
おじいさんはまるでカイツブリの赤ちゃんになったような気分になりました。
カイツブリのひなは、上手く泳げない間、お母さんの、このふわふわした背中に埋まって移動するのです。
「おじいさん、よければお眠りなさい。岸はまだ、ずっと遠くですよ」
カイツブリが優しい声で言いました。
おじいさんはその言葉につられて、うとうと……うとうと……。
おじいさんが目を覚ますと、いつのまにか、元いた岸辺の椅子に座っていました。
おじいさんは目をこすり、湖の反対側まで歩き始めました。
するとそこの水面には、夢で見たのと同じ、カイツブリの巣がありました。
巣の上には卵が四つ、白く輝いています。近くにカイツブリはいないようです。
おじいさんは湖に足を入れて、卵の上に水草を被せてやりました。
おだやかで、ふしぎな一日でした。
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おわり