山本太郎戎橋演説は許可が必要だったのか?
ポイント
①大阪府条例とされているものは「条例」ではなく「規則」
②「一般交通に著しい影響を及ぼすような」ものでなければ許可は必要ない
③表現の自由は最大限の尊重を必要とする
経緯
2020年10月12日、大阪ミナミ(戎橋)でれいわ新選組代表山本太郎さんが演説中、警察から演説の中止を求められたという問題です。詳しい経緯はこちらの記事を参照してください。
大阪府条例で許可が必要?
この問題を巡って、このような画像が「大阪府条例では許可が必要。許可を取らなかったのが悪い」として出回っています。確かにこれを見ると、「道路に人が集まるような方法で、演説」をする場合、「所長の許可を受けなければならない」と書かれています。
「条例」ではなく「規則」
上の画像には法令の名前が書かれていませんが、これはどうやら「大阪府道路交通規則」の一部をスクショしたものです。「条例」ではなく「規則」です。ここ重要。
「条例」は地方自治体の議会が制定するものですが、「規則」は地方自治体の長が制定するものです。地方自治法第14条第2項には、「普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。」との規定があります。つまり、条例は法令に違反しない限りにおいて「義務を課し、又は権利を制限する」ことができますが、規則は「法令に特別の定め」がない限りは「義務を課し、又は権利を制限する」ことはできないということです。
地方自治法(抜粋)
第十四条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。
○2 普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。
○3 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮こ、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。
第十五条 普通地方公共団体の長は、法令に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、規則を制定することができる。
○2 普通地方公共団体の長は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、普通地方公共団体の規則中に、規則に違反した者に対し、五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。
そのため、大阪府道路交通規則単独では、「義務を課し、又は権利を制限する」ことはできません。実際、大阪府道路交通規則第15条には、「法第77条第1項第4号の規定により」の文言が入っています。
大阪府道路交通規則(抜粋)
第15条 法第77条第1項第4号の規定により署長の許可を受けなければならないものとして定める行為は、次の各号に掲げるもの(公職選挙法の規定に基づきすることができる選挙運動のためにするもの及び選挙運動期間中における政治活動として行うものを除く。)とする。
(4) 道路に人が集まるような方法で、演説、演芸、奏楽、映写、ロケーション等をし、又は拡声器、ラジオ、テレビジョン等の放送をすること。
「法」とは「道路交通法」のことです。道路交通法第77条第1項および同項第4号には次のように書かれています。
道路交通法(抜粋)
第七十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について当該行為に係る場所を管轄する警察署長(以下この節において「所轄警察署長」という。)の許可(当該行為に係る場所が同一の公安委員会の管理に属する二以上の警察署長の管轄にわたるときは、そのいずれかの所轄警察署長の許可。以下この節において同じ。)を受けなければならない。
四 前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーシヨンをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者
どのような行為が規制されるのか
第4号を分かりやすく書くと、こうなります。
①一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為
又は
②道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為
で、
③公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたもの
つまり、①または②に該当する行為のうち、公安委員会が定めたもの(③)のみが規制の対象であるということです。「公安委員会が定めたもの」とはすなわち、大阪府道路交通規則第15条に規定する内容のことです。
ということで、大阪府道路交通規則第15条を、道路交通法第77条第4号に「代入」するとこうなります。
①一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為
又は
②道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為
で、
③道路に人が集まるような方法で、演説、演芸、奏楽、映写、ロケーション等をし、又は拡声器、ラジオ、テレビジョン等の放送をすること。
このような論理構造になっています。つまり、③単独では規制の対象にはならず、①または②にも該当するものである必要があります。そのため、単に「道路に人が集まるような方法で、演説」をしていたというだけでは、規制の対象とはならないということです。
今回の街頭演説は、「通行の形態若しくは方法により道路を使用する」ものではないため、①は対象外となります。②の「道路に人が集ま」るものであることは確かであるため、論点は演説により道路に人が集まることが「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」であるかどうかということになります。
判例(2020/10/13追記)
道路交通法第77条の解釈を巡っては、「有楽町駅前ビラまき事件」の判例があります。
