夢のような魔法の恋をした 第15話
『佐野へ、太田の花火大会』
8月
彼女は再び、サプライズで彼の佐野宅に訪問した。
土日を使ってもいたが、彼女の情熱は
金曜日の仕事後に、彼のいる場所に向かうことは簡単だった。
もう、佐野の静かな夜の道でも、迷わなかった。
それよりも
佐野の暑さは、一言でいえばすさまじい。
昼間 エアコンを消して、出掛けてから帰宅すると
部屋の温度計は40度を越えていた。
2人は
太田市の花火大会に行ってみることにした。
行きは 最寄駅からのシャトルバスに乗っての移動だったはずだ。
夏の夜、屋台を見ながら一緒に歩く。あまりの暑さに、かき氷を食べた。
彼女はイチゴ味。
彼はブルーハワイ味。
案の定、舌が青くなったのをドヤ顔で彼女に見せつける彼。
2人は爆笑する。
花火が上がりはじめる。
花火は、都会でみたそれとはスケールが違った。
初めてみる、花火のあまりの大きさに
彼女は立ち上がって、静かにたたずんだ。
身体中に響く爆発の音と
真っ暗な空の目の前に迫る大きな光の煌めきに、
心はうち震え、喜びは天に昇った。
彼も今回は、リアクションがない。
おそらく、同じように感じていたのかもしれない。
1つ1つの花火は大きくうち上がり、
私たちの少し上で花ひらいた。
感じたことのない、満面の笑顔になる感情。
まわりの人々も皆、笑顔だった。
目の前の事に夢中になるとはこのことだった。
「花火、めちゃめちゃ大きいね!」
「おー!これはヤバいね!」
花火はクライマックスを迎え、彼女を新しい世界観に導いた。
都会で観る花火とは違うということ。
幸せな時間はひとまずそこまで。
花火大会の後のこと
〈行きはよいよい帰りは怖い〉が迫る。
帰りのシャトルバスを待っていたが
満員続きで結局、2人は乗れなかった。
花火大会後、時間だけが経過していた。
つまり、最寄駅まではタクシーか徒歩を選択しなければならなくなった。
タクシーは暗黙の了解(経済的な理由)で最後の砦。
彼女は焦った。
「どうしよう。最寄駅までの道がわからない。」
「道路標識をみたりすれば、なんとかなりそうだよ。」
6歳上の彼は冷静だった。先を歩く彼の後を付いていく。
しばらくして、終電と今の時間を確認しようと
折り畳み式の携帯を見た彼女は叫んだ。
「マズイよ!距離感わからないけれど、このままだと
最寄駅からの終電に間に合わないかも?!」
「終電に間に合わないのは、この場所ではヤバすぎるなあー!」
「Mくん、走ろう?!」
彼女は、車道沿いに走り出した。
彼もつづく。とっくに涼しくなっている時間に、
彼女は、汗だくで走り続けた。
時計を見るのがこわかった。
時々、彼が側にいるかを確認する。
全力疾走は、いくら若くても長くは続かない。
脚の筋肉に疲労がやってきた。息が苦しい。
彼は肌が浅黒いので、顔色がわからないがTシャツは汗まみれだった。
早歩きになり、息を整えつつ
現在地を彼のナビで把握する。恐る恐る時計を見た。
頑張れば、間に合う!!
