松原一雄 国際法要義 1943年(昭和18年)
国際法要義
法学博士 松原一雄
有斐閣
はしがき
本著は平時・戰時に亙り國際法の要義を説明したものである。學生諸子にとつては教科書として、一般人士にとつては參考書として役立つことを期するものである。その説明に於て、理論を閑却しなかつたつもりであるが、同時に、實際に即するやう努めたのも之が爲である。
本著はその説明に於て、第一に簡明ならんことを期した。
一切文獻を省略した如き、その結果の一つである。次に本著は又その説明に於て、綜合的ならんことを期した。節を設けなかつたのも、又編章のあまり多岐に亙らないやう留意したのも、この爲である。更に本著はその説明に於て、親切ならんことを期した。
必要と認めた場合、同一事の重出を厭はなかつたのも、この趣旨に外ならぬ。終りに本著はその説明に於て、理解し易からんことを期した。特に難解と思はれる事項については、往々「説明」を付した所以である。
著 者
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第四章 交 戰 權
(交戰國間の權利義務)
一 交戰權の意義
こゝに交戰權と云ふのは、交戰國としての-交戰國間の-権利義務の總稱である。この意味に於ける交戰権は種々の形相に於て表はれる。こゝに交戰權の形相と云ふときそれは戰爭法規(狭義の戰時國際法)の全般に亘る問題とも云へる。交戰權の形相は事項別にも考へられねばならぬが、交戰權の發動する目的物(客體)についても區別せられねばならぬ。從つて
第一 敵の人に對する交戰權
第二 敵の物に對する交戰權
第三 敵の土地に對する交戰權
の三つに分けて考察せられねばならぬ。
〔戰爭法規と制裁 戰爭法規は交戰國間の權利と義務とを定める。交戰國がその義務に違反
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したる場合、何等かの制裁がないか、學者は戰爭法規に於ける制裁として左の三者を擧げる。
(一)戰時復仇敵の戰爭法違反に對し其の反省を促す爲め、交戰國が自ら戰爭法違反の行爲を以て之に報ゆるを云ふ。復仇は敵の既往の戰爭法違反に對する制裁であるか、又は將來同樣の違反を繰返すことなからしむるを目的とするものであるか。蓋し兩者を其の目的とするものであらう。復仇としては(1)敵國の戰爭法違反行爲に關し敵國其の者に制裁手段を行ふことがある。(2)敵國軍人の行爲に對し他の敵國軍人に復仇手段を執ることがある。(3)敵國軍人の所爲に對し非軍人に對し復仇手段を施すことがある。(4)或非軍人の所爲に對し他の非軍人に復仇手段を施すことがある。反法行爲者本人に制裁を加へるのは戰時犯の處罰であつて、復仇とは異る。復仇の手段方法はこれを限定すること困難である。敵地を荒らし、又はこれを焼拂ひ、或は俘虜を殺戮し、又は助命を拒絶するが如きことが行はれた例がある。然し復仇として利用せらるゝ手段方法は之を列擧し盡すことは出來ない。復仇に限界ありや、是れ亦議論がある、何れにせよ復仇は屡々濫用せらるゝの傾向がある。又復仇は更に敵の反對復仇巳を招くの事實がある。世界大戰時復仇の實例を見るに、空中よりの開放市邑爆撃も復仇の名の下に行はれた。俘虜の待遇に關しても復仇が行はれた。殊に英國が獨逸の潜水艦乗組員に對し俘虜の待遇を拒むや、獨逸は復仇と
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して同數の俘虜たる英國士官を離隔した。獨逸は又英國が倫敦宣言を守らないのを理由として、復仇の名の下に所謂交戰區域を宣言し、又潜水艦戰爭を開始した。右に對して英國は所謂復仇令を以て之に報いた。即ち復仇として對獨經濟封鎖を行ふた。
交戰國が敵に對する復仇行爲により中立國又は中立國人に損害を與ふることゝなる場合、右の復仇行爲が許されるかに付ては議論がある。交戰國より云はば、中立國又は中立國人の被害は復仇の避け難き間接の結果であると主張するし、中立國としてはその權利を主張するであらう。潜水艦戰爭・経濟封鎖等に於ける英獨の復仇行爲は米國其他中立國の屡次の抗議を招いた。今囘の歐洲戰爭に於ても、就中英國今囘の獨貨拿捕令は日米其他の中立國から抗議を受けた。
(二) 戰時犯の處罰 戰爭法違反の行爲に出でたる本人(軍人又は非軍人)を、其の敵國たる交戰者に於て捕へたとき、之を處罰するのを「戰時犯の處罰」と云ふ。戰爭法違反に對する制裁の一である。交戰者(前掲)たる資格を有せざる人民が侵入軍又は占領軍に抵抗したり、交戰國の商船船長が敵國の軍艦に對し攻撃(「防禦」の場合は別である)を加へたりするのは、皆之れ戰時犯に屬する。
國際法は交戰國に認むるに戰時犯の處罰權を以てし、交戰各國は國際法を規準とし、國内法を以て戰時犯の範圍及び條件を定める。尤も戰時犯の廉により犯人を處罰するが爲には裁判をしなけ
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ればならぬ、犯人を裁判に付せずして勝手に處罰することは出來ない(戰時犯の一場合たる罰諜につき海牙陸戰法規第三〇條參照)。
(三) 損害賠償 交戰國は其の軍隊の戰爭法規違反行爲に對して責任を負はねばならぬ。海牙の「陸戰ノ法規慣例ニ關スル條約」は戰爭法規違反による損害に對し、賠償責任あることを定めた(第三條)。軍隊及び其の所屬員は政府の直接の指揮命令の下にあるを以て、右軍隊組成員の行爲に付ては交戰國は其の責に任ずるものとした(不正規兵の行爲に對しても國家が責任をとるべきかは問題である)。
同條約は右の原則的規定を定めたるに止まり、賠償支拂の時期又は方法に關しては何等定めて居ない。しかし戰爭中は被害國より反法國に對し、此の種賠償を求むることは事實不可能であるから、講和の際の問題とするの外はない。尤も理論上は兎も角として、戰敗國より戰勝國に對し此の種責任を問ふことは事實困難である。
二 交 戰 者
