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創作童話 クリスマスのお客さん
クリスマスの晩でした。
どのどの家もすっぽりと雪におおわれて、窓からもれるみかん色の光が、家々をぼんやり浮かび上がらせています。
「うー、寒い」
おまわりさんは、駐在所のガラス戸のすきまから入ってきた北風に、ぶるんと身ぶるいしました。
「なんて、静かなんだろう。このあたりの音はみんな、どこかに出かけてしまったようだな」
その時です。どすんと大きな音がして、窓の外を何かが落ちてきました。「そんなばかな。空から何か落ちてくるなんて。第一、規則違反だ」
おまわりさんは、びっくりして、外に飛び出しました。
窓の下で、女の子が、服に着いた雪をぱんぱんと、払い落としています。「おりるの失敗しちゃった」
おまわりさんを見ると、女の子は、ちょっと首をすくめました。
茶色の髪を二本の太い三つ編みにして、先にピンクのサテンのリボンをつけて、赤いビロードのワンピースを着ています。
「こんばんは。おまわりさん」
女の子は、髪と同じ茶色の大きな目で、おまわりさんを見つめました。「こんばんは、おじょうさん。こんな時間に、いったいどうしたんだい? おうちの人は?」
「わたし、おじょうさんて呼ばれたの、生まれて初めてよ」
女の子が、うれしそうに言いました。
「きっと、このリボンのせいね。ふだんは、結んでもらえないんだけれど、きょうは、特別なの。クリスマスだから」
おまわりさんは、たいていしんぼう強いものです。小さい子供や酔っぱらいは、いつだって、そう簡単には、大切なことを教えてくれませんから。
それで、このおまわりさんも、まずは、女の子を暖かい部屋に入れて、ストーブの前に座らせました。
「それで、おうちの人は、どうしたのかね?」
おまわりさんが、もう一度たずねました。
「ここにはいないの」
「どうも、そうらしいね。となると、おじょうちゃんは、迷子ということになる。それでは、おじょうちゃんのお名前は? どこから来たのかね? 私には、どうもその空からふってきたように、見えたんだが……。まあ、それはいいとして、きょうは、だれと一緒だったのかな?」
「その中で、おまわりさんが、一番知りたいのは、何?」
女の子が、楽しそうに聞きました。
それでも、おまわりさんは、しんぼう強く、やさしく言いました。
「ぜんぶ教えてくれると、すごく助かるんだけれどな」
「きっと、そうね」
女の子は、こっくりと大きくうなずくと、考え考えゆっくり話し始めました。
「名前は、マリア。イエス様のお母さまと同じ名前よ。それから、北極から来たの。スプラは、お留守番だったけれど、わたしは、連れてきてもらえたの。だって、もう、六才ですもの」
マリアは、満足そうに、うなずきました。
「スプラっていうのは、シロクマのあかちゃん。真っ白で、ふわふわしていて、とってもかわいいの。だけど、すごいいたずらっ子で、すごい食いしん坊なのよ。先週も、大好きなクッキーを、一度に全部食べちゃったから、わたしたちは、一週間、おやつなしでがまんしたの」
マリアは、ね、おかしいでしょ? っというように、にっこりしました。
でも、おまわりさんが、メモを取るのにいそがしそうなので、また続けました。
「きょうはね、サンタパパが、お仕事している間、ここで、待ってなさいって言われたの。おまわりさんは親切な人だからって」
おまわりさんは、親切な人といわれたのを、とても誇らしく思いながら言いました。
「それで、サンタパパのお仕事というのは?」
「サンタクロースのお仕事は、クリスマスに子供たちにプレセントを配るのよ」
「なになに、プレセントを配ると……。え! なんだって⁈」
おまわりさんは、メモ帳から顔をあげて、マリアをぽかんと見つめました。
「いや、何というかその……」
おれは、いったい何をいっしょうけんめいメモしていたんだ?