2人は残りの体力を使いきる勢いで走り出した。
終電に間に合わせるには、これしかない。
タクシーのことは、頭になかった。
というより、道路にタクシーが走っていなかった。
落胆する暇はなかった。
疲れても、競歩のはやさで先へ進む。
息が整いだすと、また走り出す。
最寄駅に到着すると、最終電車がホームにきている。
2人はその電車に急いで乗り込んだ。
車両には、場所柄、さすがに2人以外誰もいない。
とても疲れているはずの彼女は笑いだした。
疲れ過ぎておかしくなっていたかもしれない。
「スゴい!スゴいよ!間に合ったよMくん!(笑)」
「これは、佐野の伝説だね!(笑)」
謎の言葉と笑いながらドヤ顔で彼はこたえる。
とてつもない達成感に、大きな声をあげて笑うしかなかった。
誰もいない電車内という環境が、ゆるしていたと思う。
この喜びは、いまでも鮮明に覚えている。
佐野は雷もまたすごかった。
光った途端に直ぐにドーン!と鳴る近さ。
ドドドーンと立て続けに、自分の側に落ちたのかと思うほどの
轟く音が、頭と心に衝撃を与える。
〈地震 雷 火事 オヤジ〉とは言うが
こんなに怖い雷ははじめてだった。
大人になりきれていない彼女は
「キャー!コワイコワイ!!ウワー!光った!くるくる!!」
ビビりまくっていた。
彼は、ベランダの外をみながら
「佐野の雷は大きいよねー!」と言いながら、
また、ドヤ顔で普段吸わない たばこを吸う仕草をする。
(余裕じゃーん!)彼女は羨ましかった。
秋
佐野の2人は、熱い夜を過ごすようになっていた。
詳しくはご想像におまかせします。
具体的には、その頃
彼女は初めて性の悦びを知ったのだった。
彼女は、彼が練習をする間 色々な音楽を聴いた。
彼の好きな音楽、彼女自身のも。
道路の車が走る音が響くだけの街の静けさのなか
アスファルトを歩きながら
マイケル・ジャクソンの「Stranger in Moscow」を聴くのが好きだった。
曲の始めに、静かに雨がふる。前奏のあと、マイケルの声がはじまる。
歌詞はわからないが感傷的な気持ちになった。
昼下がりのひとときに彼がよく流す
ランディ・クロフォード(RANDY CRAWFORD)の
「絹の響き(RAW SILK)」という曲は彼女も聴くのが楽しみになった。
静かな夜の部屋で彼を待つとき
globeの「a picture on my mind」という曲は、ドラムからはじまる。彼女は、彼を想ってそれを聴いたこともあった。
時期は飛ぶが
佐野の冬の寒さもまた、彼女にも初めての寒さだった。
朝起きると、温度計が示すマイナスの世界。
静かで、息が白くて、布団から出られない。
勢いで、起きて支度をしていた。
彼女は、どこにいても冬のはりつめた空気が大好きだった。
冬になる度、夜の鮮やかな星空にオリオン座を探す。
時には、お台場の強い風に吹かれながら、美しい星たちに見惚れた。
この頃、彼女にとって
この恋は福山雅治さんの「ひまわり」の歌を
そのまま形にしたような恋愛だった。
夢を見ていました あなたと暮らした夏
それは かけがえのない 永遠の季節のこと
まっすぐに 伸びてゆく
ひまわりのような人でした
黄昏に 頬染めて ひざ枕
薫る風 風鈴は 子守歌
いつだって いつだって
あなたがそばにいてくれるだけで
それでよかった
佐野に滞在した彼が彼女と帰るとき
毎回のように、話の中で
彼は「社会復帰、難(なん)。」と大袈裟に言葉にした。
彼女は、「また、それー?(笑)大丈夫だよー!」
根拠のない自信が、真面目に彼を励ます。
ひまわりの咲く花壇を見つけた。彼女はひまわりが大好きだ。
見かける度に、当時の携帯とインスタントカメラでもよく撮影していた。
佐野から東京に帰っての最後の締めくくりは
いつものミスドで
これからの話をしながら、好物になっていたドーナッツを食べあった。
1人3つくらい!彼女も彼も、甘党だった。
それなのに、彼の細い身体が
彼女には羨ましくて仕方なかった。
普通体型の彼女だったが、隣に細い彼がいると
なんだか、自分も細くならないといけない気がした。
その思考がなのか、仕事のストレスからなのか、
いつからか、彼女自身を蝕みはじめた。