鎌倉と夏みかん
鎌倉駅から横浜方面へと向かう電車に乗る時、私のリュックサックには夏みかんが1つ入っていた。
黄色とオレンジ色の丁度中間の太陽みたいな色をした夏みかんが。
嘘かと思うかもしれないが、お散歩をしていたら頂いたのだ。鎌倉に住む見知らぬおじいちゃんに。
私はその日、お目当てのマフィン屋さんで気になるマフィンを購入して帰る所だった。鎌倉に来る理由が満たされ、美味しそうなマフィンを自宅で頂く為にそれはそれはご機嫌で帰路についていた。
帰路の途中、ふと目に入ってきた柑橘の入った籠と、何やら書いてある文字。
“搾って湯で割砂糖を入れてお飲みください”
なにやら用途指定の夏みかんがかごに入っているようだ。覗き込み、本当に頂いても良いのか?と悩む。
そんな私の元に、但し書きをした張本人が自宅から出てきたのだった。夏みかんの木がなる庭を持つ自宅に住んでいたのは、おじいさんだった。
片手には何やらジュース。
ははぁ、なるほど。これが用途指定の夏みかんの最終形態か。そんなことを考える私に、おじいさんは言った。
「それ、夏みかん持って行きなね」
「え、でもお金は…?」
「いらないいらない、家に帰ってジュースにしなね」
用途は相変わらずしっかりと指定されていたが、おじいさんの言葉に甘えて私は夏みかんを1つリュックサックに入れた。マフィンと夏みかんが入ったリュックサックは、嬉しそうに重みを増した。
自宅に帰って数日は鑑賞して楽しんだ夏みかんを、ジュースにするか否か迷った挙句。私は結局ジュースにはしなかった。
夏みかんのジャムを作った。
早朝から仕込むジャムが水分を飛ばしてトロトロになっていくのは、まるで美しい宝石を見ている気分だった。そうして出来上がったジャムを1口。うん、甘酸っぱくって美味しい。
それで料理欲が満たされなかった私は、どんどんおじいさんに逆らう形になった。夏みかんジャムのパイを作ってみたのだった。
サクサクのパイ生地と、甘酸っぱいジャムが合わさって口の中で溶けると、それはそれは幸せの時間だった。
次、おじいさんにまた会えたら。ジャムにした事、またもし機会があればジュースを作りたいことを伝えたいと思う。
鎌倉と夏みかん。
冬だけど、夏みかん。
鎌倉を散歩してよかった。
いい日だった。