【小説短編】深海の星
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【朗読】【睡眠導入】【男性】深海の星【字幕つき】
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深海に一匹、ヒト型をしたナニカがおりました。
七歳くらいの、人間の男の子のような姿をしています。真っ暗な深海で、プランクトンの死骸を吸い込みながら、少年は昼とも夜ともわからない深海を歩いていました。
少年には友達がいました。クジラに、オオグチボヤに、デメニギスに、チョウチンアンコウに、……とにかくいっぱい。
友達とお話しすることは少年にとって楽しい時間でした。
けれど、彼らが自分の種族の友達の話をするとき、いつも少年はいいようのない孤独感に襲われます。なぜなら、少年はまだ、自分の同族に会ったことがなかったのです。
ある日、少年が深海の空をふと見上げると、一点、黄色く光り輝くものが見えました。
この、光の差さない深海。見たことの無い輝きに、少年は目を丸くして驚きましたが、どうせまだ会ったことのない深海生物の発光だろう、と思い直してその日は気にも留めないでいました。
しかしその光は、移動している気配はなく、しかも、日に日にどんどん数が増えていきました。少年が、またある日深海の空を見上げると、光の数はもうおびただしいものになっていました。暗いはずの深海が、とても明るい。
これは只事ではないぞ、とようやく思い至って、友達のクジラに慌てて光の正体を聞いてみました。
海面と深海を行き来するクジラは、もうとっくの訳知り顔で、
「アレは星だよ。深海の星。地上と同じように、深海にも星が輝くようになったんだ」と言いました。
クジラは当たり前のように言いましたが、少年には「星」も「地上と同じように」もてんでわかりません。クジラは地上の当たり前も、深海の常識のように語るので、時々少年は困ってしまいます。
とりあえず「星」が何なのかはよくわからないけれど、近づいて観察してみれば、何かわかるかもしれません。少年はクジラに深海の空まで乗せてもらうことしました。
クジラの背に乗って、ぐんぐんと上がります。水圧を顔に感じながら、高度は増していきます。
さて、「星」に近づいていくと、光は案外いびつな形で輝いているのが知れました。なんだが凸凹としています。
もっともっと近づいて、「星」に手が届く距離になって、少年ははっと泡を吐いて驚きました。
「星」の正体は、少年とほとんど体の造りのよく似た、ナニカだったのです。おそらく、少年と同種族のようです。足を頭にうずくめるようにして、丸まった状態で、全身を輝かせています。
少年は「星」に興味津々でべたべたと触りました。腕に、足に、背中に。温さはなく、深海に同化しているような冷たさでした。「星」は少年が触っても、微動だにしません。
少年はそっと「星」の顔を掬い上げました。目をつむり、安らかな表情だ。
他の「星」も皆、穏やかな、なにもしがらみのないような幸福な顔をしています。
クジラはうざったそうに周囲の星に目を向けます。
「ああ、また増えてるよ。星。まったく、泳ぐのに邪魔で仕方がない」
身体の大きなクジラでは「星」と「星」をすり抜けるのは苦労しそうでした。この星はいったい何なのかと聞くと、これまたクジラは常識かのように語りました。
「この光る星は、地上に住むヒトという生物の死骸だよ。今までは、ヒトは死んだら地上の空に昇って星になったらしいけれど、
最近じゃもう地上の空では新たに星になるスペースがないんだってさ。だから、神様だかなんだかのお偉いさんが、ひとまず応急処置として深海の空に星を置くようにしたんだとか。
深海の空なんて、スペースが狭くってすぐ埋まってしまうだろうにね。……まあ、問題を先延ばしにしたいんだろうね。まったくほんとどこの世界もお偉いさんは、うだつが上がらないったらありゃしないよ」
クジラは愚痴っぽく話しましたが、少年は言葉の半分も理解できませんでした。
少年は一つの星に触れて、頬ずりし、抱きしめてみました。「星」は幸福そうな顔をしています。温度はないが、「星」は柔らかく少年を受け入れてくれます。
それだけで少年は、とても満ち足りた気分になりました。周囲を見渡せば、星たちは輝き、瞬き、どこまでも美しい。深海の空を揺らめきながら、皆安らかです。
こんなに幸福な光景があっても良いのでしょうか。少年はこの「星」たちの顔を、全部全部見て回りたいと思いました。クジラは渋々といった体で付き合ってくれました。愚痴っぽいけれど、優しい友達です。
クジラの背に乗って、長い時間をかけてすべての顔を見ました。口周りに髭の生えた顔。何の毛も生えていない顔。黒い顔。黄色い顔。白い顔。そばかすのついた顔。しわの深く刻まれた顔。
いろんな顔を見ましたが、どれも例外なく、幸福そうな顔をしています。
クジラが申し訳なさそうに「そろそろ僕は別の所に行かないといけない」と言いました。少年は残念そうに頷きます。もうお別れの時間です。
星群の中で二匹は別れ、クジラは上に昇り、少年は下に落ちていきました。
ゆらりと深海を落ちながら、遠ざかっていく「星」たちを少年は眺め続けました。小さくなっていく「星」は名残惜しいが、悲しくはありませんでした。
少年は、孤独ではなくなったのです。空を眺めれば、いつでも仲間がいると感じられる。それはとても幸せなことでした。
「ああ。もっともっと星が増えたらいいのに」
少年は純粋な気持ちで、そう呟きました。
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