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【短編小説】学校七不思議 VS. 転校生探偵 第7話

第7話 残された不思議


 日曜日の昼前に、私は五城いつき君とともに病院を訪れていた。
 入院しているはやてのお見舞いである。

 颯はすっかり元気になっていた。
 今日中には退院して明日からまた登校できるだろうということだった。

 颯には彼女の救世主である五城君のことを紹介した。
 犯人の三花みはな先生が警察に逮捕されたことについては、警察からすでに連絡が入っていたらしい。

 昨晩と今朝の二回に分けて警察から事情聴取を受けたことなどを話していると、回診の時間が来たとかで病院の先生がやってきた。

「颯、私たちはそろそろ帰るね」

「うん。また明日ね」

 私と五城君は颯のご両親にも挨拶をして病室を出た。

 病院のエントランスを出たところで担任の島津しまづ先生に遭った。

 黒いスカートスーツを着た島津先生は、警察署での聴取が終わって病院に直行してきたのだと言った。

泉湖いずこさんの様子はどうだった?」

「もうすっかり元気そうでした」

「そう。よかった……」

 先生から深い溜め息が吐き出された。
 かなりお疲れのようだ。

 しかし先生はすぐに表情を引きしめ、五城君の正面に立った。

「ふな――」

「五城です」

「おっほん、失礼、五城君。このたびは本当にありがとう」

 そう言って先生が頭を下げた。
 五城君は慌てて両手を前に出して振る。

「いえいえ、そんな、頭を上げてください。それより、早く泉湖さんの所へ行ってあげてください」

「そうね。ありがとう」

 病院に入っていく先生を見送った私たちは、昼食をともにするため近くのファーストフード店に入った。

 それぞれ好きなハンバーガーのセットを頼み、奥の方の席に着く。

「それにしても、けっこう危なかったんじゃない? 警察が来るのがもう少し遅かったら、三花先生に襲われていたかもしれないよね?」

 お互いにハンバーガーをかじったりストローに吸い付いたりしながら昨日のことを振り返る。

「もちろん想定していたさ。僕はこれを持っていたから、もしそうなっても大丈夫だったと思うよ」

 五城君はそう言ってポケットから何かを取り出した。
 それは黒い小さなスプレー缶で、表面には英語の白字で何か書かれている。

「殺虫剤?」

「護身用の催涙スプレー」

「え? じゃあ最初から七不思議は人間の仕業だと分かっていたってこと?」

「ピアノのネズミ、幽霊鏡、十三段の階段はさすがに関係ないけれど、他の不思議は人の手によるものだと見当はつけていたよ。ベートーベンの肖像画は三花先生が生徒を怖がらせて夜に学校に残らせないためにやったことだろう。残りの三つの不思議も人の手が加わらないと説明が難しいものだった」

「なるほど……」

 説明されると納得できる。
 しかしこうして解明されるまでは、私は七不思議が実在すると信じてしまっていた。
 怪奇現象が七つもあるのなら、それはもう超常的な力が働いているに違いないと思い込んでいた。

「あっ! 催涙スプレーがあるならトイレで逃げる必要あった? 私、怖くて死にそうだったんだからね!」

「あれは場所が狭かったからだよ。トイレの正面にいたのは小鳥遊さんだったし、あの状況では催涙スプレーは使えない」

 五城君は私をなだめるように説明してくれた。
 たしかに催涙スプレーを使うには私が間にいて邪魔だっただろう。私が人質になっていた可能性もある。
 私がいなければ五城君は一人で戦っていたはず。
 そう考えると複雑な心境になる。

 五城君は催涙スプレーを至近距離で使うことで自分も巻き添えを食らいたくはないという仕草を見せてくる。
 きっと私が邪魔だったという意味ではないとフォローしているのだろう。
 五城君は優しい。

「あ、そういえば……」

 すっかり忘れていたが、私は五城君に訊きたいことがあったのだ。それをいま思い出した。
 本当に些細なことなのだが、喉の奥の小骨のように頭の片隅に引っかかっていたことだ。

「席替えのとき、五城君は私に顔色が悪いと言って、『不吉な番号だった?』と尋ねたでしょう?」

「うん。そうだね」

「なんであんなことを訊いたの? 私がまだクジの紙を開いていないことは一目瞭然だったのに、頭のキレる五城君がそんなことを訊くのがに落ちなくて……」

「ああ、あれね……」

 ポテトを数本まとめて口に運ぶと、五城君は視線を上に向け、しばらくモグモグしていた。
 自分でも不自然な質問だったと思っているようだ。

 私が黙って待っていると、五城君はようやく説明してくれた。

「あれは君の席番を確認するためだったんだよ。実は島津先生とはグルで、あの席替えは僕が小鳥遊たかなしさんの隣になれるよう取り計らってもらうためのものだったんだ」

「え、なんで……?」

 私は八つ目の不思議に襲われた気分だった。
 様々な疑問が私の脳裏に浮かんでは消えて、何から問い正さねばならないのか分からず混乱してしまった。

 五城君は残りのハンバーガーとポテトを頬張り、ドリンクで流し込んだ。

「小鳥遊さん。実はね、僕はとある探偵事務所から派遣された探偵なんだ。実際には中学生ではなく高校生。行方不明の泉湖さんを捜索することを目的に、転入という形で潜入したんだよ。君は泉湖さんの親友で、先週の土曜日に深夜の学校に一緒に行っていた。だから君から話を聞くために隣にしてもらった」