先づ敵の人に對する交戰權の形相であるが、敵の人と云へば、敵の兵力に屬する人員と然らざるものとに區別せられる。戰闘員と非戰鬪員とに區別せられる。交戰者と然らざる者とに區別せられる。「交戰者」と云ふ文字であるが、へーグの陸戰法規(陸戰ノ法規慣例ニ關スル條約附屬書)に於て、
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劈頭に「交戰者の資格」と題して規定するところが正に交戰國の兵力、-此の場合、陸軍の兵力-を意味するものである。而してそれは正規兵と不正規兵とを包合するものである(前記附屬書たる「陸戰ノ法規慣例ニ關スル規則」〔以下略とてへーグの陸戰法規又は單に「陸規」といふ〕第一條及び第二條參照)。又それは右の規則第三條によれば、戰闘員と非戰闘員とに別れる、否、同條は交戰當事者の兵力は戰闘員及び非戰闘員より編成せらると規定してある。此の意味に於ける非戰闘員は、兵力の一部を爲すものであつて、それは俗に軍屬と云ふものに當る。普通に「非戰闘員」と稱するものとは異るものである。普通に「非戰闘員」と稱するのは、交戰國の兵力に屬せざるもの、即ち普通人民を指すのである。非戰闘員なる言葉が右の二つの意義を有することにすれば暖昧であるから、「非交戰者」なる言葉を以て普通人民を指稱する學者もあるが、飜つてかへりみれば「交戰者」と云ふ文字自體が二つの意味を有する。同じへーグの條約でありながら、ある場合には「交戰者」と云ふ文字を兵力の意昧に使用し(右に述べたる如く)、或場合には交戰國自體を指す場合もある。(例へば右ヘーグ規則第四四條に「交戰者ノ軍」とあるが如し)。更に他の場合には交戰國とみてもよし、又交戰國の兵力とみてもよい、どちらに解してしもよいやうな場合に「交戰者」なる文字を使用することもある。例へばへーグの規則第二二條の如きは、その一例と云ふべきであらう。同條は、交戰者は害敵手段
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の選擇につき無制限の権利を有するものでないことを規定してある。
〔戰爭の主體」〔戰爭能力〕 戰爭は「國家間」の關係である。戰爭の主體は「國家」である。戰爭能力を有するものは國家である。主権國(獨立國)である。「半主權國」は如何。保護國と被保護國との間には戰爭があり得る。從國は主國との間に「戰爭」を行ひ得るか。從國同志で「戰爭」を行ひ得るか。それとも右は内亂であるか。議論の餘地がある(例、往時のバルカン諸邦について)。自治領は英本國とは別に戰爭能力を有するか。疑問である。國家以外「交戰團體」も亦「戰爭主體」の中に數へられる。戰爭能力を認められる。
〔兵力〕 敵の兵力に屬するものなりや否やについては、前記へーグの陸戰法規に陸兵に關する限り、第一條及び第二條に之を規定してある。即ち一定の條件をそなへる不正規兵も、交戰國の兵力、即ち「交戰者」と認めらるゝものとして、その條件を掲げてゐる(下掲參照)。海軍及び空軍に於ては陸軍に於ける右不正規兵の如きもの、帥ち交戰國の統帥權に直隷しないものは認められてゐない。軍艦と云ひ、軍用航空機と云ふ以上、それは交戰國の軍人に依り指揮せらるものであり、その軍人が交戰國の統帥権に直隷するものであり、從つてその指揮下にある軍艦、軍用機はことごとく交戰國の統帥権に直隷するものと云はねばならぬ。商船が敵の軍艦に對し抵抗する場
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合、その商船は不正規兵たる資格ありとする論者がある。
〔陸軍〕 (一)正規兵(陸規一條に「軍」と稱するものである) 正規兵は必ずしも「常備軍」のみに限らぬ。「民兵又は義勇兵」を以て正規兵の全部又は一部を組織する國もある。それは各國の任意である。中立國人にし{交戰國の軍に加はるものは對手交戰國に捕へられたる場合、敵國人たる兵士と同樣に扱はれる。敵國人たる兵士以上の酷遇を受くることはない(海牙第五條約一七條末段)。
(二)不正規兵 左の二種がある(イ)第一種は正規軍に屬せざる民兵又は義勇兵團にして、左の條件を具ふるものである(海牙陸規第一條)。「一、部下ノ爲メニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト。
二、違方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト。三、公然兵器ヲ携帶スルコト。四、其ノ動作ニ付戰爭ノ法規慣例ヲ遵守スルコト」。(ロ)第二種(「民衆兵」と云ふ)は左の條件を具ふるものを云ふ(第二條)。即ち未だ占領せられざる地方の人民にして(故に既に占領せられたる地方の人民の敵對行爲は別間題である)(1)公然兵器を携帶すること、(2)戰爭の法規慣例を遵守することの二條件を備ふれば「交戰者」と認められる。
〔海軍〕 海軍の兵力は軍艦である。軍艦とは(i)一國の海軍士官指揮の下にあり、(ⅱ)軍の紀律に服する乗組員を有し、(ⅲ)且つ軍艦旗(又は國旗)及び指揮艦旗を掲ぐるものである。右
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の三者を軍艦たるの要件とする。上記の條件を備ふれば、商船も亦變じて軍艦となる。戰時に於て交戰國は「商船を變更」して、軍艦に仕立てることがある。これは往時の私装拿捕船と異り、「軍艦に屬する各種の權利義務」を有する(即ち軍艦として扱はれる)ものであるから、海牙條約(「商船ヲ軍艦ニ變更スルコトニ關スル條約」)は「變更の條件」を定めてある。即ち當該商舶が國旗國の直接の管轄・監督及び責任の下に置かるゝこと(同條約第一條)を必要とし、之が爲の具體的要件としては(イ)其の國の軍艦たるの「外部ノ特殊徽章」を有すること(同上第二條)、(ロ)當該國の海軍將校にょり指揮せらるゝこと(第三條)、(ハ)乗員が軍紀に服すること(第四條)を要すとしてある。右の三要件(イ)(ロ)(ハ)は前記軍艦たるの要件と同一である。「公海に於て商船を軍艦に變更し得るや」は未決の問題である。 〔私装拿捕船〕 往時は交戰國より捕獲特許状を得て捕獲に從事した私船、即ち私装拿捕船なるものがあつたが、今や其の使用は巴里宣言(第一項)により禁止せられる。〔武装商船〕 軍艦は普通「武装」して居るが、しかし「武装」は軍艦たるの要件ではない。商船にして「防禦の爲め」武装しただけでは軍艦とはならぬ。又商船は軍艦に對して「防禦」は出來るが、「攻撃」の態度に出ることは出來ぬ。之を行へば戰時犯を構成する。
