世界を珍しく滅亡させない殴り書き
※注・書いてることの100%が憶測と自分の主観で見た感想でしか成り立ってないです。データもソースもへったくれもない個人の妄想話です。
つい昨日、相馬怜治が生み出したヲタ芸の一つ、ドラグーンスピア(通称ドラスピ)が生誕11年となったわけですが、その際に擬人化させたいなとかふと思ったわけだけど、自分のヲタ芸を擬人化させたい程度には愛しているわけだが、言うなればオレには二次元嫁たくさんいるわけだが、その二次元嫁ってオレ自身の愛し方は偶像崇拝なんだよなとふと思った。
この世にいるものじゃないと理解したうえでの画面越しにしか存在しないものと予め認識したうえで愛しているといえばいい。キャラはどこまでいってもキャラクターで実在してるものと同じ愛し方はたぶん出来ていない。
だからこそオレの場合はその衝動の先に演じている声優さんとか歌手とかそのへんにそのなんというか存在しているものへの崇拝を求めていっている。じゃなければイベンターやってきてないし実際の所、オレは同じ人間ではない存在を人類と同じ同質の存在として受け入れることはついに叶わなかったんだと、そう感じる。
ちょっと前にVtuberが世の中に登場してきて、ついに実在と偶像の隙間を埋めることができるチャンスが、初音ミクのときに叶わなかった、偶像を実在として接することができる機会が訪れたのかと思ってはいたけれど、結局の所オレ自身も含めて、現状流行っているものを考えると多くの方々がバーチャルのアバターを被っただけの配信者としての立ち位置を受け入れているのではないだろうか?結局中身を求めてしまっている感は否めない。
実際難しいことだと思う。多くの人が人を同質の人として接し、憧れ、愛し、恋焦がれるにはどうしてもその先ににいる生身の「人間」を求めてしまうということ、それ以外を愛するときにどうしても架空であるものを実在するものとして同質の存在として愛することが困難だと感じる。
例外としてオレの身の回りにはとあるキャラをガチ嫁、ガチ旦那として迎えている方々もちらほらいらっしゃいますが、世の中全体でみれば数少ない人たちなのかなと思います。統計もデータもへったくれもないので憶測ですけど。
有名な例で挙げるなら初音ミクさんとご結婚された近藤顕彦さんとかが代表例になるのかな。
オレ身の回りにいるガチな方々や近藤さんのような方の想いが真実の想いとするならば、人類種とは違う姿形、種族、存在を自分と同様の存在として受け入れることができる方々であるということになります。
そのような精神を持った人たちというのは今後の世界においてすごく重要な意味を持つのではないかとオレ個人は勝手に解釈しています。
もし仮に、人類にとって未知の知性体、わかりやすい例だと地球外生命体と人類が接触する機会が訪れたとして、今の人類にその存在を自分たち人類種と同様に接することが果たして可能かどうか、というところで、恐らく多くの方々が「自分たちとは異なる存在」として迎え入れることになるのではないだろうか。
ただでさえ我々人類は同じ人類であっても区別し差別し争い他者との上下や力関係をはっきりさせたりするような生き物です。というかそうでない人類というのはいないと思います。人類とは常そういう存在でありそうでない人類が生まれるためにはまず人類の誕生か地球生命の誕生くらいからやり直さないとたぶん無理だと思っています。
現状今の状態でそのような状態になったっとして、遭遇した未知の存在が人類より高度な知性と価値観があろうがなかろうが、どっちにしても何らかの形で衝突または争いはどこかで避けられないんじゃないか、そう危惧しています。最悪の場合やはり人類は滅亡してしまう恐れがある。逆に人類の今の現状を鑑みて高度な知性体は我々人類種にコンタクトすら取ってない可能性も十分に考えられる。どちらにせよ未来には進めるかもしれないけどそれが良い未来になるかどうかと言われるとだいぶ怪しい気がします。
たぶん人類が次のステージに、そういうものを許容し、受け入れ進化できる道が残されているとするならば上記のような方々の「異なるモノを同質のモノ」として受け入れる心の在り方が必要になってくると思います。彼らのような感覚を持つことができる人が一人でも多くいれば、人類史において歴史の転換期においても良き未来を進むことができる希望の光になるのではないだろうか。
幸いにも我々のようなオタク人種というのはそういう存在に寛容な方々が多いように感じられます。残念ですがオレ個人は自分の価値観をそのステージまで持っていくことは非常に困難だと自己分析しています。さすがに36年生きてきた中で自分に形成されたさまざまな価値観と感情と想いはそう簡単に変えることは難しい、できなくはないのだろうけど至難の業だと痛感しています。ただ、そういう方々の存在を受け入れること自体は可能です。
人類が皆そのように変わることはできない、けれどもそういった人類が次に進むために必要な感性を持ち合わせた、また身につけることのできた人というのは今後生まれてくると思います。そのような人たちがこの世界において頭角を表せる世の中、声を上げることができる世の中、先導を切っていける世の中、その人たちが道を違えない世の中、利用されない世の中、そういったものを作り出せることができたら、必然とそういった人たちが増えていくのかもしれません。
自分たちオタク人種は少なくともその寛容さを使ってそのように進む世界の道の切り口くらいは作っていけるのかもしれない。
今の自分にできることは自分とは違う感性を持ち合わせている人を否定せず受け入れることに尽力するくらいしかできない。
ということで世界を滅亡させない相馬怜治の意見としてはここまでです。御覧の通り読みにくいとは思います。ここまで読んでくださっているのであれば感謝の極みです。
2020年8月17日 相馬怜治
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