有楽町駅前ビラまき事件東京高裁判決(東京高判昭和41年2月28日)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/007/021007_hanrei.pdf
よつて判断するに、道路交通法(以下単に法という)第七七条第一項第四号により公安委員会が定めることを委任されている行為の範囲は、法自体において明示するところの、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを前提とするものであることは、法文上疑をいれる余地がないばかりでなく、(中略)法第七七条第一項第四号の規定により公安委員会が定めた行為であつても、一般にそれが法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に該当すると解することができなければ、法定の要許可行為とならないことはいうまでもない。
この部分は、上の「どのような行為が規制されるのか」で述べたことと同様の主張です。公安委員会が定めた行為(今回でいう「大阪府道路交通規則」第15条)が全て許可を必要とするわけではなく、「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」である必要があるということです。
そして、ここに一般交通に著しい影響を及ぼすような行為とは、検察官所論のとおり、必ずしも現に一般交通に著しい影響を及ぼす行為に限るものではなく、一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られる行為、換言すればその意味で一般交通に著しい影響を及ぼすおそれのある行為であれば足りると解すべきことは、法第七七条第二項第一号第二号の規定の存することからしてもうかがわれるところであるけれども、その「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度については、(中略)法第七七条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には、その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由、生活上の権利に関するもの等も含まれるので、これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画するため、とくに「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは、それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。
ここで、「一般交通に著しい影響を及ぼすおそれのある行為であれば足りる」と書かれているのは、道路交通法第77条の許可は事前の許可であるため、現に「著しい影響」が及んだかどうかにかかわらず、「予測」で構わないということです。ただし、その場合も、今回のような表現の自由などとの調和を考えた場合に、一般交通に与える支障の程度は「相当高度のもの」である必要があるという判断を示しています。
表現の自由と公共の福祉
この問題を考えるに当たって、もう一つの大きな論点は、今回の街頭演説への中止命令が憲法第21条の「表現の自由」を侵害するのではないかということです。また、憲法第13条には、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」との規定があります。
日本国憲法(抜粋)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
すなわち、道路交通法第77条および、大阪府道路交通規則第15条に基づく規制は、「公共の福祉」に反する行為のみを対象とするものでなければならないということになります。公共の福祉とは、「社会の秩序」や「全体の利益」という意味ではなく、「他者の人権を侵害しないこと」を意味します。
例えば、今回の街頭演説が、道路を完全に占拠して、道行く人々を無理矢理立ち止まらせて話を聞かせるような方法で行われていた場合には、他者の人権を侵害することになりますが、実際にはそのような事態は生じていません。「一般交通に著しい影響を及ぼす」の解釈も、「公共の福祉に反するかどうか(他者の人権を侵害しているかどうか)」という観点で行われるべきです。
考察(2020/10/13追記)
東スポの記事には、「事前に許可申請を行ったが南署が拒否していた」という記述があります。れいわ新選組が事前に許可申請を行っていることから、当初は「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当するような街頭演説を行う予定であったと仮定します。
しかし、現に「一般交通に著しい影響を及ぼす」ことはなかったのです。それはこちらの動画からも明らかです。
ここから言えることとして、れいわ新選組は当初は「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当するような街頭演説を行う予定であったが、道路使用許可を得られなかったため、「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当しないような形で街頭演説を実施した、と考えるのが自然です。だから現に「一般交通に著しい影響を及ぼす」ことはなかったわけです。
「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当しないような形というのは例えば、このような方法が考えられます。
・常に交通状況を注視し、「一般交通に著しい影響」が及ぶ可能性が少しでも生じた時点で街頭演説を終了する
・一定人数以上が止まらないよう、常に通路を確保した状態で街頭演説を実施する
・事前告知をせず、ゲリラ的な街頭演説を時間を限って実施する
このようにして実施した場合は、そもそも「一般交通に著しい影響を及ぼすおそれ」自体が存在しないわけですから、「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当するとは言えないでしょう。