〔陸・海・空戰の區別〕 此の區別如何によつて適用せられる法規も區別せられ、ここに陸戰法
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規・海戰法規・空戰法規が分れる。果して然らば右三者の區別標準は如何。(一)戰爭行爲の行はれる「場所」(陸上・海上・空中)によつて區別するの説と、「兵力」(陸軍・海軍・空軍)によつて區別するの説とがある。右三者は戰爭樣式の匠別であるから、右第二の標準(兵力によるもの)が適當である。
多くの場合、右の二標準何れによるも同一に歸するが、河上(例へば場子江上)に於ける軍艦の行動の如き場合、右の標準の如何によつて差異を生ずる。適用せられる法規にも差異を生ずる。
三 害敵手段
「害敵手段」は讀んで字の如く、敵を害する手段方法である、戰爭手段である。攻撃防禦の手段である。陸戰・海戰・空戰の三場合について考へられねばならぬ。が、ここには便宜の爲め、併せ論ずる。害敵手段には「制限」がある。「交戰者は害敵手段の選擇に關し無制限の權利(自由)を有するものではない」。これは海牙條約が陸戰について規定する所であるが(第二二條)、海戰・空戰についても亦同樣である。「害敵手段の制限」は或は兵器について存し、或は殺傷の方法について存する。左に其の重なる場合について略説する。
「害敵手段」なる文字は廣義にも、狭義にも使用せられ、「ヘーグ」の前記陸戰法規は狭義に使用してあるがー第二三條以下の規定をみればさうみえるが-第二三條一項の終りにある「交戰者
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は敵國人の權利及び訴權の消滅、停止又は裁判上不受理を宣言することを得ざる」旨の規定の如きは、之れを害敵手段の内に含ましめることはいかゞはしい。尠くとも狭義の害敵手段に含ましめることは困難である。一方、攻圍及び砲撃の如きは、狭義の害敵手段の内に含まるべきものであり、前記ヘーグの規則が害敵手段と對立せしめて、攻圍及び砲撃を竝べてあるのは(第一章の表題參照)、これまた、その當否を疑はざるを得ない。害敵手段は廣義に於ては、戰爭手段と同義であり、又攻撃防禦の手段とも見るべきものであらう。さうなれば戰場に於て相對抗する敵に對し、て使用せらるゝ害敵手段のみならず、場所の如何を問はず、敵を害し、敵を苦しめ、敵の抵抗力を減殺する目的を以て行はれるあらゆる手段を包含することにならう。
(一) 「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」は海牙條約(陸規二三條一項)によつて禁止せられる。毒瓦斯の使用については爭がある。毒瓦斯は世界大戰中大に使用せられた。果して然らば毒瓦斯は海牙諸規則〔殊に三箇宣言(ロ)及び陸規二三條(イ)又は(ホ)〕に觸れないか。右規定の解釋については、毒瓦斯使用方法と關聯し、大戰中交戰國間に大に議論せられた。形式論としては所謂連帶約款の問題も出た。が、兎に角交戰國は之を使用した。戰後に於てヴェルサイユ條約(一七一條)にも、華府條約にも、之に關する規定を見る。華府條約に於ては、「窒息性・毒性
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又は其他の瓦斯及び一切の類似の液體・材料又は考案」を戰爭に使用することを締約國相互間に禁止し、且つ他の一切の文明國に對し本取極に加入せむことを勧誘することゝした(「潜水艦及び毒瓦斯ニ關スル條約」第五條)(但批准未了)。又毒瓦斯戰及びバクテリァ戰につき、一九二五年六月ゼネヴァ議定書を見るに至つた。
(二)「不必要ノ苦痛ヲ與フヘキ兵器・投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」も禁止せられる(上掲へーグ規則)。むしろ抽象的の規定ではある。一八六八年セント・ペテルスブルグ宣言に於て四〇〇グラム以下の爆發性又は燃焼性の物質を充たせる發射物の使用を禁止したるが如き、又へーグ三箇宣言の第三に於てダムダム弾の使用を禁止したるが如きは具體的の禁止である。
(三)「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段盡キテ降ヲ乞ヘル敵ヲ殺傷スルコト」も禁止せられる。敵兵を殺傷するのは固より差支へないが、抵抗力を失ひ降伏したものを殺傷することは出來ない。俘虜として待遇すべきである。豫め敵兵に對して我が權内に陷る場合、「助命セサルコトヲ宣言」すること(降つて來た場合に對する殺戮の豫告)も出來ない(前記へーグ規則)。
〔俘虜〕 交戰者にして敵の權内に陷りたる者を俘虜と云ふ。俘虜は一定の場所に「留置」せられる。自由を剥奪せられる。俘虜は一定の地域外に出でざるの義務を負ふ。保安手段として已
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むを得ざる場合に限り「幽閉」し得る(陸規第五條)。俘虜は之を其の權内に屬せしめた國の法規・命令に服從するの義務がある。即ち從順なるべき義務がある。不從順の行爲あるときは必要なる嚴重手段を施すことを得る(第八條一項、二項)。俘虜逃走を企てたり、又は陰謀乃至暴動に出つる場合には之に對して武器を使用することが出來る。俘虜にして逃走を企てたものが、逃げそこねて捕へられれば懲罰に付せられるが(第八條三項)、逃走を遂げたる場合には、即ち俘虜が逃れて本國の軍に歸り着くか、又は捕獲軍の占領地域を脱出したるとき-其の後に至り再び俘虜となるも-前の逃走行爲についてしは虜罰を受けない(第八條四項)。但し逃走罪以外の罪(例へば強盗、強姦の罪)を犯した場合には後に捕へられたるとき處罰を受けるのは固よりである。
