一期一会のことば 3*亡き父からのメッセージ
こんにちは、Reiraです。
今日は9月9日ですね。今年の2月に父が他界してから、同じ数字が並ぶと、父を思い出すようになりました。今日は何だか不思議なお話になってしまうので、現実味のない話は心地よくないよ、という方は、どうか本日はスルーでお願いします^^
『5:55』
これは、父が亡くなった時刻です。夕方の、この時間に父はひとつの生涯を終えました。その1時間前、母から『さっきお父さんの入院している病院から電話があって、今日の夜は急な呼び出しがあるかもしれないので、電話に出られるようにしておいてくださいと言われたよ。だから、覚悟しておいてね。』と電話がありました。
休日の午後、娘とお菓子を作っている最中のことでした。作りすぎたので、2~3日は家族みんなで毎日食べないとなぁと思っていました。電話の直後、不安な気持ちで「もしかしたら、それどころではなくなるかも。お菓子、捨てるしかないかな。」と妙に現実的な心配をしたのを覚えています。
実際には、夜中どころかその約1時間後に再び母から『お父さん、さっき、5:55に亡くなったって。』と電話が。病院は面会禁止でしたので、救急搬送されてから3週間、ひとりで病と闘った父でした。
亡くなった、という事実は本当にショックでしたが、一方でその時刻を聞いた瞬間、あぁ、お父さんやるなぁ・・・って思ったんです。エンジェルナンバーを遺してこの世を去るなんて、なかなか出来ることじゃないよなぁって。(もしかしたら、私が知らないだけかもしれませんが・・・)
そこからバタバタと準備をして、翌朝の新幹線で郷里に向かいました。夫と娘は葬儀前日に合流してくれることになり、母は車を運転しないので、私は自分と兄が動くためのレンタカーを、夫は自分と他の親族が乗るための大きなレンタカー及びホテルをそれぞれ予約。
そして、葬儀前日。夫がレンタカーを借りて家に迎えに来てくれたのですが、そのレンタカーのナンバーを見ると『888』。私のようなエンジェルナンバー素人?でも、8は繁栄・豊かさを象徴する数字、という程度の知識がありました。私は「あぁお父さん、良い数字をありがとう」と心の中で笑いました。
無事に葬儀が終わり、その夜は母を兄に任せ、私は主人と娘が泊まっていたホテルに泊まりました。怒涛の数日間を振り返り、なかなか寝付けないでいたとき、ふっとホテルの部屋番号『397』が浮かびました。何を考えるでもなく、ぼーっとその数字を頭の中で眺めていると・・・ひとつの言葉が浮かびました。
397=サンキューな!ってこと??
そう、きっとこの部屋番号は、父からの『ありがとうな!』というメッセージだと気がついたのです。
もちろん、葬儀が終わったことの安堵と連日の疲れで、その瞬間まで私は部屋番号のことなど、すっかり忘れていました。だからこそ、なんで急にその数字が思い浮かんだのか、本当に不思議でした。
この部屋は、父が亡くなった日の夜に夫が自分と娘が泊まるために急いで予約してくれたものです。最終日だけ、私も一泊する予定で。
私が泊まらなければ、『397』はただの番号、数字の羅列であり、なんの意味も持たなかったはず。ですが、きっと私なら気づくと父は分かっていて、どうにかして自分の「ありがとう」を伝えたくて、この部屋を準備してくれたのではないか・・・
そう思ったら、涙が溢れました。お父さん、私メッセージちゃんと受け取ったよ、ありがとうね、と。同時に、お酒と冗談が好きで、いつも周りを笑わせていた父らしいな、とも。
倒れる1ヶ月前までお世話になっていた介護施設。病院に救急搬送されてから荷物がそのままだったので、兄と引き取りに行きました。対応くださったスタッフの方が言うには、
自分ひとりでは車椅子に移ることもできず、右手が麻痺してテレビのボタン1つ押すのも苦労している中で、父はスタッフの方の顔を見れば『元気ないな、どうした?』と必ず声をかけ、冗談を言って笑わせてくれて、本当にこちらが元気をもらっていました、とのことでした。
『亡くなった事を聞いてみんな本当にショックを受けて落ち込んでしまって・・・あぁ、こんな事じゃまた〇〇さんに叱られますね。』と、最後は静かに笑ってくださいました。
生前、父が介護施設に入所が決まったとき、私に言ったことがありました。『お前には、俺に何かあった時のために手紙を書いておくから。』その時は、『分かった、ただお父さんがいなくても、ちゃんと私に分かるようにだけしておいてね。』と答えた記憶があります。
この時は父もまだ文字が書ける状態でしたので、手紙と言ったのだと思いますが、最期の遺品の中からは何もそれらしいものは出てきませんでした。
ですが、こうして考えてみると父は「私が受け取れる方法で」確かに私へのメッセージを遺してくれたのです。自分のことば、メッセージを数字に置き換えて。文字通りの「ことば」という形ではなくても、お前なら分かるだろ、という父の笑顔が浮かびます。
9は、物事の完成、ひとつのサイクルの終了。私もやっと、自分の中でくすぶっていた、父との無言のやり取りをこうして言葉にすることができました。ここまでお読みくださって、どうもありがとうございました。
今日も、皆さまの周りが幸せなメッセージで溢れていますように。心を込めて。