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【実際はどう?】左利きの子どもの習字について

このnoteでは左利き生まれで書道歴27年(2022年時点)の私がこれまでに経験してきたことや、今思うことについて綴りたいと思います。

先に結論からお伝えすると、私は現在はペンは右手、お箸は左手で持っています。
もちろん、書道においても、墨を磨(す)るのも筆を持つのも右手です。
右手でお箸を持つことはできますが、左手で字を書くことはできません。
いわゆる「両利き」ではなく、物や道具によって右手がしっくりくれば右手、左手がしっくりくれば左手を使う【クロスドミナンス】です。


そして、誤解のないように初めにお伝えしたいのですが、このnoteは、
・利き手に関する是非
・利き手の矯正について
・個性云々
についてお伝えしたいわけではありません。

あくまでも、私が習字・書道をする上での「利き手」・「右利き」・「左利き」について感じたことを綴っています。


  • 生まれたときは左利きだった
    母によると、私が幼い頃、そろそろお箸や鉛筆をもたせてみようとなった時、左手をよく使うので「この子は左利きなのでは?」と思ったそうです。
    そして、次に出てきた疑問は「右手に変えた方がよいかどうか」。
    理由は二つで、習字と英語の筆記体は人から習うもので教える人が右利きの人が多いから。
    確かにその通りで、小学校の先生も習字の先生もほぼみんな右利きでした。(小学校の先生で一人だけ、本当は左利きだけれども板書は右手で書くという先生がいました。確か、「右利きの子どもが多いから、右手で書く」と話しており、幼いながらも「先生って大変だなぁ」と思った記憶があります。)
    そういった理由で、私は母によって少しずつ左手→右手に変えられることになりました。
    その後書くことについては完全に右手になり、習字の時間に特に苦労することも不便だと感じることもありませんでした。


  • お箸は左利きのまま
    書くことを右手に変えることで、幼いながらもやはりストレスはあったようで、お箸はなかなか右手で持つことはなかったようです。
    文字を書くことで少しずつ右手に握力がついてきたものの、お箸を右手で持つことは難しかったようで、左手のままなのです。


  • 【本題】左利きは習字に不利かどうか
    ここからが本題なのですが、前述の通り私自身は鉛筆を持ち始めた頃から左手→右手に変えているため、特に不便だと感じたことはありません。
    長年書道をしてきて思うのは、字の形やポイントを押さえれば、左手でもきれいな字を書くことは難しくはないだろうということ。
    左から右へのカーブや右上がりの文字など左から右への動きがある文字があるため、その点については右手の方が書きやすいと言えるかもしれません。
    左利きの友人を見ていると、紙に角度をつけて自分の手で書いている文字が隠れないように調整しながら書いているので、そういった工夫も合わせると左手でも問題はないのかなと思います。

  • 【余談】左利き・両利きは器用?芸術的?
    余談ではありますが、ペンを右手・お箸を左手で持つ私が初対面の人によく言われることは、この4つが圧倒的に多いです。
    「左利きなんだね~」
    「お箸とペン、持つ手が違うの?その逆はできるの?」
    「左利きの人って器用らしいよ、天才らしいよ」
    「私たちの頃は矯正されたんだけどね~」

    器用か芸術的かどうかは【人による】と思うのです。
    左利きが少数派であるため、右利きの人からすると器用に見えるのかもしれません。
    私自身はクロスドミナンス(ものによって右手と左手を使い分ける)だからと言って、特に書道において有利だと感じたこともなければ自分に人より優れた芸術的なセンスがあるとは思えません。
    それよりも習字においては、先生や教科書のお手本をしっかり見る力や、それを自分の筆で表現する力の方が大切だと思います。

    どちらかと言うと、左利きの子どもたちの方が教科書や先生のお手本が右手中心になっており、それを左手に変換して考えながら書くほうが大変だろうなと感じます。(※見本が自分とは逆なので「大変」という表現をしていますが、決して不利だとは思いません。)

    余談ですが、私自身は靴紐の結び方・雑巾の絞り方はなぜか左仕様のまま。
    大学時代、デパートでアルバイトをしていたとき、プレゼント包装を教わった時、何度練習してもうまくできず、後に右利きの人に教わった方法がしっくり来ず、左に変換できていないことが分かって諦めたことがあります。

現代では個性・多様性を尊重することも多く、左利きを無理に矯正しない親も増えてきたとのこと。
大人になって思うことは、「利き手の違い」について少し苦労をしたことがある私は、左利きの子どもたちに出会った時、左利きであっても右利きに矯正中であっても、子どもたちがストレスなく文字を書けるように導けるような先生になりたいと考えています。

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