俘虜については前記海牙陸戰規則第四條以下十數條の規定があるが、それは陸戰中、敵に捕へられたものについての規定であつた。海戰又は空戰中、敵に捕へられたるものゝ規定を缺いて居つたが、一九二九年ぜネヴァに於て「俘虜の待遇に關する條約」が調印せられて、右を一切包含した詳細な規定が出來た。
(四)『敵國又ハ敵軍ニ屬スル者ヲ背信ノ行爲ヲ以テ殺傷スルコト』及び『軍使旗・國旗其ノ他ノ軍用ノ標章、敵ノ制服又ハ「ジェネザァ」條約ノ特殊徽章ヲ檀ニ使用スルコト』も禁止せられ
る。背信行爲とは戰爭中明示又は黙示による約信を破るのである。「赤十字徽章」及び「軍使旗」
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を、其の定められた目的以外に一切使用すべからざるは、文明國間の明約する所である。故に之を右の目的以外に使用するは背信行爲の最たるものである。兵士が戰闘中「敵性」を明かにすべきは文明國の戰爭に於て黙約せられる所である。故に敵の「國旗・軍旗又は制服」については、少くも戰闘中、之を濫用して敵性を隠蔽するに於ては背信行爲として不法なること明かである。
戰闘中何れが敵、何れが味方なるやに付相手方を欺罔することは許されぬ。
〔奇計・間諜・戰時叛逆〕 奇計、竝に「敵状及び地形探知の爲必要なる手段の行使」は、適法である(ヘーグ第二四條)。間諜の利用も適法である。しかし間諜行爲は相手方に取り危瞼であるから、間諜にして敵に捕へられれば、裁判の上處刑せられる(第三〇條)。但し間諜行爲中捕へられる場合に限る。一旦所屬軍に復帰したる後に敵に捕へられた場合は、前の間諜行爲は不問に付せられる(第三一條)。間諜たるの要件は(イ)交戰者の作戰地帶内に於て(ロ)隠密に又は虚偽の口實の下に(ハ)對手交戰者に通報するの意思を以て情報を蒐集し又は蒐集せむとするものたることである。故に(一)變装せざる軍人の如き、(二)軍人たると否とを問はず自國軍又は敵軍に宛てたる通信を傳違するの任務を公然執行する者の如き、又(三)輕氣球員にして軍又は地方の各部間の聯絡
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を通ずる任務を有するものゝ如き、何れも前謁の條件を缺くものであり、從つて間諜ではない (第二九條)。
「間諜」又は「戰時叛逆」は之を使用する交戰國に取つて適法行爲であるが、對手交戰國に取つては當該行爲者を捕へたとき、之を處罰し得べき行爲である。戰時叛逆とは敵軍の作戰地帶内に於て自國軍の爲に鐵道の破壞を企つるが如きを云ふ。間諜と同じく、當該行爲に從事する者が敵に捕へられれば、戰時犯として處罰せられる。
〔赤十字條約〕〔傷病兵の待遇〕 病者・傷者を如何に取扱ふべきや。之に關する交戰者の義務はジェネヴァ條約の定むる所に依る(陸規第二一條)。右のジェネヴァ條約は俗に「赤十字條約」と稱するものである。第一囘の分は一八六四年八月二十二日ジヱネヴァに於て調印せられ(我國は一八八六年即ち明治十九年之に加入した)、第二囘の分は一九〇六年七月六日同地に於て調印せられた(我國は一九〇八年即ち明治四十一年批准及び公布)。第三囘の分は一九二九年七月二十七日同地に於て調印せられた。右の條約は(一)傷病死者の取扱・保護(二)救護設備及び材料の保護(三)救護事務從事員の保護を目的とするものである。瑞西國に敬意を表する爲め同國國旗の着色を顛倒して作成したる白地赤十宇の徽章は軍隊衛生勤務上の特別記章として使用せらる。右の徽章は本條約により保護せ
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らるゝ衛生上の設備・人員及び材料を保護し又は標示する爲の外、之を使用することが出來ぬ。海戰の場合についても傷病者及び難船者の救護・取扱につき海牙第十條約がある。「ジェネヴァ條約の原則を海戰に應用する條約」と云ふ。病院船其他について規定してある
。
(五) 水雷の使用に關して、海牙第八條約、即ち「自動觸發海底水雷の敷設に關する條約」がある。水雷の種類に關しても(第一條)、使用の方法に關しても(第三條、第四條)制限がある。又「軍に商業上の航海を遮断するの目的を以て」敵國の沿岸又は港の前面に水雷を敷設することは禁止せられる(第二條)。交戰國は「公海に」水雷を敷設するを得るか。これは國際法上未決問題の一つである。公海に於て交戰國が戰爭行爲(戰闘又は捕獲)を爲し得るは勿論であるが、水雷敷設の如き戰闘の豫備的行爲により各國民通商航海の大路を遮塞するは公海自由の原則に反するものであるとの非難がある。が、右海牙條約は本問題に關する爭を決定するに至らなかつた。從つて世界戰爭中交戰國は相踵て公海に水雷を敷設した。中立國は之に對して抗議した。
(六) 海底電線の破壞であるが、占領地と中立地とを連結する海底電線は、絶對的必要ある場合に非ざれば、之を押収し又は破壊するを得ぬ。右電線は平和克服後之を還付すべく、又賠償もせねばならぬ(へーグ規則第五四條)。右以外に於て交戰國は如何なる場合、如何なる場所に於て海底
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電線を切断し得るや。交戰國は軍事上の必要ありと認めたときは、(1)敵國領土間を連結する海底電線、(2)自國と敵國とを連結する海底電線、(3)敵國と中立國とを連結する海底電線、又は(4)中立國を首尾とするも敵國を通過する海底電線の四場合に在つては、中立國領水を除く以外の場所に於て、之を切断し得る。又之を切断せずして、軍事上必要なる處分を爲すことも出來る。が、(5)中立國領土間を連絡する海底電線に至つては之を尊重すべきであつて、破壞其他の處分を行ふことを得ぬ。占領地に於ける切断の場合以外に、戰後に於ける囘復又は賠償については何等國際協定がない。