 五城君の口から語られた唐突な話に、私は理解が追いついていなかった。

 五城君は左手に巻いた腕時計に目をやると、立ち上がって運搬トレイを右手で拾い上げた。

「小鳥遊さん、ごめん。もう行かなくちゃ」

 五城君は左手を振ってニコリと笑った。
 少し申し訳なさのにじむ笑顔だった。

 私はまだ思考も気持ちも整理できていないが、とにかく追いかけなければと思い、立ち上がる。
 しかし、私のトレイにはまだハンバーガーもポテトもドリンクも残っていた。
 どうしようか迷っていると、五城君を見失ってしまった。

 仕方なく私は椅子に座り、残ったジャンクフードを片付けることにした。

***

 翌朝、登校して自分の席に着いた私は、自然と視線を隣の席にやっていた。
 五城君はまだ来ていない。

 昨晩は五城君にスマートフォンでメッセージを送ろうかと何度も迷ったが、結局、送らなかった。今日学校で話せると思ったからだ。

 しかしその思惑は外れた。
 冷静に考えれば分かったはずの現実を、朝礼で島津先生に突きつけられた。

「えー、皆さんにお知らせがあります。先週転入してきたばかりの五城君ですが、急遽きゅうきょまた転校することになりました。五城君からは『一週間という短い間でしたが、仲良くしてくれてありがとう』と伝言を預かりました。寂しくなりますが――」

 それ以降の先生の言葉は頭に入ってこなかった。

 すすり泣きが聞こえると思ったら、早乙女さおとめさんが両手を顔で覆って泣いていた。
 彼女は五城君が好きだったのだろう。彼女はいまこの瞬間に失恋したのだ。

 私の心にもポッカリと穴が開いている気がする。
 五城君がいないから、窓から差し込む陽の光がさえぎられることなく私を刺す。
 まるで心の穴の向こうから陽が差し込んできているみたいだった。

 昨日、五城君が自分の正体を明かしていなかったら、きっと私も泣いていただろう。
 早乙女さんの十倍は大泣きしていたかもしれない。

 しかし昨日、ハンバーガーを食べながら彼の話を聞いた時点で、彼が私には手の届かない人物なのだと察した。
 だからいま冷静でいられるのだと思う。

 学校が終わって帰宅した私は、鞄からスマートフォンを取り出した。
 未練がましくも、まだメッセージのやり取りをできるのではないか、などと思っていた。

 画面を見ると、一件の通知が来ている。
 その送り主は五城君だった。

 私の胸は高鳴った。土曜日に学校で経験したようなドキドキが私を襲う。
 ベッドに飛び込みながら、急いで彼のメッセージを表示させて文字に視線を走らせた。

 小鳥遊さん、お疲れ様でした。これが最後の連絡になります。
 小鳥遊さんが協力してくれたおかげで泉湖さんを助け出すことができ、そして事件を解決できました。ありがとうございました。
 本当は正体を明かさないつもりでしたが、正直に話したほうが君の傷が小さくなると思って正直に話しました。
 それでは、さよならです。今後も小鳥遊さんが泉湖さんと楽しい学校生活を送れることを願っています。

 P.S. 小鳥遊さんが悲鳴を上げて慌てふためく姿、おもしろかったです。

「ばか……」

 私の不意を突くように、スマートフォンの画面に雫が落ちた。

 私は枕に顔を押し付けて声を殺した。

***

環菜かんな、ご飯よぉー!」

 母の遠くからの呼び声で目が覚めた。
 どうやら寝落ちしていたらしい。

「いま行くーっ!」

 寝て起きたら落ち着いていた。
 再び五城君のメッセージに目を通す。
 二度目は笑って読むことができた。

「嘘つき……。なにが『正体を明かさないつもりでした』よ。結局、本名を教えてくれなかったじゃない」

 私も彼に最後のメッセージを送ることにした。
 どうせ彼がそれを見ることはないだろう。もう会うこともないし、返事が返ってくることもないだろうから、好き放題に言いたいことを送ってやる。

 私はメッセージを送ると、スマートフォンをベッドの上に放ってご飯を食べに自室を出た。

 転校生探偵は七つの不思議を暴いたが、結局、最後に一つの不思議を残していった。

 五城いつき一輝いつき

 おそらく偽名の彼は、存在そのものが謎であり、新たな不思議であった。

 小鳥遊環菜のスマートフォンの画面が省電力モードで薄暗くなった。

 『ばーか。……好き』というメッセージに既読が付いた後、五城一輝のアカウントは消え去った。

-おわり-

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日和崎よしな
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