オリジナル小話「チョコの軌跡」
本日2月14日。かれこれ16年間隣に住んでいる腐れ縁の幼馴染に、今年も手作りのチョコを渡す予定です。
鞄にチョコを入れ、少し化粧をして、お気に入りの服を着た。たぶん、可愛い、と思う。
親の運転する車に乗り、家を出た。
白い大きな建物。”総合病院”と書かれた看板の先。中に入り、彼のいる5階へ向かう。
詳しい病名等は教えてもらえない。ただ、治らない、というのは雰囲気で察している。きっと、大人にもなれない。
病室の前で、深呼吸。そうしないと、たぶん、泣いてしまうからだ。
扉を開け、中に入る。
白い病室。彼のお母さまが、ゆっくりと会釈してくれた。
「アンタ誰?」
そう、彼は言った。
「初めまして。お隣に引っ越してきた者です」
何度も何度も言い続けてきた台詞を繰り返す。彼と会うたびに言い続けるのだろう。何度も何度も、自分に言い聞かせる。彼にとって、私は知らない人。この思いは届かない。
「お近づきの印に、良かったらコレ」
何度も練習した言葉。泣きそうになるのを堪えて、笑顔で、チョコを渡す。
記憶障害。思い出すことも、新たに覚えることも出来ない彼。そんな彼でも、お菓子の好みは変わってない。カカオ80%のチョコ。
「もしかして、手作り?」
「すごい! よく分かりましたね!」
「箱が暖かくて、なんか、懐かしく感じたから。それに、今日は手作りの何かをもらえる気がしてた」
そう言って、彼は笑った。私の大好きな、大好きな、歯を見せた満面の笑み。思い出してもらえなくても、欲しい言葉を言ってもらえなくても、名前を呼んでもらえなくても。私はこの人に笑っていてほしいんだ。
「開けていい?」
「どうぞ」
彼はゆっくりと、丁寧に箱を開けてくれた。今年は、トリュフチョコにした。彼は、1つ手に取ると、口に含んだ。
目を閉じて味わってくれている。いつも、そうだった。変わらない仕草。私は、この光景を眺めている時間が好き。彼が私の事を忘れてしまっても、私はずっと覚えている。何度も繰り返した1年に1回だけの特別な日。
「毎年……ありがとな。桜」
そういって、顔を上げた彼は、泣いていた。
「手、握ってもいいか?」
私は、何度も何度も頷いた。彼の痩せ細った指が、私の指と絡まる。私より細くなっちゃったけど、大きな手。
これはきっと、神様がくれた奇跡だ。涙でぐちゃぐちゃになった酷い顔をした私の手を、彼はずっと握っていてくれた。
「誕生日おめでとう春斗」
~Fin~
こちらの短編は、Youtube等でご自由にお使いください。
その際、「冷音冷奈」という表記と、こちらのURLを記載していただくと
嬉しいです。
使用報告は不要ですが、して頂くと、見に行きます。
登場人物は、「桜」という16歳の女の子と、「春斗」という16歳の男の子。
春斗は、脳の病気の影響で、寿命も短く、記憶障害の為に、自分の事を含め桜の事は覚えていません。
……という補足だけですね。報われない恋のお話でした。
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