(七) 交戰者は敵國人を強制して其の本國に對する作戰動作に加はらしむることを得ぬ(上掲規則第二三條二項)。平たく云ふと、軍人・軍隊のするやうな仕事を敵國の人民に強制してはいけない。殊に敵國人を兵士として使つて尽いけないと云ふことになる。しかし如何なることが「作戰動作ニ加ハラシムル」ことになるかについては、往々にして疑問も生じ又議論も生ずる。適法なる「課役」たる場合は別である(課役にっいては後述參照)。
(八) 交戰者は(1)(陸戰の場合)「戰爭の必要上萬已むを得ざる場合を除く外」敵の財産を「破壞」し又は「押収」することを得ぬ(上掲第二三條〔ト〕)。一般的荒壞の場合に於て殊にさうである。
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(2)(陸戰の場合)都市其他の地域は突撃を以て攻取したる場合と雛も之を掠奪に委すことを得ぬ(第二八條)。占領地に於ても掠奪は嚴禁せられる(第四七條)。「掠奪」とは、敵の公私の財産を、不規則に、否、不法に(假令上官の命令によるもその命令自體が不法なる場合亦同じ)奪取するを云ふ。
四 敵の人に對する交戰權
敵の兵力に對する交戰權の問題と敵の普通人民に對する交戰權の問題とは區別せねばならぬ。これは一見したところ簡單の樣であるが、その實頗る複難なるものである。兵力に屬する者と否との區別標準が往々にして困難なるのみならず、その區別がはつきりしたとしても、敵の兵力に對する害敵手段がその影響を兵力以外のものに、即ち普通人民に及ぼす場合、なほその手段を行使し得るや否やと云ふ問題を生ずる。何れにせよ、交戰國の兵力と兵力以外のもの、戰闘員と戰闘員以外のもの(即ち常人)とは、戰爭法規上その取扱を異にすべきものである。英國流の見解としては「個人も亦敵なり」と稱して、個人を敵として取扱ひ得ることを説く人もあるが、然し英國流の見解によるも、敵の軍隊に對すると同樣の攻撃を、敵の非戰闘員、即ち常人に對して行ひ得るものであると云ふのではない。現に英米に於て、所謂無防禦都市、即ち「開放市邑」に對する無差別爆撃の不法を鳴らして來たのはその一證左である。軍隊其他軍事目標に對する爆撃が正當
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である如くに、敵の普通人民に對する無差別爆撃が合法であることは英米たりとも主張するものではない。しかし「開放市邑」の砲撃又は爆撃が合法で、あるか、又如何なる場合に砲撃又は爆撃が合法であるかと云ふ問題については後に譲るとして、兎に角軍隊其他の軍事目標に對する砲撃若くは爆撃が合法であると共に、普通人民即ち民衆に對する攻撃及び爆撃、殊に無差別爆撃は不法である。復仇手段として後者が許されるかどうかの如き問題は姑らく置き、敵の兵力又は兵備に對する交戰權と、敵の人民に對する交載權とがその作用に於て、又其の形相に於て決して同一のものでないことは明かである。此の事は陸上・陸戰に於て最も顯著であるが、海上・海戰に於ても、空中・空戰に於ても原則として亦同樣であると云はねばならぬ。空中爆撃については右に一言したが、海上に於ける敵人の取扱について一言したい。敵國軍艦及びその乗組員は各種攻撃の目標とせらるゝは勿論であるが、商船及び其の乗組員乃至乗客は右と同樣なる交戰權の目標となるべきではない。成程敵船は捕獲せられる。然しそれは軍艦と違つた取扱を受ける。戰利品として扱はれずして、捕獲品として扱はれるのである。乗組員も俘虜となることはあるが、敵兵同樣の取扱を受けるものではない。殊にヘーグ條約によつては、敵船乗組員が一定の誓約をすれば解放せらるべきである、俘虜として扱はるべきでない、と規定してある(捕獲權行使ノ制限ニ關スル條
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約第三章參照)。殊に海上に於てし敵船の破壞が行はれる場合でも、船内の人員(乗組員及び乗客)は安全の場所に移さるべきものであり、之を船舶と共に海底に沈めることは出來ないとせられてゐる。
これが所謂潜水艦使用の制限に關する問題である。英米の從來極力主張して來たところである。
これは英米に於てすら、而して海上・海戰に於てすら、敵の兵力に屬するものと兵力以外のものとの取扱上の相違を現實に認めるものであることの證左であると云へよう。
若し夫れ陸戰に於て、殊に占領地に於て、占領地人民の生命が、その私有財産と共に、尊重せらるべきこと(ヘーグの陸戰法規第四六條參照)、別言すれば陸上・陸戰に於ては敵の兵力に屬せざるものを徒に殺傷し得ざることは、國際法上の一確定原則として特筆せられねばならぬものである。
尤も交戰者は敵國人に對して勞働、即ち課役を命ずることは出來るし(上掲陸戰法規第五二條)、之を交戰權の一作用と見ることも出來ようが、然しそれは敵の兵力に對する交戰權と同一のものではない。之を要するに陸上に於ては無論のこと、海上に於ても、空中に於ても、交戰權の形相は、敵の兵力に對する場合と、兵力以外のものに對する場合と、截然たる區別があると云はねばならぬ。否之を區別することが戰時國際法の一大任務である。
〔戰爭法上個人の地位〕 平時に於ても戰時に於ても個人は國際法の客體であり、主體ではな
