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繰り返す痛み

「バケモノめ」
この奇妙な身体は、人が恐怖する対象だったらしい。
物心ついた時からずっと視てきたお決まりの台詞。俺だって、なりたくてこうなったわけじゃない。視たくもないその感情が、たとえ目を塞いでも視えてしまう。どれだけ取り繕われても、俺にはわかってしまう。俺の前で笑顔を浮かべるお前が、俺を気味悪がっていることも。やめてくれよ。そんな嘘、虚しくなるだけなんだ。希望なんて、持たせないでくれ。
 ある日気付いた。俺が嫌いな嘘を、俺に視せないものがあるって。それは機械という無機物だった。この都市に蔓延る、何より都市にとって大事なもの。お前たちがしんどくなったら、俺は助けてあげられる。直してやったら、駆動で感謝を伝えてくれる。嘘偽りない、ただひとつの真実。俺は本気でお前たちのために生きると決意したんだ。
 どんな機械でも直せる俺の噂を聞いて、あちこちから何人もの人が訪ねて来た。俺を凄いだとか、一緒に働いて欲しいだとか、様々な理由を並べ立てては居たが、誰も彼もが俺の姿を見て気味悪がった。結局世界なんてものは、シュトーディア・ロンゼンを機械工として認めていたわけではなく、この奇妙な才能を利用したかっただけに過ぎなかった。
 …またノックの音が響いた。どうせまた嘘だらけの勧誘だろう。面倒くさい。だが機械工は評判が全て。仕方なく陽気そうに返事をして扉を開けた。
「はいはーい。今は依頼以外は…………は?」
目の前にこの都市の最高指導者が居た。若くして成り上がったと有名な政府のトップ、ミシェル・ヴィエルヌが、なんでこんな西区付近の辺境に居るんだ。
「シュトーディア・ロンゼンだな?」
威厳のある声で、開口一番そう問い掛けられた。別段厳しそうな表情では無いし、なんなら綻んだ笑顔ですらあるが、それがかえって不気味だった。
「あぁ…はい。俺がそうだけど。なにか用が…?」
「お前を買いに来た。」
一体何を言っているのか、俺の頭では微塵も考えられなかった。とりあえず狭いガレージに招き入れ、薄いコーヒーを出した。ミシェルさんは嫌な顔ひとつせずそれを受け取り、経緯を説明し始めた。どうやら前に俺を勧誘して来た奴の中に、軍属の技術班も居たらしい。何故かはしらないが、俺の才能が欲しくて直談判に来るも、俺自身が、お前には嘘しか視えないから無理だ、と断ったらしい。全ての勧誘をそれで断っているから、当たり前と言えば当たり前なのだが、本当にどの人か検討もつかなかった。
 目の前の人は、何一つ非が無いのにも関わらず、深々と頭を下げて丁寧に俺に謝罪した。
「本当にすまなかった。お前の能力は知っている、心を読んでもらっても構わない。」
こんなことが見ず知らずの他人に言えるのか。誰かのために頭を下げることができるような人間を、俺は初めて見た。だが、視ないことには、やはり俺は人を信じることが出来ない。もうずっと十数年もそうして生きてきた。だから俺はいつもよりほんの少しだけ、罪悪感を感じながら彼女を視た。
 いや、本当にそれは彼女だったのだろうか。今でも分からない。確かに誠実な思いは伝わってきた。俺を買いたいのも本当だろう。だがこの気持ち悪さはなんだ?異常だ。何人もの輪郭が重なって1人を形成しているような激しい異物感に襲われ、これ以上視てはいけないと脳が警告を発していた。
「大丈夫か…?そうか、お前は心以外も読めるのだな」
ひたすらに不気味だった。嘘などとは次元の違う不快感。絶対に聞いてはいけないというプレッシャー…そんな何かに耐えきれなくなって、どこかで意識が途切れた。
 俺は気付いた時には政府のお抱え、マキナの整備士になっていた。無論俺には願ってもない話だったが…。今でもあの違和感の正体を教えてくれていないところを見るに、俺なんかには言えないんだろう。俺ではなく、才能だけを買われていることも、嘘で隠されていることも全部分かって受け入れたはずなのに。時々胸が痛む。きっとまだ、俺はどこかで人を信じたがっているんだろうな。
 …来客だ。最近は機械停止騒ぎもあったし、その関連かもな。さて、
「はいはーい。開いてるから適当に…」
「すみません。シュトーディア・ロンゼン様はこちらにいらっしゃいますか?私は、この度貴方の護衛を担当させていただくマグナ・アンジェリキと申します──」
…って軍の人じゃねぇか。

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