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【JOHN DANIEL'S】 -mid fiction-

 時は1971年。ニョーヨークマンハッタンにあるライブハウスFILLMORE EASTが、音楽産業の変化とコンサート事業の急激な成長を受け幕を閉じようとしていた。
 全盛期には、ジミ・ヘンドリックス、オールマンブラザーズバンドなど、名だたるアーティストが夜を賑わせ「The Church of Rock and Roll(ロックンロールの教会)」と称されていた。
 1971年6月27日。オーナーのビルは限られた招待客で最後のコンサートを開いた。演者は錚々たるメンバー、招待客もクライマックスに花を添えるかのような派手な衣装に身を包み、掻き鳴るギターに酔いしれた。   
 ステージの反対側に位置する薄暗いバーカウンターでは、男2人が静かにロックグラスを傾けていた。他の客達は煙たそうに男達の間から酒を注文していたが、バーテン達は顔馴染みなのか、何やら真剣に話していた。
 キャップを深く被り、くたびれたグレーのスウェットにデニム、足元は頑丈なワークブーツを履いた彼らの風貌の違いはメガネをかけている方は黒髪、もう一方は金髪ぐらいなものだった。
 コンサートが終盤に差し掛かった頃、オーナーのビルは酒を頼みにバーカウンターへ向かった。会場に立ち込める紫の煙と盛り上がる客達でよく見えないが、そのカウンターの男達と口論している様子が見てとれた。
 しばらくすると、男の1人がJACK DANIEL'Sのボトルをカウンターに叩くように置き、ビルの話を遮るように何か紙切れのようなものをばら撒き店を出て行った。
 さっきまでカウンター越しにいたバーテンは、慌てた様子で床に散らばったそれを大切そうに拾い集めていた。さっき男がばら撒いた紙切れの様なものはモノクロの写真だった。
 拾うのを手伝おうと、少し離れた所に落ちていた写真に目を落とすと、さっきまでカウンターに座っていた男達が写っていた。写真の2人は、1枚のドアの前に立ち、さっきとはまるで別人の様な笑顔を向けている。くたびれていたスウェットはまだ黒く、デニムもまた、青い。
 そして良くみるとそのドアはここFILLMORE EASTの入口ドアだ。モノクロ写真だが、突き抜ける様な青空が手に取る様に伝わってくる。首からカメラをさげた男は白い息で眼鏡が曇り、金髪の男は手に道具の様なものを持っている。何かの作業の後なのか、2人とも顔が汚れていた。
 拾った写真をバーテンに渡すと、少しニコッとしてカウンターへ戻り、写真を大切にまとめ、棚の上へそっと置いた。何気なく椅子に座ると、バーテンは無言のままJACK DANIEL'Sのボトルをカウンターへドンと置き、ロックグラスに乱暴に注ぎ入れると一枚写真を取り、暫くの沈黙のあと、写真の中のドアを指差し話した。
 「このドア、知ってるだろ?そう、ここの入口だよ。」
 バーテンはタバコに火を付けて、続ける。
 「オープンから今まで、ここに来るたくさんの連中を迎え入れたドアだ。無骨な取手がついた、なんて事ない一枚のドアだが、このドアを開けて進む道は、人それぞれ違うんだ。」
 酒をグッと飲み、もう一枚写真を出す。
 「ほら、この3人わかるか?真ん中がオーナーのビルで、両サイドがさっき店を出て行った2人だ。この3人は、実はガキの頃からのツレでさ、ずっとアマチュアバンドをやってたんだよ。
 ここの裏にある、工場の脇のボロい小屋を自分達でコツコツ直してスタジオにしていたんだ。結局バンドとして花は咲かず、皆別々の道に進んだんだ。1人はカメラマン、もう1人は職人、ビルだけは諦めきれず借金して小さなレコード屋をやりながらギターを続けた。
 3人が別の道に進み出す前日、ボロ小屋のスタジオで酒を浴びるほど飲み明かした。彼らはJACK DANIEL'Sの事を"JOHN DANIEL'Sって呼ぶんだよ、笑っちゃうだろ?
 ベロベロになった3人は、肩を組みながら小屋のドアを開け、外に出た。長年連れ添った阿吽の呼吸っていうのかな、いつものグータッチで別れようとした時、ビルがポケットからマジックペンを取り出して、急にドアにFILLMORE EASTって書いてこう言った。」
「俺は必ずギタリストとして成功する!もしギタリストとして成功できなかったらFILLMORE EASTってライブハウスをド派手に作ってやる!」と。
 3人は約束した。俺たちは別々の道を進む。その道は険しいだろう。時には金や欲望に翻弄されて自分を見失うかもしれない、それでも自分を信じ、魂だけは絶対に売らない
と。
 それから10年、3人は約束通り魂だけは売らなかった。