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い。國際法上の權利義務の客體たるものである。しかし世界大戰は戰闘員と非戰闘員との區別を不明瞭ならしめた傾向はある。戰時禁制品についても、交戰國は、殊に英國は、敵國殊に獨逸に輸入せられるものを総て敵が戰爭の用に供するものと看倣し、絶對的禁制品と條件附禁制品の區別を廢止した。又空中爆撃は非戰闘員をして戰闘員同樣若くは類似の苦痛を嘗めしむに至つた。潜水艦戰爭も亦同樣の現象を呈した。之等の現象を捉へて、戰闘員と非戰闘員との區別が撤廢せられ、若くは撤廢せられんとする状況にあることを説く學者がないではない。此の點について學者問にも二個の反對せる傾向を見受ける。即ち、其の一は戰闘員と非戰闘員(普通人民)との區別を以て戰爭法上の一大鐵則となし、世界大戰も此の鐵則を覆し得なかつたものとなし、今後の國際法も右の鐵則は之を棄てる所か、大に之を強化せねばならぬ、と論ずるものである。其の二は今後の戰爭に於ては個人(普通人民)も、假令第一線に立たなくとも、種々の方法、程度に於て、戰爭遂行に協力するものであるから、戰爭の飛沫を受けるのは當然であり、此の新傾向は戰爭法上の種々の制度に種々の影響及ぼすものであり、戰爭法規に於ける一切の規則は今や從來の儘では、最早適用出來なくなつた、と云ふのがそれである。しかし後説は行過ぎの觀がある。
五 敵の物に對する交戰權
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陸上に在る敵の私有財産は尊重せらるべきものとせられ、原則として不可侵とせられる。それは占領地の人民の財産の場合もさうであり、交戰國内に戰爭開始前より滞在する敵國人の私有財産についてもさうである。占領地に於て敵の私有財産が尊重せらるべきこと、殊に占領軍に於て之を没収すべからざることはヘーグ條約の明かに規定する所である。占領地に於ける敵國人民の所有するものが兵器、彈藥、其他の軍需品であつても、それは没収すべきものではなくして、唯一時的に占領軍に於て之を押収し得るものであるに過ぎない。戰爭が濟めば之を原所有者に返還すべきものであると規定せられる。軍需品以外に於て占領軍の需要する物品は之を徴發することは出來るが、其れに對しては代金を支梯ふべきものであつて、單純に没収し得べきものではない。戰爭開始前から交戰國内にある敵國人の私有財産に付いても大體同樣であつて、交戰國は自國内に在る前記の財産を没収することは出來ない。前囘の世界大戰中英國等にあつては、自國内に在る敵國人の私有財産に對し強制管理其他の戰時非當措置を講じたとは云へ、之を没収するまでには行かなかつたこと前述の通りである。之等交戰國に在る敵國人の私有財産にして軍需品たるものも、前記占領地に於ける敵國人の私有財産としての軍需品と同樣の取扱を受ける。此等敵の私有財産の取扱を敵の國有財産の取扱に比するに-敵の國有財産、否、國有動産が戰利品とし
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(イ)軍隊 (ロ)軍事的工作物 (ハ)軍事建設物又ハ軍事貯藏所 (ニ)兵器彈藥又ハ明瞭ナル軍需品ノ製造ニ從事スル工場ニシテ重要且公知ノ中樞ヲ構成スルモノ (ホ)軍事上ノ目的ニ使用セラルル交通線又ハ運輸線
を掲げてあるが、更に進んでは、「作戰行動ノ直近地域」と否とを區別して、此の地域(「作戰地帶」と云ふに當る)内に於ては、普通人民への危險は第二に置かれ、右地域内にある空中爆撃を(此の場合無差別爆撃とは云はないが、つまりさう云ふ,ことにならう)適法視し、反之、右地域外に於ては人民への危險を第一に考へ、軍事的目標を爆撃せんとする場合普通人民に對する無差別爆撃(此の場合には此の文字を使用してある)を避け難い場合には、右の爆撃そのものを差控ふべきものとした(第二四條)。右の規定の當否及び解釋については議論の餘地がある。各國は固より末だ右の規則を採用しない。此の規則は草案のまゝで放置せられてある。
七 戰時占領
占領(戰時占領)とは侵入軍が敵の一地方に於て敵の権力を排し、自己の權力を樹立し、且つ行使するを云ふ(へーグ陸規第四二條)。侵入軍と對手軍との間に戰闘が継續する間は、軍に侵入であつて、未だ占領ではない。從つて未だ占領軍としての權利も生じない。占領地域に於ては兩者の間、既
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に戰闘は止むで、占領軍は地方の行政にも當ることになるのである。占領地城は占領軍が事實上權力を行使し得る地域を以て限界とする(同條)。稱して占領は實力的であると云はれる。又占領軍は軍に一時戰爭中、否占領中當該地域に對して「軍の權力」を樹立せるに過ぎぬものと看倣されるから、その特徴は其の一時的なることであるとも稱せられる。文明國間の戰爭に於ては、戰爭中は「占領」はあつても、「征服」と云ふことは有り得ない。文明國と非文明國との間の戰爭に於ては-それが果して眞の戰爭であるかどうかは別として-文明國側では戰勝の見込み確實となれば、軍事行動が継續中であつても、敵國領土を併合する場合がある。即ち別に講和條約を結ばずして相手の土地を取ること、換言すれば征服による併合が行はれることがある。例へば最近に於けるイタリヤのエチオピア併合がその例であり、又少しや遡ると、南阿戰爭に於けるイギリスの敵國併合が其の例である。然し文明國間の戰爭に於ては右の如き現象は有り得ない。例へば前囘の世界大戰に於てドイツはベルギーを五年間占領してゐたが、これを併合(征服)することはしなかつた。又現在の欧洲戰爭に於てドイツはベルギー・フランス・オランダ等の諸地方を占領してしゐるが、末だこれを併合した事實はない。
占領地に於て占領軍は無論交戰權を行使し得る。この場合交戰權は「軍の權力」として現はれ
