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アパートのおかしな大人たち

物心つくころに住んでいたアパートは、6畳一間で、風呂無し、共同便所でした。

その同じアパートには、お花の先生と呼ばれている女の人が一人で住んでいました。僕のオカンも時々生け花をその先生に教えてもらっていたように思います。

だけど、僕にとってお花の先生は、近寄り難いおばさんでした。なぜかというと、おばさんは、アパートには「場違い」な和服をよく着ていて、いつも不機嫌そうな感じがしていたからでした。

原因は忘れてしまいましたが、ある日、僕は頭から血を流すケガをしてしまいました。泣きながら家に帰って、オカンに頭の傷を見せていると、僕の泣き声が聞こえたのか、お花の先生が僕の家に入ってきたのでした。

そして、オロオロしているオカンとは対照的に、先生は少しも慌てることなく慣れた手つきで僕の頭の傷を確認すると、「大丈夫、ちょっと私の家に来なさい」と言ったのでした。

オカンと僕はいわれるがままに、先生の後について行きました。先生は自分の部屋に上がると奥からお酒の一升瓶を手に持って僕のところへ来ました。

僕は何でこの状況でお酒なんと?マークでしたが、先生はコップにお酒を注ぎ入れたのでした。そして、そのお酒を口にすると、いきなり僕の頭めがけて吹き付けたのでした。(記憶の改ざんか)その後、先生は「たいしたことないわ、大丈夫やよ」と言って、傷口にガーゼか絆創膏を貼ってくれたように思います。

先生の大胆な行動に、僕は頭の痛さも忘れて、「先生、かっこええー」と感動していまいました。それまで近寄り難かった先生に対して、認識が180度変わりました。それ以降は、僕の方から「おばちゃん、なにしてるの」と話しかけられるようになりました。

ところで、このアパートでは、親父の最初で最後のケンカを目撃することになります。

僕の家の隣には男の人が一人で住んでいたのですが、その人と僕の両親はそりが合わなかったのか、よく揉めているようでした。一度などは玄関先に大きな石を置かれていたこともありました。

そして、とうとうお互いに堪忍袋の緒が切れたのでしょうか。家の前の道路で、親父と隣の人の取っ組み合いのケンカが起きました。近所から沢山の野次馬が集まり、最後には、警察も来たように思います。

これから親父どないなるんやろうと少し心配ではありましたが、親父のケンカする姿が、とてもまぶしかったですね。

次に引っ越したアパートは、6畳と4畳半の二間で、トイレは付いたものの、風呂無しでした。

このアパートでも、おもしろい大人に事欠くことはありませんでした。

家のトイレで赤ちゃんを産んだ人や薬物を使って無理心中を図った家族などがいました。

その中でも一番強烈な印象を放つのが、僕の隣りに住んでいたアル中のおっちゃんでした。このおっちゃん、引っ越してきた時から、時々声をかけてくれたりして、とても優しいおっちゃんやなと、僕は思っていました。

隣のおっちゃんがアル中らしいいと、親父とオカンから聞かされたのは、おっちゃんが引っ越してきてから、何年も経った頃だったように思います。

そんな話を聞かされても、「まさか、あのやさしいおっちゃんが」と、僕は信じられなかったように思います。それまでに、一度もおっちゃんの酔っ払っている姿を見たことがなかったからでした。

だけど、その後、間もなくして、親父とオカンから聞かされた話は、本当のことだったということを、僕は思い知らされることになります。

その日は運悪く、オカンが弟と買い物に出ていて、僕一人で留守番をしていました。その時、トントンと玄関扉を叩く音がして、僕が玄関の扉を開けると、そこには見るも無惨な姿の隣のおっちゃんが立っていたのでした。扉を開けた瞬間は、あまりの変わりように、直ぐには隣のおっちゃんだとは認識できないくらいでした。

フラフラと今にもぶっ倒れそうなおっちゃんの顔は、片目がお岩さんのように腫れ上がり(古いですね~)、顔のあちこちに擦り傷があり、血がにじんでいました。着ている服も泥だらけで、ふだんの優しいおっちゃんの面影はどこにもなく、まさに血だらけのゾンビが立っているようでした。

それを見た僕は、ションベンをちびりそうになるほどの恐怖を感じていました。

「ぼく、ごめんな」
「ウン、おっちゃん、どうしたん」
「ぼく、○○円、貸してくれるか」
「ウン、ええよ」

と言って、僕はすぐさま家のお金をかき集めました。そして、震える手でおっちゃんに言われた金額を渡しました。

おっちゃんはお金を受け取ると、フラフラになりながらも、表に向かって歩き出したのでした。僕はすぐさま玄関の扉を閉めて鍵をかけて、部屋でブルブルと震えていたのでした。

それから数日後、隣のおっちゃんは救急車で病院に運ばれ、アパートには二度と帰ってることはありませんでした。

ゾンビのようになったおっちゃんの姿が、僕にとっての最後のお別れになるとは、なかなか辛いものがあります。






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