テレビが壊れて変化した 「私のフィルター」
1.テレビなし生活 約1年経過。
見たい知りたい欲求は変わらず。
動画サービス各社を利用し、今まで通りコンテンツは見ている。
映画や定期配信のドラマを見る時間が増えた。
すると広告が入らない快適さを知り、納得してYouTubeはプレミアムに加入。
自分の操作で、レコメンド精度が上がり、自分仕様のホームになっていくことの快適さを知る。
以前は、その当時私に映るYouTube独特のトンマナが苦手。と浅く広く見ることはなかったが、テレビつけよーという感覚で見るように変わった。
(ここに至るまでかなり遅いと思うが、テレビ大好きアラフォー世代にはややハードルが高かったのかもしれない。)
見たいテレビ番組は、テレビ局の配信サービスやオンデマンドで、ニュースも動画配信が増えたので、ほぼ見ることができている。
朝一、仕事中、移動中、リラックスタイムは、
ラジオや音楽配信サービスなど
聞くメディアを選ぶ。これは昔から継続。
2.好きな情報コンテンツに偏り疲労。
受動的から能動的に。
自分の欲しい情報を求めて
探しにいく時間、考える時間が増えた。
釣りタイトルやサムネイル、フェイクニュース
雑多なミクロな情報が高速で飛び交うSNS
多様化することで
それ本当?それいる?と思うことの数も増えた。
今は、手のひら、目の前、いつどこにでも、メディアはすぐそこにある。
何回だって見ることができる。
情報の沼に溺れかけた。
目肩頭は疲れ、頬は強張る。
顔から元気がなくなって当たり前である。
注意力散漫になって、物忘れが激しくなり、
自動化していくれるツールやAIとの共存がいよいよ始まっている。
気づけば漢字も書けないし、予定なんて全然覚えられない。
疲れて、自分の脳の退化を感じた。
3.このままではいけない。脳は気持ち良くなっている。
寝る前のYouTube、やめられないの?
からだが辛くなる行動をやめないの?
そう、やめられないのですよ。
人間、楽しさと快楽を覚えると簡単に忘れさせてくれない。
またもう一回、また明日っと求める。
白砂糖と同じ。脳は気持ち良くなっている。
そうなれば、需要と供給。
メディアは気持ち良くなる仕様で配信し続ける。
私は、マルチ脳タイプでマーケターということで、メディアと触れ合う時間を減らすことへの怖さがあった。
引き出しは多い方がいいと、詰め込むことで満ちているところがあった。
精度大事よねっていう。。反省。
4.自分のフィルターを通して情報を取り入れる。
2020年以降、風の時代、個性ありきの時代と言われる今
情報収集も、自分のスタイル、フィルターを持つことが
心身の健康につながるのではと感じている。
白か青。
自分が白だと思えば白。
自分が青だと思えば青。
白にいきたい?
青にいきたい?
仮に知らずに、選ばずに
予測し得ないことが起きても
自分の選んだ情報で決定したことは
後悔はないはず。
遠慮しないで、自分のフィルターを持っていい。
清く正しいことはさらっと通して
嘘や違和感あることは濾過して
光と影を感じていくことを繰り返すことで
自分のフィルターができていくのかなと感じている。
5.自分のフィルターが汚れてきたら
フィルター汚れてきたなーと思ったら一旦停止。
履歴削除、アプリ削除、通知オフ
デジタル環境から距離を置く。
街や空気の音に耳を傾ける。
瞑想したり、デジタルデトックスに出かけたり
ゼロになれるような時間を心がける。
6.そしてジャッジしないこと。
自分もそうなら、他人もそれぞれってことで
その意見が交差し、ノージャッジで関わっていくことが心地よさに繋がる。
情報から会話する際に気をつけたいことである。
7.テレビいる?いらない?
今までのテレビはいらない。が感想です。
理由は、情報は自分から選びにいく時代だから。
大きなサイズで動画を見ることはいい体験だと思うので
プロジェクターにするか、モニター的なものにするか検討中で探しています。
このまま、PCで見続けるのは目に悪いはず。。
そして小さい笑
2022年は、自分の情報フィルターの精度を高めながら、いい塩梅で情報を取り入れ、楽しんでいきたいと思います。