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る。即ち占領軍が占領地に於て有する權利・權能は「軍の權力」-「軍權」-の一語に要約せられ、る(ヘーグ陸戰法規第三款參照)。占領地に於て、占領軍は主權を有し若くは之を行使し得るものではない。軍權を行使し得るに過ぎない。前述の如く戰爭中は占領あつて併合なし、征服なしと見るべきものであるからである。從つて占領地に於て軍權を發動せしめる場合、永久的の施設をすることは出來ない。その施設は占領中を限つて有效のものであるからである。占領地に於ける占領軍の軍權は、發して軍法となり、軍政となる。又軍事裁判となるが、何れの場合にも永久的の施設は出來ない。例へば法制にしても、占領軍は自ら軍法を登布し、施行することは出來るが、同時に成るべく從來の法律を尊重すべきである。假令從來の法律を停止し、若くは之に代り又は之を補充する爲に軍法を制定するにしても、從來の法律制度に對し全面的・永久的改廃を行ふことは出來ない。占領地の行政、即ち軍政を行ふにあたつても、占領軍は軍の安全其他軍事上の必要に關する限り、殆ど絶對の權力、即ち軍權を有するが、占領地の主權者ではないから、永久的の施属設若くは變更を占領地行政として行ふことは出來ない。行政行爲の效力も裁判の效力も、占領終了後に及ぶものではない。占領軍は軍權を行ふ爲、殊に軍法を適用する爲、自らの軍事裁判所を設けて當該事件を裁判することは出來るが、一方に於て舊來の法律規則を適用する從來の裁判所
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も開廷してゐるのが普通である。注律規則も占領軍のそれと、從來のそれとが、兩々存在する以上、裁判所も占領軍の軍事裁判所と舊來の裁判所と兩々相竝んで、各自それぞれの裁判をすべきである。占領地の性質右の如きものであり、占領地に於ける交戰權の形相も亦從つてかくの如きものである。更にそれが占領地人民及び財産に對し如何なる形相に於て現はれるか、占領軍は占領地人民の生命財産を如何に扱ふべきかについて、ヘーグ條約は左の如き規定を有する。
(1) 占領地人民の取扱 (一)占領軍は占領地住民の生命、名碁(「家の名譽及び權利」-殊に婦人の貞操關係)、及び信仰の自由を尊重せねばならぬ(上掲第四六條)。就中個人の生命の尊重-故なくして非戰闘員(通常人)を殺傷すべからざること-は、戰爭法上の一大原則である。(二)服從の義務 住民は占領軍に對し「服從の義務」を有する。換言すれば占領者は占領地人民に對し服從を求め、其の不規則なる敵對行爲其他を虜罰することを得る。所謂戰時犯の虜罰が之である。(三)忠誠(又は臣從)の誓 占領軍は人民を強制して忠誠の誓を爲さしむることを得ぬ(第四五條)。(四)占領軍は住民に課役を命ずることが出來る。勢務の徴登である。但し條件がある。即ち人民をして其の本國に對する作戰動作に加はらしめるやうな、さう云ふ性質を有する役務でないことを要する(其他の要件については後述「現品の徴發」に同じ)。 (五)人民を強制して相手國の軍又は其の防禦手段につき情報を
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供與せしむることは出來ぬ(第四断條)。(六)連坐罰 連帶責任のない場合連坐罰を科することを得ぬ(第五〇條)。占領地人民が單獨で又は他と共同して責を負ふべき非違行爲をした場合、占領者が其の責を問ふのは當然である。が、何等住民の責任なき行爲(例へば何人か知れぬが、橋梁砦くは鐵道線路を破壊したものがあるとき)につき、市町村の住民全體を連坐せしめて、之を拘禁し、又は罰金を科するが如きは不法である。
(2) 占領地財産の取扱(甲)(一)國有動産〔戰利品〕 敵の國有動産は「作戰動作に供し得べぎものに限り」之を押収(沒収)することが出來る。押収したものは「戰利品」として扱はれる。殊に敵國に属する現金・基金・有價證券・貯藏兵器・輸迭材料・在庫品及び糧秣の如きものがそれである(第五三條一項)。因みに「戰利品」は陸戰にも海戰にもある。陸戰に於ける戰利品は戰場に於ける場合もあり、占領地の場合もある。戰場に於ては敵の國有動産は、作戰動作に供し得るものと否とに拘らず、凡て戰利品として之を鹵獲・沒収することを得る。敵軍の使用せる兵器・彈藥・軍用書類・輪送材料・通信材料に至つては、所有權の所在如何を問はず、戰場にある場合、國有のものでも又は私有のものでも、戰利品として扱はれる。(二)敵の國有不動産 敵の國有不動産については占領軍は之を管理し、使用収益し得るに止まり(用益權)、當該財産を没収し、處分し、
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又は其の基本を破壞することを得ぬ(第五五條)。(三)市町村の財産 自治團體の財産は私有財産同様に取扱はれる。即ち占領軍は之を尊重せねばならぬ(第五六條一項)。(四)宗教・慈善。教育・技藝及び學術の用に供せらるゝ建物及び之に附屬する財産は尊重せらるべきであつて、國有の場合でも同樣である(同上)。上掲の建物・歴史的紀念建造物・技藝及び學術上の製作品を押収すること、破壞すること、又は故意に之を毀損することは總て禁止せられる。而して右は訴追せらるべき行爲である(同上二項)。(乙)私有財産 陸戰に於ては海戰と異り、私有財産は尊重すべく、殊に之を沒収することが出來ぬ。これ亦陸戰法規の一大原則である(第四六條)。然し右の原則に關しては下に述ぶる例外がある。(一)〔徴發〕 徴發とは軍の需要する現品を住民より提供せしむるを云ふ(第五二條)。如何なる物品を徴發し得るか。「軍の需要」とは主として軍の給養又は維持に關するものを云ふ。所謂「軍需品」を云ふのではない。第五三條第二項(下に述べる)により所謂軍需品として押収せらるべき物件は、徴發により取上ぐるの必要がない。占領軍は軍需品以外に於て、例へば食料品・煙草類・酒類・シャツ類・建築材料の如きを必要とする場合、徴發によることが出來る。固より之等の物品を住民より「買取る」こともある(徴發にょらずして、賣買によることは當然のことであるから、別に規定を要しない)。徴發を行ふ場合の要件としては、(1)占領軍の需要する物品なること
