2021年、新年のご挨拶(雑)
皆さま新年あけましておめでとうございます。遅くなりましたが新年のご挨拶をさせていただきます。
・2020年を振り返って
今年1年を振り返ってみると、コロナ禍に振り回されているのは皆さまも一緒なのでそれは置いておくとして相馬怜治サイドとしては一応どういう形であれKOTOKOの怨恨の95%くらいを消化することはできた。心残りがいろいろあるけど一応思い残すことは少なくなった。相変わらず人類滅亡の終末思想から脱却はできないままでもあった。
湯浅健太サイドとしては、特に進展はないように見えて現実での遊べる手段は増えたかと思う。今年は婚活とかそのへんはぜんぜんやりませんでしたが、それに対しても考えることも多々あったので今年はそのへんも踏まえて自分の考えをしっかりまとめていきたいと思う。相変わらず自分の欲求に素直だった、遠い先の100万円より目の前の1万に飛びつく性格は相変わらずだった。
・2021年に向けて
#相馬サイド
恐らくはイベンター系のことに関しては深入りすることは今後あまりないのではないかなと思う。今までもだいぶ何もなかったといえばなかったがどちらにせよオレは現世代から見たら老害もいいところではある。また若い世代との価値観も違うでまあ関わるとしてもゆるゆるとしたものになるでしょう。
ヲタ芸に関してもどう見ても今の若い世代のほうがあらゆる可能性、才能を秘めているのであまり老婆心もないかなといったところ、逆に若い世代が何か困っていることがあれば手を差し伸べれたらとは思う。
どのみち今は相馬怜治を名乗ってるだけの湯浅健太状態ですのでもう相馬怜治という人格ではないのでこのへんはゆるりと
#湯浅サイド?
とりあえずはこのnoteを始めたきっかけでもある承認欲求を起点としない自分の生きざまを見つけること、note自体が欲求解消行為になってるかもしれないことはとりあえず置いておくとして、とりあえず昨年はスノボセット買ってみたりだとか、お金を使うにしても刹那的な欲求に縛られないものに使っていきたい。言うなれば理性蒸発してガチャを回すという負のスパイラルからいかにして脱出するか、今の所3か月は無課金でいられている、でもそれの主たる理由はソシャゲにあえて触れないようにしているからだということ。恐らく興味を持ったら一発で今でもアウトになる自信はある。そういった刹那的欲求に対してゼロかイチかではなくほどよく向き合うことができる精神力というのか自分の表層意識をコントロールする、律する、そういった我慢強さと言えばいいのでしょうか?それは今後の人生において必須、でなければ恐らく破滅は免れない。
総括
2021年の相馬怜治(湯浅健太)は過去の自分の成功体験に縛られることなく、老害ムーブをかまさない。そして快楽に理性を奪われない、向き合っていく客観的思考力。自分大好きをしすぎないことになるのかな?
そのうえで自分の核となる生き方を見つけられれば昨年のように中身がない虚無人間にならずに済むかもしれない。
こんなかんじのざっくりしたお話でした。
2021年、オレはどのように転ぶか現時点ではなにもわかりませんが自分も皆様もどうか無事この2021年を終えれるように願っております。
本年もなにとぞよろしくお願いします。
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