 2人のもとに、ビルから連絡が入った。
 「元気してるか?お前ら覚えてるかわからないけど、遂にライブハウス始めるぞ。その名もFILLMORE EASTだ。」
 3人はすぐにあの小屋に集まった。小屋は更にボロくなってはいたが、奇跡的に形は留めていた。3人は一瞬にして当時に戻り、JHONを飲み明かした。
 ここまでの過程の話はしなかった。魂を売って無いことだけは明らかだったからだ。
 外が明るくなってきた頃、3人は肩を組み、歌いながら小屋を出た。ドアはボロボロでずっと半開きだった。何かに気付いたように金髪の男がドアに手をかけて言った。
 「ようビル、10年前にお前が書いたこれが現実になったんだ。せっかくだからこれを店の入口につけよう。」
 すかさずビルも返す。
 「おいおい、こんなボロいドアつけたら誰も来やしないだろ。」
 皆、大笑いした。
 ドアを一通り見回してから、もう一度ビルを見て言った。
 「大丈夫。任せておけよ。」

 3日後、FILLMORE EASTオープンを控え、ビルは息つく間もなく店内を駆け回っていた。オープンの様子を納めようと、カメラマンの男もシャッターを切っていた。
 太陽が真上に登り皆がヘロヘロになった頃、金髪の男が重たい石の様なドアを持って現れた。
 小屋のボロドアをリメイクして持って来たのだ。3人は入口付近を片付け、ドアを取り付け、ハイタッチをした。そして記念にドアの前で写真を撮った。

 それから4年、2人に一通の招待状が届いた。そこには、FILLMORE EAST FINALと書いてあった。ビルの活躍を噂で耳にしていただけに、驚いた2人は慌てて彼と会う約束した。しかし約束の日、小屋にビルは来なかった。代わりにFILLMORE EASTのバーテンを寄越した。
「ビルは忙しく、スケジュールが合わなかった。彼の代わりとして来たのを許してくれ。2人の事は良く知っている。当時はビルから毎晩のように君たちの話を聞かされたもんだよ、、、。」
 バーテンは続ける。
 「実はここ最近の音楽業界の急激な変化のせいで、FILLMORE EASTの経営も悪化していたんだが、ある企業から店舗買取の話があったんだ。
高額で条件も良く、再建築の後に入る予定の銀行で、雇用までしてもらえると。」
 金髪の男は怒鳴るように言った。
 「ビルがネクタイを締めるだと!?ふざけるな、ビルが本当にそれを理由にやめるっていうのか!?」
 バーテンは頷く事しかできなかった。


 マンハッタンは、何事も無かったかのようにいつもの日常に戻った。突き抜ける様な青空の下、白い息が行き交う。FILLMORE EASTは銀行へと姿を変え、街から温度と色気が消えた。

 FILLMORE EASTの建物解体中は、ファン達が建物に残った物を違法に持ち帰り、パニックになっていたらしい。

 ドアはどうなったかって?

 入口のドアだけは、キャップを深く被った3人の男が外して、どこかへ持っていっちまったらしい。
 くたびれたグレーのスウェットを着て、JACK DANIEL'Sを飲んで大騒ぎしてたとさ。


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