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を要し、(2)自治團體に對し又は住民に對して要求するのであるが、何れにせよ地方の資力に相應するものなるを要する。(3)部隊の指揮官の許可あることを要する。但し取立金と異り、「總指揮官」の命令に出るを要しない。成るべく現金にて代償すべきである。現金支彿を爲さゞる場合には、必ず領収證書(書面)を交付して、後日の證據とすべく、且つ成るべく速かに代償を爲すべ、きである。但し之が爲め入用の場合には下記の條件に遵ひ取立金を徴収して右の支拂に充つることも出來る。、(二)〔取立金〕 占領軍は税金以外に現金を必要とする場合、取立金を課することがある。其の條件としては(第四九條、第五一條)(1)占領軍又は占領地行政の需要に充つる爲なることを要する。故に本國の行政の爲にし、又は占領軍以外の需要に充つる爲に取立金を徴収するを得ぬ。取立てた金を占領軍が占領地で使用する場合でなければならぬ。(2)總指揮官の命令及び責任の下に徴収せらる。一部隊の指揮官は取立を行ふの權限がない。又右の命令は書面によるべきものである(命令書)。(3)成るべく現行の課税規則により徴収することを要する。(4)納付者に必ず領収書を交付せねばなちぬ。(三)〔私有の軍需品の押収〕 私有の(私人又は私立會社所有の)通信機關(陸上・海上及び空中の)、輪送機關(人又は物の輸送の用に供する)、貯藏兵器其他各種の軍需品は之を押収(及び利用)することを得る。但し平和囘復後之を還付すべく且つ其の際賠償に付ても定むる所ある
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べきである(第五三條二頃)。右以外に別に「戰爭の必要」により私有財産が敵軍に破壞若くは押収せらるゝ場合がある(海牙陸規第二三條〔ト〕)。戰爭の爲め絶對必要なるときは、戰場に於けると否とを問はず、又財産の公私を問はず、敵の財産を破壞し又は押収することを得る。例へば(i)進軍又は防禦の必要上敵國の官有建物又は民家を破壞するが如き、或は(ⅱ)正式の徴發を爲すの遑なき場合、又其の不可能なる場合-例へば住民が全く逃げ去りたる場合-糧食飼料等を民家より押収するが如き場合である。
八 戰時封鎖
交戰國は敵國の海岸を-其の全部又は一部を-「封鎖」することがある。敵國海岸若くは敵の占領地の海岸を封鎖することにより、その封鎖地域の外部との交通を遮断するのである。それは海上交通を遮斷するのである。即ち船舶に依る交通を遮斷するのである。從つて船舶に依る人及び物の出入が出來なくなるのである。封鎖の目的は敵を苦しめるにある。敵を経濟的に苦しめるにある。延ひては敵を軍事的に苦しめることにもなるが、軍艦の出入を妨げることを目的とする軍事封鎖と區別して、こゝに云ふ封鎖は-從來の國際法上普通に云ふ封鎖は-所謂商事封鎖と稱せらるゝものであつて、商船の出入を妨げるものである。地域を限りて(封鎖を設定するに當りては地理
を要し、(2)自治團體に對し又は住民に對して要求するのであるが、何れにせよ地方の資力に相應するものなるを要する。(3)部隊の指揮官の許可あることを要する。但し取立金と異り、「總指揮官」の命令に出るを要しない。成るべく現金にて代償すべきである。現金支彿を爲さゞる場合には、必ず領収證書(書面)を交付して、後日の證據とすべく、且つ成るべく速かに代償を爲すべ、きである。但し之が爲め入用の場合には下記の條件に遵ひ取立金を徴収して右の支拂に充つることも出來る。、(二)〔取立金〕 占領軍は税金以外に現金を必要とする場合、取立金を課することがある。其の條件としては(第四九條、第五一條)(1)占領軍又は占領地行政の需要に充つる爲なることを要する。故に本國の行政の爲にし、又は占領軍以外の需要に充つる爲に取立金を徴収するを得ぬ。取立てた金を占領軍が占領地で使用する場合でなければならぬ。(2)總指揮官の命令及び責任の下に徴収せらる。一部隊の指揮官は取立を行ふの權限がない。又右の命令は書面によるべきものである(命令書)。(3)成るべく現行の課税規則により徴収することを要する。(4)納付者に必ず領収書を交付せねばなちぬ。(三)〔私有の軍需品の押収〕 私有の(私人又は私立會社所有の)通信機關(陸上・海上及び空中の)、輪送機關(人又は物の輸送の用に供する)、貯藏兵器其他各種の軍需品は之を押収(及び利用)することを得る。但し平和囘復後之を還付すべく且つ其の際賠償に付ても定むる所ある
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べきである(第五三條二頃)。右以外に別に「戰爭の必要」により私有財産が敵軍に破壞若くは押収せらるゝ場合がある(海牙陸規第二三條〔ト〕)。戰爭の爲め絶對必要なるときは、戰場に於けると否とを問はず、又財産の公私を問はず、敵の財産を破壞し又は押収することを得る。例へば(i)進軍又は防禦の必要上敵國の官有建物又は民家を破壞するが如き、或は(ⅱ)正式の徴發を爲すの遑なき場合、又其の不可能なる場合-例へば住民が全く逃げ去りたる場合-糧食飼料等を民家より押収するが如き場合である。
八 戰時封鎖
交戰國は敵國の海岸を-其の全部又は一部を-「封鎖」することがある。敵國海岸若くは敵の占領地の海岸を封鎖することにより、その封鎖地域の外部との交通を遮断するのである。それは海上交通を遮斷するのである。即ち船舶に依る交通を遮斷するのである。從つて船舶に依る人及び物の出入が出來なくなるのである。封鎖の目的は敵を苦しめるにある。敵を経濟的に苦しめるにある。延ひては敵を軍事的に苦しめることにもなるが、軍艦の出入を妨げることを目的とする軍事封鎖と區別して、こゝに云ふ封鎖は-從來の國際法上普通に云ふ封鎖は-所謂商事封鎖と稱せらるゝものであつて、商船の出入を妨げるものである。地域を限りて(封鎖を設定するに當りては地理
昭和十六年十二月二十六日初版印刷
昭和十六年十二月三十日初版發行
昭和十七年九月三十日再版印刷發行
昭和十八年三月二十日第四版印刷
昭和十八年三月二十五日第四版發行(參〇〇〇部)