無題

 夏が始まる。
 さんざめく天泣は終わりを告げて、はた、新しい生活がその夏にはある気がする。低迷しきっていた彼の精神はすっかり元に戻っているように見える。彼は誰かと恋する時、ああ異常なまでに疑懼してしまうだろう。そういった点で彼はまた一つ変わり果ててしまった。成長と呼ぶのはきっと強がりだろう。あのような出来事を受けたら誰だってそうなる。私だってそうなる。
 土台あれはアバンチュールが過ぎていた。
 昨夏、燦然と現れたその人は波のように寄せては返していた。海の波は、冷たくて、けれど心地好く私を包み込んでいた。時折、毒のある海月を擲ってきたが私はその毒針を胸に刺してまであるがままを受け止め、受け入れ、許した。理解は無かった。もはやその海では理解は意味を持たなかった。分かったところで海は絶えず揺蕩う。だから、どうしたって私が擲つありとあらゆる物は消えていった。悲しくならないのか? 
 無限の地平を前にして、跪き、祈る。波は冷たい。雨も降る。無謬の水分は私を飲む。荒れた海原に私は手を挙げて「誰か助けて!」と言った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?