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NHK MUSIC SPECIAL「藤井風 登れ、世界へ」を見て……

「登れ、世界へ」か…………。
既にだいぶ登ってるような気がするけどな。
「死ぬのがいいわ」がリリース後4年の時を経てもなお「海外で聞かれている日本の曲」チャートで常に3位くらいまでには入っているし、アメリカツアーも大成功、アメリカの超重要レーベル=リパブリック・レコードと契約し、現在はアジアツアーの真っ最中。
従来の日本のアーティストがそうそう登れなかった地点にまで上り詰めてるじゃない。
そんな、若干の違和感をタイトルに感じつつ、見始めたこの番組。
違った。
藤井風さんが登ろうとしている世界は、そんなもんじゃない、もっともっと高みにある、もっともっともっと険しい世界だった。

冒頭は、それこそ風さんが「登って」いるシーンだった。
「英語詞での楽曲づくりに苦しみ、息抜きにマネージャー氏に連れだしてもらったハイキング」であることを番組の最後に知るのだが、この時点では「風さん元気でやってるんだね」という安堵感しか感じなかった。
そう。風さんには大きなミッションが課せられていたのだ。

アメリカのレーベルからアルバムを出すということは、すなわち日本語詞じゃダメ、全曲英語詞のアルバムを制作しなきゃいけないということだ。
リパブリック・レコードの廊下にずらりと貼り出された、錚々たる世界的アーティストたち。テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデ……。その一画に「Fujii Kaze」も並べられたのだ。まさに「一切の言い訳はできない」状況。
番組は、NHK総合「tiny desk concerts JAPAN」(素晴らしかったですよね)の模様、アメリカツアーの一幕(伝説の「キーボード落下事件」が放送されたのは嬉しかった)などのきらびやかな様子と、LAのスタジオで一人孤独に楽曲制作にいそしむ風さんの様子とを交互に映し出す。
英語が堪能な風さん。それでも、「この表現で合っているのか?」「もっといい言葉があるのでは?」「メロディーに合う言葉が下りてこない」と、もがき苦しむ。スタッフもミュージシャンも誰もいない、たった一人のスタジオで。
「uninspiringすぎて」お菓子を食べるだけの時間が過ぎていったり、とうとうスタジオを飛び出して顔を覆いながらぐるぐるその辺を歩き回ったりもする。
「お散歩ですか?」気遣いながらそっと尋ねる取材者にひとこと「はい」。消え入りそうな声で。

マイケル・ジャクソンをはじめ、さまざまな洋楽に親しんできた風さん。
それら、自分が今まで聴いてきた英語の曲たちに「劣るようではダメだと思っていて」
何気ないようでいて、とてつもなく厳しい言葉だ。
正直、英語詞のアルバムを出したというだけなら、今までも日本のアーティストにも居ないわけではない。
けれど、並みいる大物洋楽アーティストたちの楽曲に劣らない英語詞のアルバムを作ろう、本気で彼らと肩を並べるんだ、という覚悟、強い意志をもって制作に臨んでいるアーティストは、そうそう出てきてなかったのではないか。

「3枚目のジンクス」と勝手に名づけてるんだけど、3rdアルバムって実は難しいと個人的に思っていた。
1stでシーンに衝撃を与え、2ndで人気を決定づけ、これで安泰かと思いきや、3rdでなんだか微妙な感じになってシーンから離れる結果になってしまったアーティストもいる。
藤井風はそうはならないでほしい、いやなるわけがない、だけど2ndから2年半もの時間が流れ去った、曲作りにだいぶ苦慮しているのだろうか、と、もやもややきもきしていた。
それがまさかの全曲英語詞になるのだとは!
大きな賭けかもしれない。転んだらただでは済まないだろう。

だけど。
♪I want you back♪ ♪I need you back♪
歌いだした風さんの、凛としたつややかな歌声を聴いて。
大丈夫と、確信した。
ピュアに音楽を愛し、自由闊達にやりたいことをやっていた、高校生くらいの頃の自分に戻ってきてほしい。
そんな思いが込められた歌だ。
勝負となる3rdアルバムではあるけれど、きっとピュアな自分を取り戻し、これまでの2枚のアルバムとはまた全然違う景色を私たちに見せてくれるに違いない。
「頑張る時」「頑張らない理由がない」とも。
ただ…………頑張りすぎないでね、時にはマネージャーさんにアクティビティに連れてってもらってね、身体だけは大事にしてね、と、祈るような気持ちでテレビの中の風さんを見つめる私だった。

日産スタジアム、アジアツアー、そんな中でも合間を縫うようにスタジオ入りし、電子ピアノとPC に向かう風さん。
私たちファンは彼の美しい面だけを見て楽しんでいるけれど、本人は自らの羽根を一枚一枚抜き取って音楽に昇華しているのだ。
そんな夕鶴のような姿をカメラの前で見せてくれたんだね。
いつまでもゆっくり待っています。どうか、風さん本人が一番納得のいく、最高だと思える音源を作っていって下さい。
私はずっとずっとずっと、風さんの歌声を愛し続けています。

最後になるが、ナレーションの仲野太賀さんの、風さんファンを公言しつつも決して出すぎず、抑えて風さんに寄り添うような語りも素晴らしかった。

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