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2025/01/05 ゲイブ・キッドvsケニー・オメガの湯

卍固めの時のゲイブ選手の表情が全てだ、と思った。この表情のために全てが存在した。当日は、中継で観ていたがこのときだけ丁度料理に気を取られて観ておらず、フィニッシュまで観てああ、単なる危険技連発の試合だったな、いつまでこんな事を続けるのだろうと思っていた。

実況席で棚橋社長が泣く。ゲイブの新日本プロレスへの愛を感じる。アントニオ猪木の闘魂の継承。ごくごく内輪むけ、島国根性のマニア向けの感動のために、何度も頭を打ち付け、厚い木板の頑丈なテーブルに割り砕いて。凄さ、異常さに麻痺した観客のためにただ危険性や試合時間が引き伸ばされた試合に、その時は見えた。

このようなデスマッチライクの試合で相手を引き立たせレベルを引き上げようとする、移籍する/した外国人選手と、残留する選手との引き継ぎの儀式ような試合が、2023年から行われている。

この儀式に巻き込まれて、長期欠場や引退に追い込まれる選手も出てしまった。

またこの手の試合だったな、早く終わらせてほしい悪習だと思った。だが、思いの外、同じような意見をSNSで見なかった。もう少し2023年のウィル・オスプレイVSケニー・オメガの時のような、「凄いには凄かったが、過剰な凄惨さに頼りすぎている」という意見があって良いと思ったのだが、それが無かった。特にゲイブ・キッドが卍固めを出したことに称賛の声が高かった。単なるアントニオ猪木信者へのファンサービスだと思っていたが、後から見返して、この見逃した卍固めに全てが込められていたと気づいたのだった。

アップで取られた動画や写真が公式から出ていないので載せられないが、なんとも哀愁のこもった、泣きそうな表情をしていたのだ。これまで狂犬のように、ギラついた目をトレードマークにラフファイトと舌戦を展開していたゲイブ・キッドが。ここまでの意識が遠のくようなパイルドライバー、パワーボムの掛け合いで破壊し合っていた中で、一転してかけたクラシカルな関節技。動と静、怒りと悲しみのコントラストの中で、複雑な思いがにじみ出ていた。美しかった。

憧れて入団した異国の地の、伝統あるプロレス団体。しかし練習生の頃から、追いかける背中である先輩外国人レスラーたちの、オイルマネーで生まれた海外団体AEWへ移籍していく流れが始まった。日本の貨幣価値は弱まり、その流れは加速していく。ついには日本人トップ選手であるオカダ・カズチカまで移籍してしまった。お前たちはいつ移籍するんだとファンからの疑心暗鬼がつきまとう。狂犬ようなヒールでありながら、発言の端々に所属団体への愛をにじませるキャラクターが受けた。他の選手はリップサービスだが、己は違うと。しかし自分自身、この状況でいつまで、意地を通せるのかという葛藤がある。このままどこに行き着くのだろうかという不安がある。

それら全てが込められたような表情だった。今まで見せていた虚勢の裏に隠していたものを、その表情から感じ取ってしまった。

自分も観ていて泣いていた。中小の会社にいた頃の自分と、少しだけラップしたのかもしれない。そのようにして、多くの人の心に届いたのだろう。

この瞬間、このゲイブの表情をアップで捉えたカメラが、この試合の評価の全てだったのだと思う。少なくとも私にとってはそうだ。

多くの人が言う、団体の未来を託せるスターの誕生だったとは、まだ思わない。彼にはまだ華や色気が足りていないし、今回は敵対団体との戦いという特殊な状況と、名勝負製造機=ケニー・オメガの補助あっての成果を見せたに過ぎないからだ。この試合で新日本プロレスの未来が明るいことを示したとも、思わない。

ただそこには、ドラマとサイコロジーが確かにあったのだ。

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