でもまあ、作り話でもいいか。
何と言っても、きょうは、クリスマスだし、こんな小さな女の子の相手をするのも悪くない。
だから、
「サンタパパが迎えにくるまで、ここにいていいでしょう?」
マリアに聞かれたとき、おまわりさんは、よろこんで答えました。
「もちろんだとも。それまで、いっしょに食事でもしようか」
おまわりさんは、マリアをひょいと抱き上げて、おくの部屋に、入って行きました。
ずっと昔、娘がまだ小さかったころ、よくこんなふうに、抱き上げたことを思い出しながら。
隣の部屋は、暖められていて、テーブルの上には、クリスマスのごちそうが並んでいました。詰め物をしたチキン、トマトとチーズのサラダ、ミートパイ、いちごのケーキ……
「すごいごちそう! おまわりさん、お料理がじょうずなのね」
「いやいや、これは、みんな、買ってきたんだよ」
お料理じょうずだった奥さんが天国に行ってしまってから、おまわりさんは毎年クリスマスには、奥さんが作っていたお料理と同じようなものを買ってくるのです。
「わたしのおうちではね、クリスマスは大いそがしなの。あんまりいそがしいから、クリスマスのごちそうなんて、かまっていられないのよ。だから、こんなふうにクリスマスのごちそうを食べられるなんて、夢みたい。生まれてはじめてよ」
マリアは、いすの上で、こおどりしながら言いました。
「そりゃ、よかった。わたしも、ひとりではさびしいと思っていたところでね。君がきてくれてうれしいよ」
「このお部屋は、とても暖かいのね」
マリアは、さっそく大きなミートパイに取りかかりました。その間も、おしゃべりは止まりません。
「北極は、とっても寒いのよ。だから、何でもかんでも凍っちゃうの」
「何でもかんでも?」
「そうよ。特別寒い日には、言葉だって、凍っちゃうんだから」
「言葉が?」
「そうなの。話した言葉が、すぐに凍って、ぱりんぱりんて音をたてて足元に落ちるのよ」
「そりゃ、驚いた」
「そうでしょう? それで困るのが、いい言葉はピンク色に凍るんだけれど、乱暴な言葉や悪い言葉は、灰色に凍ることなの」
「それがどうして困るんだい? 素敵じゃないか」
「それが困るのよ。サンタパパは、いつもいい言葉を使いなさいって言うんだけど、そうじゃない言葉の方が、ずっとぴったりする時ってあるでしょう?」
「というと?」
「スプラがいたずらした時よ。『スプラちゃん、どうかそんなことはしないでね』なんて言ったって、きくわけないでしょ? そういう時には、とびきり乱暴な言葉の方が、ずっといいのよ」
おまわりさんは、思わずうなずきました。
「だからね、いくらサンタパパに聞こえないところで、おこるんだけど、けっきょくは、灰色の氷を見つかっちゃうの」
「そりゃあ、やっかいだ」
「そうなのよ」
マリアは、うれしそうにいいました。
「それにしても、君のパパが、サンタクロースだとは、驚いたねえ」
「そう? でもね、本当のパパじゃないの」
マリアは、チキンにとりかかりました。
「そうなのかい?」
「ある年のクリスマスに、パパは、町かどで泣いている赤ちゃんを見つけたの。それが、わたしだったっていうわけ」
「パパが、そう言ったのかい?」
おまわりさんは、子供にそんなことを言うなんて、っという言葉をやっとのことで飲みこみました。
マリアは、ちらっと顔をあげましたが、またすぐに、チキンに目をおとして、
「そうよ。だって、わたしが聞いたんだもん。サンタパパはいたけど、サンタママがいないのは、どうしてかなって思ったから。だれだって、本当のことが知りたいでしょ?」
マリアのまっすぐ見つめられて、おまわりさんは、思わずうなずきました。
「サンタパパはね、もし、わたしが男の子だったら、サンタクロースになってほしかったんだって」
マリアは、食べるのをやめて、おまわりさんを見ました。
「だから、わたしは、大きくなったらサンタクロースになるつもりだって言ったの。だって、女の子だって、サンタクロースになれるでしょ?」
「もちろんだとも」
おまわりさんは、大きくうなずきました。
「サンタパパも、いいよって言ってた。マリアがそれでいいなら、うれしいって」
マリアは、満足そうににっこりすると、いちごのケーキに取りかかりました。
「おまわりさんは、毎年ひとりで、このごちそうを食べるの?」
「そうなんだ。だから、今年はマリアが来てくれて、うれしかったよ」
「本当? じゃあ、また来年のクリスマスも来ていい?」
「もちろんいいとも。待ってるよ」
おまわりさんは、心から言いました。
「ケーキをもう一つ食べていい?」
マリアがえんりょがちに言いました。
「ああ、いくらでもお食べ。残りは、シロクマちゃんのおみやげにしよう」
「本当? じゃ、わたしも、もう食べないことにする」
「そんなこと言わずにもっとお食べ。ほら、まだこんなにたくさんあるから」
おまわりさんが、ケーキを買ってきた箱につめているのを、マリアは、じっと見つめています。
「スプラは、きっと大喜びよ」
その時、外で、リンリンと鈴の音がしました。
マリアは、ぱっと顔をかがやかせて、
「サンタパパだわ!」
「それではサンタパパとシロクマちゃんによろしく。また、いつでも、遊びにおいで」
「来年のクリスマスにまたくる」
マリアは、ケーキの箱を大事そうにかかえて、何度も振り返って手をふりながら、部屋を出ていきました。
鈴の音が、いちだんとにぎやかになりひびいて、それから、だんだんと遠ざかっていきました。
次の日は、町じゅうが、朝日にきらきら輝いて、きょうは一日、いいお天気になるよって約束しているみたいです。
きのうの静けさがうそのように、通りには子供たちがあふれていて、雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり、大変なさわぎです。
おまわりさんは、郵便受けに、二通の手紙を見つけました。
手紙を受け取るのは、とても久しぶりで、何だかとてもわくわくします。
一通は、となりの町にお嫁に行った娘からでした。
『メリークリスマス!
お父さんお元気ですか。わたしたちは、こちらの町で、いっしょうけんめい働いたので、だいぶお金がたまりました。
こんど、お父さんの町で、パン屋を始めることにしました。
これからは、毎朝、焼き立てのパンを持っていきます。 ゆりあ』
そして、もう一通は、差出人のない真っ白い封筒でした。
中には、雪のすかし模様のカードが、はいっていました。
『きのうの晩は、娘が大変お世話になりました。おみやげまでいただいて、マリアは、大よろこびです。また、来年も行くといって聞きません。
感謝の気持ちをこめて。
サンタクロース
おまわりさん、いちごのケーキをありがとう。スプラもありがとうって言ってます。スプラは、やっぱりケーキを一度にみんな食べちゃったの。
マリア 』
カードのうらには、スプラの足あとが、ぺたぺたついていました。